6.祝言の時
夢主名前設定
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慣れない沖田が自分で手入れしているせいか、美しく整っているとは言えないが、しっかりと人の手が入っていると伝わる庭。妙に形の良い低木と、荒っぽい松の枝張りの差がなんとも面白い。
小さな畑では植えられた種や苗が葉を広げて青々と成長している。庭木の手入れに比べて、こちらは得意なのだろう。こまめに手入れしているようだ。愛情が注がれていることが分かる。
「夢主殿、か」
「はい」
真っ直ぐ庭を眺めて妻の名を呼ぶ容保の声色に、斎藤は身を固くした。
夢主は容保が勧めた縁談を断る理由となった女だ。
そして斗南から東京へ、会津の人々から離れた理由も夢主に他ならない。
「いい女子だな」
「はっ、恐れ多きお言葉で」
「ははっ、何処で知り合うた」
「それは……壬生の頃に。壬生で知り合いました」
「ほぅ」
静かに話す容保に対し、斎藤は珍しくばつの悪い顔をしている。
「壬生の村にあのような女子はおらなんだと小耳に挟んだのだがな」
「お調べになられたのですか」
元主君に顔を向けるが、容保の横顔が見えるばかりだ。
とても穏やかな顔をしているが、元より感情を顔に表さない容保、その心中を量りかねた。斎藤が心を読みきれない数少ない人物。横顔を見つめ、思わず生唾を飲み込んだ。
「藤田五郎……いや斎藤一、お主が唯一私に報告しなかった事案だな」
「それは」
確かに如何なる変化も逐一報告するよう命を受けていた。
夢主の出現を伝えなかったのは、特別過ぎる存在を隠す為だった。例え主君であれ、将軍であれ、夢主が時代の行く末を知っている事は伝えられなかった。
それ以上に、知られればどこかへ連れて行かれ二度と会えなくなるかもしれない。そんな想いがあった。
「良いではないか」
「容保様……」
「お主が唯一自分の為に成した事、そうなのであろう。それで良い」
突然目を合わせ微笑む容保に、不覚にも斎藤の目頭が熱くなった。
容保に夢主の存在を告げなかったのは、男の性による身勝手な判断だと、とうに知られていたのだ。
「まぁ確かにあの頃知らされていたならば、早々に私の側女になっていたであろうな」
「容保様」
「冗談だ。少し過ぎたな、すまぬ。そなたのそんな顔は初めて見る。今日は本当に来て良かった」
「っ……」
斎藤は己の心の動揺を後悔して、顔に手を当てて太い息を吐いた。
「さて、沖田よ!」
「なんでしょう、容保様。それにしても僕は今は井上と名乗っているのですが」
容保は座敷に意識を移すと、大きく響く声で沖田を近くに呼び寄せた。
呼びつける容保は、嬉しそうに何やら企み顔をしている。
「良いであろう、お主は私にとっては沖田でしかない」
「構いませんが、何処で誰が聞いているか分かりませんので、せめて声をお抑えくださいませ」
「ならば井上、そなたと藤田で手合わせを見せてはくれまいか」
「手っ……」
「手合わせですか」
沖田はこんな時にと驚いて斎藤を見上げた。
斎藤も似たような顔をして容保を見ている。しかし「面白い……」互いにそんな感情を顔に浮かべていた。
「私はお主ら二人の立会いを見たことが無い。覚えているか黒谷で、まだ浪士組だった頃。あれは見事であった。あれ以来お主らをもっと見たくてな。ずっと機会を待っておったのだ」
「それは光栄です。勿論構いませんが、しかし祝言の席で新郎に怪我をさせるわけには」
「フン、言ってくれるな沖田君。俺に勝つ気か。いいぜ、手加減は無用だ」
「そんなこと言って、いいんですか!怪我をすれば仕事にも支障をきたしますよ」
「君こそ実戦から遠ざかって勘が鈍っているんじゃあ、無いかい」
むむっと顔をしかめる沖田とニヤリと笑む斎藤は、既に剣気をぶつけ始めている。
その時、ぽん、と開手が一つ響いた。
「では早速道場に移動だな」
二人のやりとりを楽しんでいた容保が手を鳴らしたのだ。
道場へ促す言葉を合図に斎藤と沖田は紋付を脱ぎ、立ち回るには立派過ぎる袴姿に変わった。
道場へ移ると迷わず木刀を手に取り、中央へ進む。
遅れてやってきた夢主が不安げに中を覗いた。
お色直をして戻ると男達が揃って出て行くではないか。慌てて付き添いの婆と後を追いかけたのだ。
先に到着した容保に呼ばれ、夢主は隣に立って手合わせを見守る事になった。
打掛を引きずる夢主が歩くのを手伝った大家の婆も気になるらしく、傍に寄って来て木刀を持つ二人の姿をじっと見ている。
小さな畑では植えられた種や苗が葉を広げて青々と成長している。庭木の手入れに比べて、こちらは得意なのだろう。こまめに手入れしているようだ。愛情が注がれていることが分かる。
「夢主殿、か」
「はい」
真っ直ぐ庭を眺めて妻の名を呼ぶ容保の声色に、斎藤は身を固くした。
夢主は容保が勧めた縁談を断る理由となった女だ。
そして斗南から東京へ、会津の人々から離れた理由も夢主に他ならない。
「いい女子だな」
「はっ、恐れ多きお言葉で」
「ははっ、何処で知り合うた」
「それは……壬生の頃に。壬生で知り合いました」
「ほぅ」
静かに話す容保に対し、斎藤は珍しくばつの悪い顔をしている。
「壬生の村にあのような女子はおらなんだと小耳に挟んだのだがな」
「お調べになられたのですか」
元主君に顔を向けるが、容保の横顔が見えるばかりだ。
とても穏やかな顔をしているが、元より感情を顔に表さない容保、その心中を量りかねた。斎藤が心を読みきれない数少ない人物。横顔を見つめ、思わず生唾を飲み込んだ。
「藤田五郎……いや斎藤一、お主が唯一私に報告しなかった事案だな」
「それは」
確かに如何なる変化も逐一報告するよう命を受けていた。
夢主の出現を伝えなかったのは、特別過ぎる存在を隠す為だった。例え主君であれ、将軍であれ、夢主が時代の行く末を知っている事は伝えられなかった。
それ以上に、知られればどこかへ連れて行かれ二度と会えなくなるかもしれない。そんな想いがあった。
「良いではないか」
「容保様……」
「お主が唯一自分の為に成した事、そうなのであろう。それで良い」
突然目を合わせ微笑む容保に、不覚にも斎藤の目頭が熱くなった。
容保に夢主の存在を告げなかったのは、男の性による身勝手な判断だと、とうに知られていたのだ。
「まぁ確かにあの頃知らされていたならば、早々に私の側女になっていたであろうな」
「容保様」
「冗談だ。少し過ぎたな、すまぬ。そなたのそんな顔は初めて見る。今日は本当に来て良かった」
「っ……」
斎藤は己の心の動揺を後悔して、顔に手を当てて太い息を吐いた。
「さて、沖田よ!」
「なんでしょう、容保様。それにしても僕は今は井上と名乗っているのですが」
容保は座敷に意識を移すと、大きく響く声で沖田を近くに呼び寄せた。
呼びつける容保は、嬉しそうに何やら企み顔をしている。
「良いであろう、お主は私にとっては沖田でしかない」
「構いませんが、何処で誰が聞いているか分かりませんので、せめて声をお抑えくださいませ」
「ならば井上、そなたと藤田で手合わせを見せてはくれまいか」
「手っ……」
「手合わせですか」
沖田はこんな時にと驚いて斎藤を見上げた。
斎藤も似たような顔をして容保を見ている。しかし「面白い……」互いにそんな感情を顔に浮かべていた。
「私はお主ら二人の立会いを見たことが無い。覚えているか黒谷で、まだ浪士組だった頃。あれは見事であった。あれ以来お主らをもっと見たくてな。ずっと機会を待っておったのだ」
「それは光栄です。勿論構いませんが、しかし祝言の席で新郎に怪我をさせるわけには」
「フン、言ってくれるな沖田君。俺に勝つ気か。いいぜ、手加減は無用だ」
「そんなこと言って、いいんですか!怪我をすれば仕事にも支障をきたしますよ」
「君こそ実戦から遠ざかって勘が鈍っているんじゃあ、無いかい」
むむっと顔をしかめる沖田とニヤリと笑む斎藤は、既に剣気をぶつけ始めている。
その時、ぽん、と開手が一つ響いた。
「では早速道場に移動だな」
二人のやりとりを楽しんでいた容保が手を鳴らしたのだ。
道場へ促す言葉を合図に斎藤と沖田は紋付を脱ぎ、立ち回るには立派過ぎる袴姿に変わった。
道場へ移ると迷わず木刀を手に取り、中央へ進む。
遅れてやってきた夢主が不安げに中を覗いた。
お色直をして戻ると男達が揃って出て行くではないか。慌てて付き添いの婆と後を追いかけたのだ。
先に到着した容保に呼ばれ、夢主は隣に立って手合わせを見守る事になった。
打掛を引きずる夢主が歩くのを手伝った大家の婆も気になるらしく、傍に寄って来て木刀を持つ二人の姿をじっと見ている。