44.静観
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一ヶ瀬鮫男が華焔に身請けを言い渡した翌日、志々雄は何をするでもなく十本刀の集結を待っていた。
指名した昼三付きの新造が部屋を片付けている。
部屋で定位置となった窓際に座り、その光景を何の気なしに見ていた。
「はーやれやれ、華火、交代だよ」
「はぁい、姐さぁん」
やがて姉貴分の華焔が現れ、世話役を交代して妹分の新造を下がらせた。
こんな場面が昨日もあった。
今日と昨日で違うのは華焔の顔色だ。昨日まではひたすら不愛想だったが、今はそれなりの愛嬌がある。
華焔は志々雄が登楼してすぐに彼らの素行に慣れた。
見てくれは妙だが行儀は良い。部下と思われる背広姿の男は生真面目で、小姓なのかいつもそばにいる若い男はにこにこして禿の遊び相手になっている。
当初、華焔が不機嫌だったのは自分達に金が入る遊びを全くしない客だったからだ。遊び慣れて見えるのに、期待外れだよとあからさまな悪態をついた。
このまま売上が無ければ長居されるほど困る。金を使えと言ってやるか。
華焔が客を品定めしようかという時、志々雄も似たような目で見ていた。
……フン、女の体を見定めようってかい。品が無いねぇ……
文句を言って部屋を出てやろうか、目を逸らして溜め息を吐いた。
その息が消えないうちに声が掛かった。
「お前、自分を日本一だと言ってたな」
「あぁそうだよ、吉原一は日本一だろう、文句つけようってのかい」
「いや、文句言おうとは思わねぇよ。確かに度胸も器量も大したもんだ」
内面と外見どちらも褒められて悪い気はしない。
予想に反した言葉をふふんと得意気に笑うと、次の質問がやって来た。
「由美、って名前を知らねぇか」
「なっ……」
何言ってるんだい!素の顔で返しそうになり咄嗟に睨みつけた。
それは自分がこの苦街へ来る前に持っていた名前。恵まれた商家で可愛がられて育つ中、数えきれないほど呼ばれた名前だ。
客に本当の名を明かすのはご法度。
「知らないねぇ、忘れられない女のかい」
「いや、知らねぇならいいんだ。ただ、お前一番の女なんだろう」
「当り前さね、あたしを誰だと思ってるのさ。それより、宴の用意は要らないのかい」
「あぁ、静かに過ごしてぇんだ。要らねぇよ」
「全く……」
期待外れの客だ。やれやれと肩を落として部屋の襖を開けた。
「どこへ行く」
用を言い付けたわけでもないのに、来てすぐに客を残して何のつもりだ。
コケにされるのを好まない志々雄は思わず呼び止めた。
すると、返ってきたのは遠慮なしの一言だった。
「厠だよ、いちいちついてくる気かい」
「いや……すまねぇ」
おっ、と小さく驚いて素直に謝った。
初見で自分は極悪人だと名乗った男が、随分としおらしい。見た目ほど悪い男には感じられない。
世話を断ろうと考え始めた華焔だが、このまま奇妙な客を引き受ける意を固めた。
ただ一つ、宴が開かれなければ遊女に金は入らないとだけ告げればいい。
変な客だが金は持っているし、今までの客と違い面白そうな男だ。
「すぐに戻るよ」
「あぁ、急がねぇよ」
急に素直な笑顔を見せた華焔に驚き、志々雄は襖が閉じるまで顔を向けていた。
それからすぐに華焔は金の話を切り出し、不機嫌な顔は見せなくなった。
指名した昼三付きの新造が部屋を片付けている。
部屋で定位置となった窓際に座り、その光景を何の気なしに見ていた。
「はーやれやれ、華火、交代だよ」
「はぁい、姐さぁん」
やがて姉貴分の華焔が現れ、世話役を交代して妹分の新造を下がらせた。
こんな場面が昨日もあった。
今日と昨日で違うのは華焔の顔色だ。昨日まではひたすら不愛想だったが、今はそれなりの愛嬌がある。
華焔は志々雄が登楼してすぐに彼らの素行に慣れた。
見てくれは妙だが行儀は良い。部下と思われる背広姿の男は生真面目で、小姓なのかいつもそばにいる若い男はにこにこして禿の遊び相手になっている。
当初、華焔が不機嫌だったのは自分達に金が入る遊びを全くしない客だったからだ。遊び慣れて見えるのに、期待外れだよとあからさまな悪態をついた。
このまま売上が無ければ長居されるほど困る。金を使えと言ってやるか。
華焔が客を品定めしようかという時、志々雄も似たような目で見ていた。
……フン、女の体を見定めようってかい。品が無いねぇ……
文句を言って部屋を出てやろうか、目を逸らして溜め息を吐いた。
その息が消えないうちに声が掛かった。
「お前、自分を日本一だと言ってたな」
「あぁそうだよ、吉原一は日本一だろう、文句つけようってのかい」
「いや、文句言おうとは思わねぇよ。確かに度胸も器量も大したもんだ」
内面と外見どちらも褒められて悪い気はしない。
予想に反した言葉をふふんと得意気に笑うと、次の質問がやって来た。
「由美、って名前を知らねぇか」
「なっ……」
何言ってるんだい!素の顔で返しそうになり咄嗟に睨みつけた。
それは自分がこの苦街へ来る前に持っていた名前。恵まれた商家で可愛がられて育つ中、数えきれないほど呼ばれた名前だ。
客に本当の名を明かすのはご法度。
「知らないねぇ、忘れられない女のかい」
「いや、知らねぇならいいんだ。ただ、お前一番の女なんだろう」
「当り前さね、あたしを誰だと思ってるのさ。それより、宴の用意は要らないのかい」
「あぁ、静かに過ごしてぇんだ。要らねぇよ」
「全く……」
期待外れの客だ。やれやれと肩を落として部屋の襖を開けた。
「どこへ行く」
用を言い付けたわけでもないのに、来てすぐに客を残して何のつもりだ。
コケにされるのを好まない志々雄は思わず呼び止めた。
すると、返ってきたのは遠慮なしの一言だった。
「厠だよ、いちいちついてくる気かい」
「いや……すまねぇ」
おっ、と小さく驚いて素直に謝った。
初見で自分は極悪人だと名乗った男が、随分としおらしい。見た目ほど悪い男には感じられない。
世話を断ろうと考え始めた華焔だが、このまま奇妙な客を引き受ける意を固めた。
ただ一つ、宴が開かれなければ遊女に金は入らないとだけ告げればいい。
変な客だが金は持っているし、今までの客と違い面白そうな男だ。
「すぐに戻るよ」
「あぁ、急がねぇよ」
急に素直な笑顔を見せた華焔に驚き、志々雄は襖が閉じるまで顔を向けていた。
それからすぐに華焔は金の話を切り出し、不機嫌な顔は見せなくなった。