58.微熱な心地
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警察署では斎藤が動きを止めて巡査が出て行くのを見送っていた。どう見ても市中警邏には見えない。
もの言いたげな姿に浦村署長が寄って来た。
「彼は風邪を拗らせていてね、このまま悪化してはいけないから帰らせたのです。暫く休んで健康な体で再び民に奉仕すれば良い」
「そうですか」
まだ日が傾きもしていないのに荷物を抱えて出て行った理由はそれか。
己は風邪など引かん、少々の熱で休みはせん、そんな藤田に署長は困り顔だ。
「君も家族が床に伏していては心配だろう、彼にも家族がある」
家族、床に臥す。
二つの言葉に斎藤の眉が小さく動いた。
「珍しいですね、君にも何か思い当たる節があるのですか」
「いえ、特には」
ここでする話ではない。
口をつぐむが先日の夢主を思い出してしまう。顔色は良くなっていた。連絡も無いから大丈夫だろう。
だが柄にも無く深い溜め息を漏らしてしまった。
耳に届いた署長は眼鏡の奥で細い目を広げた。
「ほぉ……君も溜め息を吐くのですね。何か心配事ですか」
「ご心配なく、取るに足らない出来事です」
「話の流れからしてご家族でしょう。大事なことではありませんか」
「お構いなく」
「仕事に関して私は君の足元にも及ばない。が、男と……夫としてなら助言できることもあるかもしれない。私で良ければ話を聞くが、どうかな」
仕事の人間とは情報交換など必要以外話さない。
稀に相手の話に乗ることはあっても、自らを語りはしない。
そんな斎藤が根負けしたように小さく息を吐いた。世話になる署長は上司でもある。
気遣いを無碍にも出来まい。だが……。
「……私事ですから」
「……そうですか」
僅かに考えた結果、やはり何も話すまいと話を切った斎藤、署長はその意思は見事でしかないと感心した。
「では一つ仕事を頼まれてはくれませんか」
「他に当てはいないのですか、出来れば自分の仕事に専念したいのですが」
「君でなければ。上野の……何と言ったかね、井上道場でしたか。あそこに文を届けてくれませんか」
斎藤の眉間にこれでもかと深い皺が浮かんだ。
「何の真似です」
「いやいや大事な依頼でね。このご時世です、協力を仰ぎたい。筆を執りますからお待ちください。藤田君、どこへ」
「手紙は不要です」
行けばいいんでしょう、捨て台詞を残したいのを堪えて斎藤は背中を向けた。
気に掛かるのであれば一度家に帰りなさい、家族を労わるのです。
自身も一家の大黒柱である浦村署長が斎藤に伝えたいこと。
斎藤は百も承知だと歩き出した。
「藤田君、密偵である前に男であることを忘れてはなりませんぞ」
署長は斎藤の後ろ姿に小さく語りかけた。
「言われずとも」
小さく答えた斎藤はそのまま振り返らなかった。
各地に広がる志々雄の厄介な案件を抱え、一刻も惜しい状況。
だが無理矢理与えられたこの時間を大切にしなければ。
警官、密偵、命の保証が無い身分。
署長のお節介に甘え、気掛かりを一つ解消しに向かった。
もの言いたげな姿に浦村署長が寄って来た。
「彼は風邪を拗らせていてね、このまま悪化してはいけないから帰らせたのです。暫く休んで健康な体で再び民に奉仕すれば良い」
「そうですか」
まだ日が傾きもしていないのに荷物を抱えて出て行った理由はそれか。
己は風邪など引かん、少々の熱で休みはせん、そんな藤田に署長は困り顔だ。
「君も家族が床に伏していては心配だろう、彼にも家族がある」
家族、床に臥す。
二つの言葉に斎藤の眉が小さく動いた。
「珍しいですね、君にも何か思い当たる節があるのですか」
「いえ、特には」
ここでする話ではない。
口をつぐむが先日の夢主を思い出してしまう。顔色は良くなっていた。連絡も無いから大丈夫だろう。
だが柄にも無く深い溜め息を漏らしてしまった。
耳に届いた署長は眼鏡の奥で細い目を広げた。
「ほぉ……君も溜め息を吐くのですね。何か心配事ですか」
「ご心配なく、取るに足らない出来事です」
「話の流れからしてご家族でしょう。大事なことではありませんか」
「お構いなく」
「仕事に関して私は君の足元にも及ばない。が、男と……夫としてなら助言できることもあるかもしれない。私で良ければ話を聞くが、どうかな」
仕事の人間とは情報交換など必要以外話さない。
稀に相手の話に乗ることはあっても、自らを語りはしない。
そんな斎藤が根負けしたように小さく息を吐いた。世話になる署長は上司でもある。
気遣いを無碍にも出来まい。だが……。
「……私事ですから」
「……そうですか」
僅かに考えた結果、やはり何も話すまいと話を切った斎藤、署長はその意思は見事でしかないと感心した。
「では一つ仕事を頼まれてはくれませんか」
「他に当てはいないのですか、出来れば自分の仕事に専念したいのですが」
「君でなければ。上野の……何と言ったかね、井上道場でしたか。あそこに文を届けてくれませんか」
斎藤の眉間にこれでもかと深い皺が浮かんだ。
「何の真似です」
「いやいや大事な依頼でね。このご時世です、協力を仰ぎたい。筆を執りますからお待ちください。藤田君、どこへ」
「手紙は不要です」
行けばいいんでしょう、捨て台詞を残したいのを堪えて斎藤は背中を向けた。
気に掛かるのであれば一度家に帰りなさい、家族を労わるのです。
自身も一家の大黒柱である浦村署長が斎藤に伝えたいこと。
斎藤は百も承知だと歩き出した。
「藤田君、密偵である前に男であることを忘れてはなりませんぞ」
署長は斎藤の後ろ姿に小さく語りかけた。
「言われずとも」
小さく答えた斎藤はそのまま振り返らなかった。
各地に広がる志々雄の厄介な案件を抱え、一刻も惜しい状況。
だが無理矢理与えられたこの時間を大切にしなければ。
警官、密偵、命の保証が無い身分。
署長のお節介に甘え、気掛かりを一つ解消しに向かった。