43.錦絵
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時を遡り、吉原は夜見世が始まった暮六つ時。
赤猫楼では華焔に相手を断られた一ヶ瀬鮫男が一方的に身請けを言い渡していた。
固まる華焔。一ヶ瀬は見ていた志々雄に追い払われるよう、妓楼を後にした。
志々雄が一ヶ瀬を追い払ったのは単に気に食わなかったからだ。いけ好かない野郎だ。
それともう一つ、自分の物を盗られるのは許せない。買った妓は俺が去るまで他の客には触れさせねぇ、志々雄には当然の考えだった。
吉原一の妓を呼べと指名した昼三、やって来る妓がどんな人物であろうが興味を抱くはずがない。
幕末に散々遊び、女は嫌と言うほど知っている。
「吉原一の妓を買う」
引手茶屋で言い付けて紹介された。
やがてやって来た華焔は確かに器量も度胸も相当なものを持っていた。
包帯だらけの異形の男に一瞬驚くが、すぐに元の凛とした顔を取り戻した。
「あちきが華焔、吉原一の、いや日本一の昼三さ」
召集をかけた十本刀が集まるのを待つ間、世話を任せるには悪くない妓だった。
その買った妓を一ヶ瀬は横からかっさらおうとした。
ケツが青い野郎は行儀も悪いな。
追い返したがいい気がしない志々雄、煙管を含んで外を眺めていると、機嫌を直すに十分な面白いものを見つけた。
藍色の長い襟巻で顔を隠しているが見間違えようもない。
幕末の時代、何度も姿を見つけながら斬りつける事を許されなかった相手がそこにいた。
「どういうことだ」
向かいの妓楼から出てきた男はどう見ても沖田総司だった。
三味線の音が響き始めた夜の吉原、引き揚げるには奇妙な時間。
しかし出てきた男は妓楼の中へ会釈を残し、軒先の赤提灯の列に照らされて吉原を出て行った。
「他人の空似か……」
沖田総司は早くに病を患い、鳥羽伏見の地にはいなかった。その後、病で死んだのは周知の事実。
しかも女っ気がなく至って真面目な性格だと聞いていた。吉原に縁遠い男だろう。
やはり人違いか。
「どうしたんですか、志々雄さん」
志々雄が独り言ちながら景色を見るなど珍しい。
楽しそうに覗き込んでくる宗次郎を見て、志々雄は何やら嬉しさが込み上げてきた。
気付いてみれば己が作り上げたこの修羅は沖田総司によく似ている。
女みたいな小さな顔にくりくりした大きな目。素早い体捌きもよく似ている。
「だが宗次郎の方が圧倒的な疾さだ」
「えっ、僕ですか」
「宗次郎、お前新選組を知っているか」
「新選組……聞いた事がある程度ですけど、ほとんど死んじゃったんですよね」
何を求められているか分からないが、宗次郎は素直に返事をした。
志々雄の口から新選組の名を聞くのは初めてだ。
「あぁ。近藤、土方、それに沖田。幹部を含めほとんどの連中が死んだ。だが幾人かは今も生きている。今、俺達に一番近いのは斎藤一だろう」
「斎藤……一さん」
「そうだ。奴は警官として東京にいるらしいからな。いつか相見える時が来るかもしれねぇ」
「へぇ、面白そうだなぁ。新選組、幕末の生き残りかぁ。志々雄さんとどちらが強いんですか」
問われるとニッと顔歪め、煙管を握り折った。
「俺に決まっている」
志々雄が答えると、宗次郎は「そうですね」と笑った。
妖しい遊郭に似合わぬ爽やかな笑い声が響き渡った。
赤猫楼では華焔に相手を断られた一ヶ瀬鮫男が一方的に身請けを言い渡していた。
固まる華焔。一ヶ瀬は見ていた志々雄に追い払われるよう、妓楼を後にした。
志々雄が一ヶ瀬を追い払ったのは単に気に食わなかったからだ。いけ好かない野郎だ。
それともう一つ、自分の物を盗られるのは許せない。買った妓は俺が去るまで他の客には触れさせねぇ、志々雄には当然の考えだった。
吉原一の妓を呼べと指名した昼三、やって来る妓がどんな人物であろうが興味を抱くはずがない。
幕末に散々遊び、女は嫌と言うほど知っている。
「吉原一の妓を買う」
引手茶屋で言い付けて紹介された。
やがてやって来た華焔は確かに器量も度胸も相当なものを持っていた。
包帯だらけの異形の男に一瞬驚くが、すぐに元の凛とした顔を取り戻した。
「あちきが華焔、吉原一の、いや日本一の昼三さ」
召集をかけた十本刀が集まるのを待つ間、世話を任せるには悪くない妓だった。
その買った妓を一ヶ瀬は横からかっさらおうとした。
ケツが青い野郎は行儀も悪いな。
追い返したがいい気がしない志々雄、煙管を含んで外を眺めていると、機嫌を直すに十分な面白いものを見つけた。
藍色の長い襟巻で顔を隠しているが見間違えようもない。
幕末の時代、何度も姿を見つけながら斬りつける事を許されなかった相手がそこにいた。
「どういうことだ」
向かいの妓楼から出てきた男はどう見ても沖田総司だった。
三味線の音が響き始めた夜の吉原、引き揚げるには奇妙な時間。
しかし出てきた男は妓楼の中へ会釈を残し、軒先の赤提灯の列に照らされて吉原を出て行った。
「他人の空似か……」
沖田総司は早くに病を患い、鳥羽伏見の地にはいなかった。その後、病で死んだのは周知の事実。
しかも女っ気がなく至って真面目な性格だと聞いていた。吉原に縁遠い男だろう。
やはり人違いか。
「どうしたんですか、志々雄さん」
志々雄が独り言ちながら景色を見るなど珍しい。
楽しそうに覗き込んでくる宗次郎を見て、志々雄は何やら嬉しさが込み上げてきた。
気付いてみれば己が作り上げたこの修羅は沖田総司によく似ている。
女みたいな小さな顔にくりくりした大きな目。素早い体捌きもよく似ている。
「だが宗次郎の方が圧倒的な疾さだ」
「えっ、僕ですか」
「宗次郎、お前新選組を知っているか」
「新選組……聞いた事がある程度ですけど、ほとんど死んじゃったんですよね」
何を求められているか分からないが、宗次郎は素直に返事をした。
志々雄の口から新選組の名を聞くのは初めてだ。
「あぁ。近藤、土方、それに沖田。幹部を含めほとんどの連中が死んだ。だが幾人かは今も生きている。今、俺達に一番近いのは斎藤一だろう」
「斎藤……一さん」
「そうだ。奴は警官として東京にいるらしいからな。いつか相見える時が来るかもしれねぇ」
「へぇ、面白そうだなぁ。新選組、幕末の生き残りかぁ。志々雄さんとどちらが強いんですか」
問われるとニッと顔歪め、煙管を握り折った。
「俺に決まっている」
志々雄が答えると、宗次郎は「そうですね」と笑った。
妖しい遊郭に似合わぬ爽やかな笑い声が響き渡った。