58.微熱な心地
夢主名前設定
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夢主が出た後、井上道場では稽古が始まっていた。
子供達はめきめき腕を上げている。
親が元会津藩士の子供達だからか、みな真面目で厳しい鍛練に弱音も吐かない。
藩が消え主君を失っても、代々受け継いだ気概は失うまいと幼いながら誇りを持って剣を握っていた。
沖田は門下生の間を歩きながらそれぞれの剣筋を確かめていた。
この道場には子供しかいない。
他の道場に通える歳になると井上道場を卒業するのだ。
更に他と違うのは、剣術道場で当たり前の目録や免許を与えていない事。
道場を始めた当初は上達に合わせて免状を授けることを考えていたが、沖田の考えは変わっていた。
真面目でかつ育ち盛りの彼らは修行を続ければ必ず免許皆伝までに成る。
育った者に免許皆伝書を渡せば道場や流派の名が広まり、後世にも残る。
だから沖田は避けていた。自分の存在は消えていればいいと。
他流派に移るのに中途半端な目録など無い方が良い。
面倒な癖がつかないよう基礎を整え鍛え上げる。そうすればどこへ移っても鍛練の成果が活きる。
子供達はそれぞれの道を見つけ免許皆伝を目指すだろう。
自らの力で次の道を切り開く、沖田は自らがそうだったように、子供達にも自らの意思で道を選んで欲しかった。
「おや。……続けてください」
一心不乱に木刀を振る子供らの中から抜けて、沖田は庭へ降り立った。
稽古の妨げにならぬよう子供達が集まると門は一旦閉じられる。
この日も門は閉ざされているが、門人以外の気配を感じた。
「あぁ、裏の穴か」
随分前に嵐で空いた穴。
どうせ斎藤と夢主以外通らない裏口だ。細く奥まった路地だと放置していたが人が入って来るとは思わなかった。
普段人が立ち入らない道場の裏を覗くと、白い装束で顔を隠した子供が道場の中を覗いている。
「君、道場に何か用ですか」
「うわっ、別に!何も!」
足元に積まれた桶が三つ。驚いた子供がよろめくと桶は崩れ、顔を覆っていた布が外れた。
見えたのは猫のような鋭くも大きな瞳が印象的な少年の顔。
髪は豊かでとても美しく整っている。金品目当ての侵入ではなさそうだ。
「君も稽古がしたいのかな」
「だっ、誰が!こんな子供相手の遊び道場!」
「ははっ、随分と正直な子ですね。入門希望じゃないのなら僕は行きますから、早くお帰り下さい」
「いっ、言われなくたって!コッチから出て行ってやるさ!」
警察に突き出されるのではと恐れた少年。道場主があっさり立ち去ろうとするのに驚いた。
そして今のうちと慌てて逃げ出した。
「やれやれ、何しに来ていたんだか。興味があるなら入ればいいのに」
沖田はこの少年が道場破り目的で付近の道場を調べているとは思いもしなかった。
道に飛び出た少年は「これで全部だ」と懐から取り出した覚え書きを確認した。
矢立てを取り出して井上道場の名に一本線を重ねる。
「井上道場、取るに足らず。何だよ、子供道場じゃないか、子供ばっかり相手にして、子供ばっかり鍛えて……」
自分を見下ろした師範らしき男の目を思い出し、苛立ちが込み上げる。
真っ直ぐ見つめる目は曇りなく、厳しくも温かい目だった。誘いの言葉が嘘ではないと分かる。
分かれども、今の少年にそれを受け入れる度量は無かった。
「道場だけど道場以下だ!」
……羨ましくなんかない、俺より小さいガキが木刀なんて玩具で稽古して、ちっとも羨ましいもんか……
……俺は遊びじゃない、真剣を使って稽古を受けるんだ、いつか、稽古を始めたらすぐに強くなって見せる、先生のように……
報告すべきは前川道場。
神谷道場の流浪人もたいしたことはないだろう、先生に相手をしてもらおうなんて百年早いんだ!
少年は覚え書きを握りしめて、町外れの神社へ走って行った。
子供達はめきめき腕を上げている。
親が元会津藩士の子供達だからか、みな真面目で厳しい鍛練に弱音も吐かない。
藩が消え主君を失っても、代々受け継いだ気概は失うまいと幼いながら誇りを持って剣を握っていた。
沖田は門下生の間を歩きながらそれぞれの剣筋を確かめていた。
この道場には子供しかいない。
他の道場に通える歳になると井上道場を卒業するのだ。
更に他と違うのは、剣術道場で当たり前の目録や免許を与えていない事。
道場を始めた当初は上達に合わせて免状を授けることを考えていたが、沖田の考えは変わっていた。
真面目でかつ育ち盛りの彼らは修行を続ければ必ず免許皆伝までに成る。
育った者に免許皆伝書を渡せば道場や流派の名が広まり、後世にも残る。
だから沖田は避けていた。自分の存在は消えていればいいと。
他流派に移るのに中途半端な目録など無い方が良い。
面倒な癖がつかないよう基礎を整え鍛え上げる。そうすればどこへ移っても鍛練の成果が活きる。
子供達はそれぞれの道を見つけ免許皆伝を目指すだろう。
自らの力で次の道を切り開く、沖田は自らがそうだったように、子供達にも自らの意思で道を選んで欲しかった。
「おや。……続けてください」
一心不乱に木刀を振る子供らの中から抜けて、沖田は庭へ降り立った。
稽古の妨げにならぬよう子供達が集まると門は一旦閉じられる。
この日も門は閉ざされているが、門人以外の気配を感じた。
「あぁ、裏の穴か」
随分前に嵐で空いた穴。
どうせ斎藤と夢主以外通らない裏口だ。細く奥まった路地だと放置していたが人が入って来るとは思わなかった。
普段人が立ち入らない道場の裏を覗くと、白い装束で顔を隠した子供が道場の中を覗いている。
「君、道場に何か用ですか」
「うわっ、別に!何も!」
足元に積まれた桶が三つ。驚いた子供がよろめくと桶は崩れ、顔を覆っていた布が外れた。
見えたのは猫のような鋭くも大きな瞳が印象的な少年の顔。
髪は豊かでとても美しく整っている。金品目当ての侵入ではなさそうだ。
「君も稽古がしたいのかな」
「だっ、誰が!こんな子供相手の遊び道場!」
「ははっ、随分と正直な子ですね。入門希望じゃないのなら僕は行きますから、早くお帰り下さい」
「いっ、言われなくたって!コッチから出て行ってやるさ!」
警察に突き出されるのではと恐れた少年。道場主があっさり立ち去ろうとするのに驚いた。
そして今のうちと慌てて逃げ出した。
「やれやれ、何しに来ていたんだか。興味があるなら入ればいいのに」
沖田はこの少年が道場破り目的で付近の道場を調べているとは思いもしなかった。
道に飛び出た少年は「これで全部だ」と懐から取り出した覚え書きを確認した。
矢立てを取り出して井上道場の名に一本線を重ねる。
「井上道場、取るに足らず。何だよ、子供道場じゃないか、子供ばっかり相手にして、子供ばっかり鍛えて……」
自分を見下ろした師範らしき男の目を思い出し、苛立ちが込み上げる。
真っ直ぐ見つめる目は曇りなく、厳しくも温かい目だった。誘いの言葉が嘘ではないと分かる。
分かれども、今の少年にそれを受け入れる度量は無かった。
「道場だけど道場以下だ!」
……羨ましくなんかない、俺より小さいガキが木刀なんて玩具で稽古して、ちっとも羨ましいもんか……
……俺は遊びじゃない、真剣を使って稽古を受けるんだ、いつか、稽古を始めたらすぐに強くなって見せる、先生のように……
報告すべきは前川道場。
神谷道場の流浪人もたいしたことはないだろう、先生に相手をしてもらおうなんて百年早いんだ!
少年は覚え書きを握りしめて、町外れの神社へ走って行った。