54.伝言
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「阿片って……知ってますか」
席に座り酒が運ばれて落ち着くと、夢主は静かに切り出した。
小さな飲み屋だ。店主や客に聞かれぬよう声は潜めている。
自ずと顔が近づき間近で視線が合う。
意表を突く話に左之助は目を大きくするが、夢主は近さに戸惑い目を逸らしてしまった。
「何だよ、嬢ちゃんからそんな言葉が出て来るとはな」
「いえ、その……左之助さんにお聞きしたくて」
「聞きたいってお前、手ぇ出したいなんて言うんじゃねぇだろうな!」
「まさか!」
夢主は慌ててかぶりを振った。
左之助の大切な人が阿片で死ぬ。
予言染みた言葉は拒絶されるに違いない。夢主は左之助の険しい顔を窺いながら、恐る恐る言葉を選んだ。
「その……危ない物だから、周りのみなさんにも絶対に手を出してはいけないって教えてあげてください。一度使ったそれっきり、抜け出せません……死ぬまで……」
「まぁ危険ってのは俺も知ってるがよ、いきなりどうした。らしくねぇ話だな。俺が手ぇ出すとでも思ってんのか?!」
「そんな、思ってません!左之助さんに限って!」
危険だと知っているから仲間が手を出すなど信じられず、命を落とす原因の阿片を憎悪するのだ。
弟分を救えるのは兄貴分からの忠告、左之助は分かってくれただろうか。
「もちろん周りの連中だって知ってるさ、安心しな」
「左之助さんからもう一度教えてあげてくださいね、阿片は怖いって……」
「そんなに言うなら……分かったよ。おかしな奴だな」
折角の酒が不味くなってしまう。
夢主はごめんなさいと謝って詫びの酌をした。
すると左之助の顔は一気に華やいで気持ちの良い笑い声を響かせ始めた。
狭い店の空気もたちまち明るくなる。
「左之助さん不思議なお方ですね」
「そうか、お前の方がよっぽど不思議だけどな」
「左之助さんが笑うと周りが明るくなります。お日様みたいなんです」
「なんだそりゃ!ははっ、お天道様かよ!」
お前が笑う方がよっぽどみんな嬉しいだろうよ、左之助はお天道様に例えられた意味が分からず笑い飛ばした。
心地よい笑い声が夢主の心には懐かしく響く。
周囲が沈んでいたら照らしてあげてください。
迷っていたら明るく行く先を照らしてあげて欲しい。
俯いてしまう人達がいたらその明るさで元気を。
夢主は豪快な笑いを見ておっとり微笑んだ。
勘定の時、夢主は左之助を押し切って支払いをした。
断る左之助にツケを払うよう迫り、断り切れなくしてしまったのだ。
「これからは女性も男性も無い時代です。今夜は以前奢って頂いたお返し、だからお金は大事に、妙さんにツケ払ってあげてください」
「しゃあねぇな……そこまで言われるとさすがに無視できねぇぜ」
観念したよとポリポリ頭を掻くが、バツの悪そうな顔も今だけのもの。
結局払わないんだろうなぁ……夢主は眉尻を下げて左之助を見つめた。
「そんな困った顔するなよ、赤べこの稼ぎだけで生活苦しくねぇか」
「へっ」
「まぁあの店は稼いでるからお前も安泰か……だがよぉ、なんつーか……無理はするな!おぅ、無理すんなよ!」
「はっ、はぃ」
何の気遣いか。夢主は首を傾げた。
左之助は自分の夫が警官と知らず、特別手当てを随時付与される特殊任務を知らないのだから致し方ない。
生活を案じてくれていた。
「ふふっ、大丈夫ですよ、困ってません」
「そっか、ならいいんだ。困ったらいつでも……頼って来いよな」
「はい」
なんて面倒見が良いのだろう。
さすがは弟分を山ほど抱える元喧嘩屋・斬左、相楽左之助だ。
いやに遠慮がちなのは自分が女だからか、夢主は記憶の中と異なる照れ臭がる左之助の姿を可愛く思い、くすくすと笑った。
日が暮れてしまい、帰りは左之助に道場まで送ってもらった。
門の前で思わず両脇の塀を確認してしまう。
昼間のように景色と同化した夫がいないかどうか。その仕草は我ながら罪悪感がある。
「どうかしたか」
「いいえ、今日はありがとうございました。左之助さんも帰り道お気をつけて」
「おぅよ。夜一人で怖くねぇか」
「大丈夫です、ほら、以前お話した兄代わりの総司さんがいてくださいますし」
「あぁそうか。随分静かだけど家にいるんだろうな」
「静かな方なんです。大丈夫ですよ、ね、それでは左之助さん」
「ふぅん。じゃあな、あばよ。またな」
夢主が感じる限り、今夜は屋敷の主は留守にしている。
悟られては色々厄介、さりげなく別れを切り出すと左之助は夢主の肩にポンと触れて、踵を返した。
見送りながら何かを感じた夢主、もう一度左右を見るが誰もいない。
沖田の屋敷を通り抜けて我が家を目指す最中も何度も確認してしまう自分がいた。
斎藤の姿を探してしまう。
「悪いことしてる訳じゃないのに、なんだろ……」
視線を感じた気がして、夢主は急いで家の中に姿を消した。
席に座り酒が運ばれて落ち着くと、夢主は静かに切り出した。
小さな飲み屋だ。店主や客に聞かれぬよう声は潜めている。
自ずと顔が近づき間近で視線が合う。
意表を突く話に左之助は目を大きくするが、夢主は近さに戸惑い目を逸らしてしまった。
「何だよ、嬢ちゃんからそんな言葉が出て来るとはな」
「いえ、その……左之助さんにお聞きしたくて」
「聞きたいってお前、手ぇ出したいなんて言うんじゃねぇだろうな!」
「まさか!」
夢主は慌ててかぶりを振った。
左之助の大切な人が阿片で死ぬ。
予言染みた言葉は拒絶されるに違いない。夢主は左之助の険しい顔を窺いながら、恐る恐る言葉を選んだ。
「その……危ない物だから、周りのみなさんにも絶対に手を出してはいけないって教えてあげてください。一度使ったそれっきり、抜け出せません……死ぬまで……」
「まぁ危険ってのは俺も知ってるがよ、いきなりどうした。らしくねぇ話だな。俺が手ぇ出すとでも思ってんのか?!」
「そんな、思ってません!左之助さんに限って!」
危険だと知っているから仲間が手を出すなど信じられず、命を落とす原因の阿片を憎悪するのだ。
弟分を救えるのは兄貴分からの忠告、左之助は分かってくれただろうか。
「もちろん周りの連中だって知ってるさ、安心しな」
「左之助さんからもう一度教えてあげてくださいね、阿片は怖いって……」
「そんなに言うなら……分かったよ。おかしな奴だな」
折角の酒が不味くなってしまう。
夢主はごめんなさいと謝って詫びの酌をした。
すると左之助の顔は一気に華やいで気持ちの良い笑い声を響かせ始めた。
狭い店の空気もたちまち明るくなる。
「左之助さん不思議なお方ですね」
「そうか、お前の方がよっぽど不思議だけどな」
「左之助さんが笑うと周りが明るくなります。お日様みたいなんです」
「なんだそりゃ!ははっ、お天道様かよ!」
お前が笑う方がよっぽどみんな嬉しいだろうよ、左之助はお天道様に例えられた意味が分からず笑い飛ばした。
心地よい笑い声が夢主の心には懐かしく響く。
周囲が沈んでいたら照らしてあげてください。
迷っていたら明るく行く先を照らしてあげて欲しい。
俯いてしまう人達がいたらその明るさで元気を。
夢主は豪快な笑いを見ておっとり微笑んだ。
勘定の時、夢主は左之助を押し切って支払いをした。
断る左之助にツケを払うよう迫り、断り切れなくしてしまったのだ。
「これからは女性も男性も無い時代です。今夜は以前奢って頂いたお返し、だからお金は大事に、妙さんにツケ払ってあげてください」
「しゃあねぇな……そこまで言われるとさすがに無視できねぇぜ」
観念したよとポリポリ頭を掻くが、バツの悪そうな顔も今だけのもの。
結局払わないんだろうなぁ……夢主は眉尻を下げて左之助を見つめた。
「そんな困った顔するなよ、赤べこの稼ぎだけで生活苦しくねぇか」
「へっ」
「まぁあの店は稼いでるからお前も安泰か……だがよぉ、なんつーか……無理はするな!おぅ、無理すんなよ!」
「はっ、はぃ」
何の気遣いか。夢主は首を傾げた。
左之助は自分の夫が警官と知らず、特別手当てを随時付与される特殊任務を知らないのだから致し方ない。
生活を案じてくれていた。
「ふふっ、大丈夫ですよ、困ってません」
「そっか、ならいいんだ。困ったらいつでも……頼って来いよな」
「はい」
なんて面倒見が良いのだろう。
さすがは弟分を山ほど抱える元喧嘩屋・斬左、相楽左之助だ。
いやに遠慮がちなのは自分が女だからか、夢主は記憶の中と異なる照れ臭がる左之助の姿を可愛く思い、くすくすと笑った。
日が暮れてしまい、帰りは左之助に道場まで送ってもらった。
門の前で思わず両脇の塀を確認してしまう。
昼間のように景色と同化した夫がいないかどうか。その仕草は我ながら罪悪感がある。
「どうかしたか」
「いいえ、今日はありがとうございました。左之助さんも帰り道お気をつけて」
「おぅよ。夜一人で怖くねぇか」
「大丈夫です、ほら、以前お話した兄代わりの総司さんがいてくださいますし」
「あぁそうか。随分静かだけど家にいるんだろうな」
「静かな方なんです。大丈夫ですよ、ね、それでは左之助さん」
「ふぅん。じゃあな、あばよ。またな」
夢主が感じる限り、今夜は屋敷の主は留守にしている。
悟られては色々厄介、さりげなく別れを切り出すと左之助は夢主の肩にポンと触れて、踵を返した。
見送りながら何かを感じた夢主、もう一度左右を見るが誰もいない。
沖田の屋敷を通り抜けて我が家を目指す最中も何度も確認してしまう自分がいた。
斎藤の姿を探してしまう。
「悪いことしてる訳じゃないのに、なんだろ……」
視線を感じた気がして、夢主は急いで家の中に姿を消した。