56.痛みを抱えて

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主人公の女の子

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主人公の女の子

「あと、少し……ひと月もしたらきっとお話し出来ます。それまで……待ってくれませんか」

左之助の眉間に皺が寄る。
話してもらえない悔しさに期限を付けられた謎、ひと月待てばいいのかよと言う期待。
様々な感情が左之助の中で渦巻いた。

「私……旦那様がいます。あまり家には帰ってこないけど……かけがえのない、心から想う大切な人です」

ちっ、左之助の感情は一つの舌打ちにまとまった。
存在は知っていたが現実味を帯びると心が揺れるのは何故だ。
夫婦者を前に夫の存在を忌々しく思うなど情けない。

「でも総司さんや左之助さんも私には大切な皆さんです。妙さんや薫さんと同じ……大切なお方です」

俺ぁただのダチか、まぁ、そりゃそうだよな、ハハッ……
左之助は自嘲気味に肩を揺らした。

「原田左之助さん、総司さんが仰ったように本当に似てるんです、左之助さんが……以前お世話になった方に……」

「そいつは聞いてたけどよ、俺はその男が旦那だと思ってたんだよ」

「ごめんなさい……違うんです。その方は……亡くなってしまって……」

生き延びた、そんな言い伝えもあるが希望から生まれた伝説だろう。
夢主は原田の死を認めなければならない現実に首を振った。

「死んでたのか……」

「温かい笑顔や、その……たまに頭に触れてくださる仕草が似てて……手の温かさも……。だからつい甘えてしまって、左之助さんに誤解を……」

そう言えば癖で夢主の頭に触れてしまう。小柄な夢主の頭がちょうどいい位置にあるから触れ容易いのもある。
女にほいほい触れてしまった自分も悪いのだろうか。
左之助は喧嘩の繰り返しで節ばった自らの手を見つめた。

飲み屋や赤べこからの帰り道、話しながら時折り頬を赤らめたり涙を浮かべていたのは、世話になった男の姿を重ねていたから。
俺に対し頬を染めていた訳ではない。想いを告げられた訳でもないのに、そう思い込んでいたのは随分な自惚だ。
夢主の目には自分しか映っていないと思い込んでいた。

「左之助さん自身の優しさにも触れてしまって、甘えてしまったんです。一緒にいると思い出せる懐かしさと……左之助さんの温かさで……嬉しくて、つい……」

「……」

ごめんなさいと何度も頭を下げる夢主は呑み屋で見た顔のように、目尻に涙を溜めている。
一方的に夢主を責めていた左之助の心が、少しずつ揺れ始めた。

「ごめんなさい、左之助さんの気持ちも考えずに……優しさに甘えてしまいました、私がもっと気をしっかり持っていれば」

……つまり俺に懐かしい男の姿を重ねていたってか……
……俺が勝手に浮足立っていたんだな、恥ずかしいもんだ……

「俺に似てる男が新選組の男だなんて思わなかったぜ。なんだよ、沖田総司が生きてるとか、何が本当で何が嘘なんだ。どうしてお前が新選組の男と一緒にいる」

「それは……」

沖田総司は死ぬはずだった。
一緒にいるのは自分が元々この世界にはいなかった存在で、どういう所以か強く焦がれた人達のもとへ辿り着いてしまったから。
話しても通じるどころか更なる混乱を招くのが目に見えている。
起こるはずだった現実、説明するには全てを語らなくてはならない。

「だけどよ……忘れられない男なら俺にもいるさ、憧れていた隊長、今でも夢に見る」

「隊長……」

「正直腹ぁ立ってるぜ、今でも怒ってるさ。だけど誰かを忘れられない気持ちも、人に後ろ指さされる辛さも分かる。ぁあ"ああーーだがよぉ!!」

左之助は叫びながら激しく頭を掻きむしって立ち上がった。

「気持ちの整理がよ、つかねぇんだ!悪いけど俺は行くぜ!」

「左之助さん……」

「弁当、俺の分貰ってくぞ」

弁当を手に持ち、一瞬止まった左之助。
手を夢主の頭に乗せそうになり思い止まった。

「ひと月待てって言うなら待つさ。俺にもその間考えさせてくれ。阿片女のこともあるし俺の頭どうにかなっちまいそうだ」

「恵さん……」

「……知ってんのか」

「……」

「まぁいい、これ以上考えてられねぇ。今度全部話してもらうからな、忘れんなよ」

ぶっきらぼうに言い捨てても、手は勝手に夢主に触れそうになる。
左之助は手を握り締めて堪えた。

屋敷を出た左之助は迷うことなく広い河原を目指した。
頭がぐちゃぐちゃな今、目に移る景色くらいはすっきり晴れたものにしたい。

「あんな健気な嫁さん放置する旦那たぁ一旦どんな野郎だよ、酷ぇ男だぜ」

……それにしても話が分からねぇ!……

左之助は複雑な面持ちで腰を下ろし、怒り任せに、勢いで弁当を平らげた。
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