48.小高い社
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東京に抜刀斎が現れた。
自称、神谷活心流の人斬り抜刀斎。
まだ実態は掴めていないがどう考えても偽物だ。
斎藤も一度死体を見たが切り口が全く異なった。
あの男が斬ったならばあんな汚い痕にはならない。辻斬りの痕は抜刀斎と真逆の剣技、力任せに刀を振る剣客による仕業。
「抜刀斎でないと言うのならば俺の出る幕じゃぁない」
斎藤はあとは任せたと部下に仕事を渡した。
ただし受け取った報告書の中に気になるものが一つ。
『廃刀令違反ノ男アリ、単身痩躯、赤毛、左頬二綿紗ノ貼リ物』
重要度が低い案件の束にあった廃刀令違反の報告書。手掛かりを求めて全てに目を通したのは正解だった。
左頬に貼り物、これが十字傷を隠す為なら間違いない。赤毛で単身痩躯、警官を撒いて逃げたとある。瞬足の奴なら容易い仕業だ。この手配書こそが抜刀斎。
廃刀令違反とは今も帯刀し未だ人を斬っているのではないか。
夢主や沖田が語った緋村抜刀斎は人を斬らない、それは間違いなのではないか。この目で確かめない限り信じられない。
「この町にいるのか」
偽抜刀斎の話を知り、真実を確かめに来たのかもしれない。
「こいつは町を探す必要がありそうだ」
別件を抱えているが一度町を回ってみるか。偽抜刀斎が目撃された地域からその周辺へ。
斎藤は目を通し終えた書類の山を残して資料室を出た。
町には詳しい。
流れ者が寝泊まりする橋の下や、破落戸の溜まり場、落人が集まる場に立ち寄らせた部下から情報を拾う。
自身でも花街に寄り楼主から情報を仕入れた。
有力と言えるか分からないが、気になる情報は幾つか得られた。
町の出入り口、街道そばで旅人から小銭を貰って食べ繋ぐ男が刀を差した単身痩躯の男を見たという。
顔を上げなかったので頬の貼り物までは確認していないが、今時珍しい帯刀姿を覚えていたそうだ。
それから落人群に住む男が町外れに戻る時の目撃談。部外者が町外れを歩くのは珍しい時分に見た男。
新しい住人かと思ったが落人群には入らず通りすぎた。不思議に思って後姿が消えるのを見送ったらしい。その男も赤毛だったそうだ。
「川でも溜まり場でもなければどこに身を置いている。金には困ってないのか」
少し離れた旅籠に泊まっていれば見つけ難い。
山林にでも隠れているか。野宿は慣れているはずだ。
斎藤は上野の山を捜索し、自身がたまに気を引き締める為に入る竹林を歩いた。
気の鍛練とでも言うべきか、行くのは殆どが夜だ。
しんとした夜、町から人が消える時でも竹藪は僅かに風が吹けば様々な音が鳴る。
竹の節が甲高い音を鳴らし、頭上に揺れる葉は止めどなく音を立てる。周囲の音を人の気配と錯覚する奇妙な空間が出来上がるのだ。
その落ち着かない音の中、降って来る竹の葉を剣気を発して裂破させる。
何百回木刀を振るより、斎藤にはいい鍛練になった。
この日は抜刀斎の捜索の為に立ち寄った。従って気の鍛練は行わない。
普段人が立ち入らぬこの場所で真っすぐ前を見据えた。誰かが動いている気配はない。
念の為、通り抜けて確かめようと少し進んだところで足が止まった。手は即座に刀に触れる。
「この気は……いるのか、いや……違う」
何かを感じる。
残り香ならぬ、僅かに残った剣気。
直前まで誰かがここにいた、斎藤が夜闇の中で行うように気を発した痕跡。
斎藤はやおら腰を落として葉を拾い上げた。
細長い竹の葉が見事に裁断されている。
「刃による仕業ではないな」
足を止めた瞬間、高揚した己を感じた。
何故高揚するのか解せなかったが、今ならはっきり分かる。
「抜刀斎、ここにいたな」
剣気に反応して美しいまでに真っ二つになった葉の数々。
気が昂ったのは体が覚える懐かしい剣気に無意識に反応した為。
「間違いない、奴はこの町にいる」
込み上げる悦びを認め、薄っすら笑みを浮かべた斎藤は立ち上がった。
確信を得て葉を放り捨てる。
偽抜刀斎の一件を張っていれば必ず奴の姿を捉えることが出来るだろう。
斎藤は面倒を承知で川路の元へ報告に向かった。
自称、神谷活心流の人斬り抜刀斎。
まだ実態は掴めていないがどう考えても偽物だ。
斎藤も一度死体を見たが切り口が全く異なった。
あの男が斬ったならばあんな汚い痕にはならない。辻斬りの痕は抜刀斎と真逆の剣技、力任せに刀を振る剣客による仕業。
「抜刀斎でないと言うのならば俺の出る幕じゃぁない」
斎藤はあとは任せたと部下に仕事を渡した。
ただし受け取った報告書の中に気になるものが一つ。
『廃刀令違反ノ男アリ、単身痩躯、赤毛、左頬二綿紗ノ貼リ物』
重要度が低い案件の束にあった廃刀令違反の報告書。手掛かりを求めて全てに目を通したのは正解だった。
左頬に貼り物、これが十字傷を隠す為なら間違いない。赤毛で単身痩躯、警官を撒いて逃げたとある。瞬足の奴なら容易い仕業だ。この手配書こそが抜刀斎。
廃刀令違反とは今も帯刀し未だ人を斬っているのではないか。
夢主や沖田が語った緋村抜刀斎は人を斬らない、それは間違いなのではないか。この目で確かめない限り信じられない。
「この町にいるのか」
偽抜刀斎の話を知り、真実を確かめに来たのかもしれない。
「こいつは町を探す必要がありそうだ」
別件を抱えているが一度町を回ってみるか。偽抜刀斎が目撃された地域からその周辺へ。
斎藤は目を通し終えた書類の山を残して資料室を出た。
町には詳しい。
流れ者が寝泊まりする橋の下や、破落戸の溜まり場、落人が集まる場に立ち寄らせた部下から情報を拾う。
自身でも花街に寄り楼主から情報を仕入れた。
有力と言えるか分からないが、気になる情報は幾つか得られた。
町の出入り口、街道そばで旅人から小銭を貰って食べ繋ぐ男が刀を差した単身痩躯の男を見たという。
顔を上げなかったので頬の貼り物までは確認していないが、今時珍しい帯刀姿を覚えていたそうだ。
それから落人群に住む男が町外れに戻る時の目撃談。部外者が町外れを歩くのは珍しい時分に見た男。
新しい住人かと思ったが落人群には入らず通りすぎた。不思議に思って後姿が消えるのを見送ったらしい。その男も赤毛だったそうだ。
「川でも溜まり場でもなければどこに身を置いている。金には困ってないのか」
少し離れた旅籠に泊まっていれば見つけ難い。
山林にでも隠れているか。野宿は慣れているはずだ。
斎藤は上野の山を捜索し、自身がたまに気を引き締める為に入る竹林を歩いた。
気の鍛練とでも言うべきか、行くのは殆どが夜だ。
しんとした夜、町から人が消える時でも竹藪は僅かに風が吹けば様々な音が鳴る。
竹の節が甲高い音を鳴らし、頭上に揺れる葉は止めどなく音を立てる。周囲の音を人の気配と錯覚する奇妙な空間が出来上がるのだ。
その落ち着かない音の中、降って来る竹の葉を剣気を発して裂破させる。
何百回木刀を振るより、斎藤にはいい鍛練になった。
この日は抜刀斎の捜索の為に立ち寄った。従って気の鍛練は行わない。
普段人が立ち入らぬこの場所で真っすぐ前を見据えた。誰かが動いている気配はない。
念の為、通り抜けて確かめようと少し進んだところで足が止まった。手は即座に刀に触れる。
「この気は……いるのか、いや……違う」
何かを感じる。
残り香ならぬ、僅かに残った剣気。
直前まで誰かがここにいた、斎藤が夜闇の中で行うように気を発した痕跡。
斎藤はやおら腰を落として葉を拾い上げた。
細長い竹の葉が見事に裁断されている。
「刃による仕業ではないな」
足を止めた瞬間、高揚した己を感じた。
何故高揚するのか解せなかったが、今ならはっきり分かる。
「抜刀斎、ここにいたな」
剣気に反応して美しいまでに真っ二つになった葉の数々。
気が昂ったのは体が覚える懐かしい剣気に無意識に反応した為。
「間違いない、奴はこの町にいる」
込み上げる悦びを認め、薄っすら笑みを浮かべた斎藤は立ち上がった。
確信を得て葉を放り捨てる。
偽抜刀斎の一件を張っていれば必ず奴の姿を捉えることが出来るだろう。
斎藤は面倒を承知で川路の元へ報告に向かった。