44.静観
夢主名前設定
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朝になると重たそうな目で夢主が動き出した。
持ち上がらない瞼は抜けない睡魔からか、俺を見たくなくてそんな目をしているのか。
何も訊かず眺めていると、
「行ってらっしゃぃ……」
「あぁ行ってくる」
俯きがちに小声で見送られた。
この状況で習慣となった口吸いをすべきか、迷う間もなく顔を逸らされ夢主に拒絶されてしまった。
外に出た斎藤は夕べを振り返った。
もっと良い伝え方があったかもしれない。ではどうすれば良かったか。
家の前は人通りが少ない。暫く行って角を曲がるとやがて人の数も増えてきた。
それぞれの一日の始まり、商売人は既に仕事を始めている。
人々の横を通り過ぎながら尚も考え続けた。
密偵として剣客として仕事の腕には自信がある。自信がないと言えば未だに夢主の扱いは難しい。普段は正直扱いやすい類に入るが、いざとなると難儀する。
心悩ませるのはそれだけ大切な存在という証なのだが、昨夜はどう導けば良かったのか。答えが分からない。
「どちらにしろ今更だ」
告げた言葉は消えず、済んだことを無かったことにはできない。
降りかかる火の粉は待ってはくれない。
成すべき事をして、守るべきものを守るだけだ。
改めて己の立場を認識した斎藤、足早に警視庁へ向かった。
時が過ぎて夢主もまた家を出た。
下を向いて考えに耽りながら、体が覚えている道を歩いて行く。
夕べの冷たい忠告の理由は分かる。任務の為と言った背景も想像がついた。
それでもすぐに心の整理は出来ず、越路郎と薫の存在が頭から離れない。
「薫さん……」
「夢主さん」
「ぁっ」
頭の中で薫に語り掛けると、目の前で返事があった。
驚く夢主の前で薫が首を傾げて微笑んでいる。出稽古に向かう途中らしく、清潔な道着姿が薫の清廉さを引き立てている。
しかしどこか影のある笑みは夢主を戸惑わせた。
「旦那さん、戻られたそうですね。おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
にこりと微笑んで夫の帰還を喜んでくれる薫に、夢主の気まずさが増した。
伝えそびれていた話。直接伝える前に知ってしまったようだ。
第三者から話を知った薫はとても悲しそうに俯いた。
「どうして言ってくれなかったんですか」
「あの……ごめんなさい、言う機会がなくて……」
昨日は久しぶりに顔を見たが、薫がすぐに走り去ってしまった。
もしかしたらあの時、既にこの報せを知っていたのかもしれない。
「そうですよね、赤べこは忙しいですし、帰ったら旦那さんが……」
私なんかに会いに来る時間はありませんよね、そう言いたげに言葉後が消えていった。
「夢主さんには分からないですよ……」
「薫さん?」
唇をほとんど動かさずに漏らした薫の声は夢主の耳には届かなかった。
薫は危うげだった笑顔を明らかに塞いだ表情に変え、そっと足元に目を落とした。
戦争に行った父が戻らない気持ちなんて……貴女には分からない。言いかけて、言葉を飲み込んだ。
薫は小さく顔を振った。
再び二人の目が合った時には元気な顔に戻っていた。
反して、漂う空気は棘のある張り詰めたもの。
夢主は全身でその棘を感じた。棘の痛みは薫の心の痛みに違いない。
持ち上がらない瞼は抜けない睡魔からか、俺を見たくなくてそんな目をしているのか。
何も訊かず眺めていると、
「行ってらっしゃぃ……」
「あぁ行ってくる」
俯きがちに小声で見送られた。
この状況で習慣となった口吸いをすべきか、迷う間もなく顔を逸らされ夢主に拒絶されてしまった。
外に出た斎藤は夕べを振り返った。
もっと良い伝え方があったかもしれない。ではどうすれば良かったか。
家の前は人通りが少ない。暫く行って角を曲がるとやがて人の数も増えてきた。
それぞれの一日の始まり、商売人は既に仕事を始めている。
人々の横を通り過ぎながら尚も考え続けた。
密偵として剣客として仕事の腕には自信がある。自信がないと言えば未だに夢主の扱いは難しい。普段は正直扱いやすい類に入るが、いざとなると難儀する。
心悩ませるのはそれだけ大切な存在という証なのだが、昨夜はどう導けば良かったのか。答えが分からない。
「どちらにしろ今更だ」
告げた言葉は消えず、済んだことを無かったことにはできない。
降りかかる火の粉は待ってはくれない。
成すべき事をして、守るべきものを守るだけだ。
改めて己の立場を認識した斎藤、足早に警視庁へ向かった。
時が過ぎて夢主もまた家を出た。
下を向いて考えに耽りながら、体が覚えている道を歩いて行く。
夕べの冷たい忠告の理由は分かる。任務の為と言った背景も想像がついた。
それでもすぐに心の整理は出来ず、越路郎と薫の存在が頭から離れない。
「薫さん……」
「夢主さん」
「ぁっ」
頭の中で薫に語り掛けると、目の前で返事があった。
驚く夢主の前で薫が首を傾げて微笑んでいる。出稽古に向かう途中らしく、清潔な道着姿が薫の清廉さを引き立てている。
しかしどこか影のある笑みは夢主を戸惑わせた。
「旦那さん、戻られたそうですね。おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
にこりと微笑んで夫の帰還を喜んでくれる薫に、夢主の気まずさが増した。
伝えそびれていた話。直接伝える前に知ってしまったようだ。
第三者から話を知った薫はとても悲しそうに俯いた。
「どうして言ってくれなかったんですか」
「あの……ごめんなさい、言う機会がなくて……」
昨日は久しぶりに顔を見たが、薫がすぐに走り去ってしまった。
もしかしたらあの時、既にこの報せを知っていたのかもしれない。
「そうですよね、赤べこは忙しいですし、帰ったら旦那さんが……」
私なんかに会いに来る時間はありませんよね、そう言いたげに言葉後が消えていった。
「夢主さんには分からないですよ……」
「薫さん?」
唇をほとんど動かさずに漏らした薫の声は夢主の耳には届かなかった。
薫は危うげだった笑顔を明らかに塞いだ表情に変え、そっと足元に目を落とした。
戦争に行った父が戻らない気持ちなんて……貴女には分からない。言いかけて、言葉を飲み込んだ。
薫は小さく顔を振った。
再び二人の目が合った時には元気な顔に戻っていた。
反して、漂う空気は棘のある張り詰めたもの。
夢主は全身でその棘を感じた。棘の痛みは薫の心の痛みに違いない。