52.訊ね石
夢主名前設定
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幸せに染まった夢主が家を出ると、この日も赤べこに薫がやって来た。
店は相変わらず混んでいるが、昼を少し過ぎたいつもと違う時間、食事に来た訳ではなさそうだ。
「今日は茶豆だけ……いいかしら」
給仕の娘に茶豆を頼んだ薫。店の奥で洗い場に立つ夢主はその娘に聞かされ薫の来店を知った。
茶豆を届けると薫は今宵また剣心が不在だと打ち明けた。
体中からご機嫌な空気を発していた夢主の浮かれた気持ちがようやく落ち着いた。薫は太い溜め息を繰り返している。
「どうしたんですか薫さん、随分悩んでるみたいですけど……」
「うぅん、何でもないのよ、ありがとう。ただ剣心がちょっと心配で……」
「緋村さんのことがですか、あの……緋村さんならちょっとやそっとじゃ」
また騒動に巻き込まれでもしたのか、しかし剣心に限って負けたり怪我をしたりは考えられない。
安心してくださいと諭すが薫の溜め息は一向に止まらない。
「そうは思うんだけど今回は……でも剣心だもんね、大丈夫よね……あっ、冷めないうちに戴きます!」
気持ちを切り替え茶豆を口に含めば、薫から溜め息とは違う息がほぉっとこぼれた。
香ばしさが夢主の鼻をくすぐり頬が緩む。しかし薫はすぐに不安げな表情に戻ってしまった。
勘定を残し会釈をして出ていく姿もどこか寂しげだ。
「薫さんと蛍探しに行けば良かったな。気分が変わったかもしれないし……」
先日のように一緒に帰り道で蛍を探せばきっと笑顔が戻ったはず。
そう思うが店の繁盛具合から、今すぐ赤べこを飛び出すことは不可能だった。
日が沈み町から色が消えた頃、一旦家に戻った夢主は一人蛍を探しに家を出た。
もう一度斎藤に置き石手紙で蛍を訊ねたかったが、待てずに動いていた。
蛍がいれば神谷道場を訪れて薫を連れ出そう。
そうは言っても用心に越したことはない。
夢主は隣家の主を探した。
「総司さぁ……ん……、夢主です、どこですかぁ……」
屋敷を覗き呼び掛けるが人けが無い。
沖田は夜でも殆ど灯りをつけない。食事を取り風呂を終えたら火を消してしまう。
夜目が利くので必要ないのだが、その夜目を鍛えて保つ為でもある。油の節約もなるから一石二鳥だ。
「いないのかな。静か……」
順に庭に面した部屋を覗いていくが沖田はおらず、最後に覗いた道場にも沖田はいなかった。
「少しだけだから大丈夫かな。そんなに遠くないし……」
一人で外に出る言い訳を口にして夢主は川を目指した。
斎藤と蛍を見た場所、薫と立ち話をした川辺。
手には吊り下げ提灯。
静かな夜道を行き、目的の場所に着いて灯りを消すが、飛び交う柔らかな光は見つからなかった。
「やっぱりまだ早いのかな。剣心が旅立つ日はまだ先だから……」
剣心が京に向け旅立つ頃が蛍の飛び始め、そう考えると蛍探しは楽しいものではないのかもしれない。
夢主はふと煌めくものを感じて川に目を移した。
空には月が出ており、灯りを消しても光が残る。月明りが川面を輝かせていた。
決して強くはないが、沢山の硝子の欠片が散りばめられているような光が広がっている。
穏やかな流れに合わせ、小さな輝きが揺れていた。
――うふふ……
「えっ……」
蛍ではないけれど自然が与えてくれる美しい夜の輝き。
その光に見惚れていた夢主は遠い記憶に残る恐怖を感じた。
どこからともなく短く響いた男の笑い声に体は硬直する。
「久しぶりだな、壬生狼の女」
「あっ、ぁあ……刃……衛」
男が路地から現れた。黒傘をかぶる背の高い男がにやりと大きく顔を歪ませる。
声と姿ですぐに鵜堂刃衛だと気付いた夢主は強張った体で無理矢理に顔を逸らした。
店は相変わらず混んでいるが、昼を少し過ぎたいつもと違う時間、食事に来た訳ではなさそうだ。
「今日は茶豆だけ……いいかしら」
給仕の娘に茶豆を頼んだ薫。店の奥で洗い場に立つ夢主はその娘に聞かされ薫の来店を知った。
茶豆を届けると薫は今宵また剣心が不在だと打ち明けた。
体中からご機嫌な空気を発していた夢主の浮かれた気持ちがようやく落ち着いた。薫は太い溜め息を繰り返している。
「どうしたんですか薫さん、随分悩んでるみたいですけど……」
「うぅん、何でもないのよ、ありがとう。ただ剣心がちょっと心配で……」
「緋村さんのことがですか、あの……緋村さんならちょっとやそっとじゃ」
また騒動に巻き込まれでもしたのか、しかし剣心に限って負けたり怪我をしたりは考えられない。
安心してくださいと諭すが薫の溜め息は一向に止まらない。
「そうは思うんだけど今回は……でも剣心だもんね、大丈夫よね……あっ、冷めないうちに戴きます!」
気持ちを切り替え茶豆を口に含めば、薫から溜め息とは違う息がほぉっとこぼれた。
香ばしさが夢主の鼻をくすぐり頬が緩む。しかし薫はすぐに不安げな表情に戻ってしまった。
勘定を残し会釈をして出ていく姿もどこか寂しげだ。
「薫さんと蛍探しに行けば良かったな。気分が変わったかもしれないし……」
先日のように一緒に帰り道で蛍を探せばきっと笑顔が戻ったはず。
そう思うが店の繁盛具合から、今すぐ赤べこを飛び出すことは不可能だった。
日が沈み町から色が消えた頃、一旦家に戻った夢主は一人蛍を探しに家を出た。
もう一度斎藤に置き石手紙で蛍を訊ねたかったが、待てずに動いていた。
蛍がいれば神谷道場を訪れて薫を連れ出そう。
そうは言っても用心に越したことはない。
夢主は隣家の主を探した。
「総司さぁ……ん……、夢主です、どこですかぁ……」
屋敷を覗き呼び掛けるが人けが無い。
沖田は夜でも殆ど灯りをつけない。食事を取り風呂を終えたら火を消してしまう。
夜目が利くので必要ないのだが、その夜目を鍛えて保つ為でもある。油の節約もなるから一石二鳥だ。
「いないのかな。静か……」
順に庭に面した部屋を覗いていくが沖田はおらず、最後に覗いた道場にも沖田はいなかった。
「少しだけだから大丈夫かな。そんなに遠くないし……」
一人で外に出る言い訳を口にして夢主は川を目指した。
斎藤と蛍を見た場所、薫と立ち話をした川辺。
手には吊り下げ提灯。
静かな夜道を行き、目的の場所に着いて灯りを消すが、飛び交う柔らかな光は見つからなかった。
「やっぱりまだ早いのかな。剣心が旅立つ日はまだ先だから……」
剣心が京に向け旅立つ頃が蛍の飛び始め、そう考えると蛍探しは楽しいものではないのかもしれない。
夢主はふと煌めくものを感じて川に目を移した。
空には月が出ており、灯りを消しても光が残る。月明りが川面を輝かせていた。
決して強くはないが、沢山の硝子の欠片が散りばめられているような光が広がっている。
穏やかな流れに合わせ、小さな輝きが揺れていた。
――うふふ……
「えっ……」
蛍ではないけれど自然が与えてくれる美しい夜の輝き。
その光に見惚れていた夢主は遠い記憶に残る恐怖を感じた。
どこからともなく短く響いた男の笑い声に体は硬直する。
「久しぶりだな、壬生狼の女」
「あっ、ぁあ……刃……衛」
男が路地から現れた。黒傘をかぶる背の高い男がにやりと大きく顔を歪ませる。
声と姿ですぐに鵜堂刃衛だと気付いた夢主は強張った体で無理矢理に顔を逸らした。