52.訊ね石

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主人公の女の子

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主人公の女の子

やがて道を折れて小川沿いの道に入り、夢主はいつだったか斎藤と蛍を眺めた場所に目を止めた。

「どうしたんですか」

夢主の歩みが遅れ、薫が振り返った。
振り返る笑顔が夢主の胸の奥を突き刺す。
素直で可愛らしいこの笑顔が、これから何度涙に濡れるのだろう。

この川沿いを行けば神谷道場に出る。
静まり返った夜、門の前で薫は剣心の旅立つ姿に咽び泣く。
二人の周りに蛍は飛んでいるのだろうか、それとも風に吹かれた木々の葉が舞い落ちるのか。

……そんな事どうでもいい、そんな事は……

「いいえ……」

夢主は小さく首を振った。

「ここで旦那様と蛍を見たんです。だいぶ前ですけど、とても綺麗で……蛍って切ないなと思って」

「蛍の光がですか」

「うん……求め合う光なんだって、蛍の光は……そう聞いたら切ないなって。その時は思っちゃったんです」

「ふふっ、夢主さん面白いですね」

「そうかなっ、そうよね、蛍といえば綺麗でわくわくしますよね」

夏の始まりを彩る蛍の光。
光の乱舞を切なく感じるのはあの時感じた切なさ以上に、蛍の季節、薫に降りかかる悲しみが重なるから。
夢主が誤魔化すよう微笑むと、薫は川辺の草むらを覗いた。

川沿いに伸びる木々も道を進むと無くなり、岸は石が綺麗に並び整えられていく。
神谷道場前も整えられ水路となった小川が流れており、自然の姿を残すこの辺りは良い散策場所だ。

「旦那様と蛍なんて羨ましいな。でも、今年の蛍はまだ少し先かもしれませんね」

「そっか……もう少し先ですね」

「えぇ。でも暖かくなれば急に飛び始めるかもしれませんよ、私も見たいなぁ蛍」

剣心と……薫はきっと心でそう続けていただろう。
大好きな人と過ごす時間に憧れる笑顔はとても明るく、夢主にも微笑みが戻っていった。


夜、すっかり日が落ちてようやく家の雨戸を閉め始めた夢主は、空に浮かぶ星々の明かりを見上げた。
蛍より小さな星明りだが光の数は遥かに多い。
そんな光の粒の中、一つだけ蛍よりも大きい光は月の輝きだ。

「空が暗くて、風が無い日……だったかな」

蛍が良く飛び美しく夜闇に映える時、どこかで聞いた話を思い出した。
月が綺麗な夜は好きだが蛍を探すには月が細い夜がいいようだ。
雨戸を閉め終えたら川沿いを歩いてみようか、好奇心が湧いてきたが明るい夜空に気持ちは落ち着いた。

「一さんに聞いてみよう」

夜道を歩いて帰るのだから、飛んでいれば姿を見ているかもしれない。
気持ちは夜歩きから斎藤の帰宅に移るが、この夜は帰りが遅く、夢主はうつらうつらと舟をこぎ始めた。
やがて諦めて布団に潜りこむと、呆気なく眠気に負けてしまった。

……朝一番に聞けばいいかな……

微かな意識で思いながら眠りに落ちていったが、目覚めた時に見たのは斎藤が確かにいたという跡だけだった。
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