42.長旅
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だが現実では東京の新聞に藤田五郎の名前が出た時、斎藤は既に復隊し戦場に立っていた。
薩摩軍は本拠地である鹿児島を政府軍に抑えられ、帰る地が無い状態に陥っていた。
斎藤らはそんな薩摩兵を追い込み、徐々に力を削いでいった。
戦火の時は更に過ぎ、大きな内乱は最後の時を迎えた。
西郷隆盛が自ら腹を斬り勝敗は決したのだ。
それでも尚も抵抗を続ける兵士達がいる。山中を逃げては仲間と合流し、官軍を奇襲する兵士達。
斎藤は霧が立ち込める山で残党を追い込んでいった。
戦争の流れの中、他の警視徴兵小隊や陸軍小隊、鎮台兵らと合流しては別れ、戦況によっては隊を再分割し、斎藤率いる二番小隊は随分と顔ぶれを変えていた。
新たな隊長が兵達を率いたが、その隊長も今は姿がない。
度重なる戦闘で仲間の兵はみな負傷、現在この部隊でまともに戦えるのは己と他にはただ一人、神谷越路郎だけだった。
途中で合流した神谷。行軍途中の休憩の折、人懐っこい神谷は斎藤の噂を聞きつけて声を掛けてきた。
互いの家が近いと分かり、斎藤の記憶の中から神谷道場が思い浮かんだ。
若い密偵を案内した道場。門弟は僅か、越路郎の他には娘がいたはずだ。
戦争中という非常時、斎藤にとっては予期せぬ知人が出来てしまった。
腕が立つ神谷とは何度か互いを援護しながら戦った。
目を合わせれば意思の疎通が出来る剣豪、ありがたい味方。共に戦う内、気心までも知れてしまった。
そんな神谷と己だけが動ける状況で、運悪くも敵軍と遭遇してしまった。
流石に二人ではどうしようもない。
戦闘が始まれば飛んでくる銃弾で負傷兵達は次々命を落とすだろう。
弾薬が切れていても、示現流の使い手が飛び込んでくれば一巻の終わりだ。
兵士としてこの地にいるのだから当然の使命、しかしこれ以上の戦闘は斎藤にすら無意味と感じられた。
「やらねばならんが」
辺りは山特有の霧が常に立ち込めている。互いに姿が見えないのは幸運かもしれない。
味方を残し、二人で斬り込むか。この場に敵が斬り込んで来るのを待つよりは勝機がある。
神谷を見るが、神谷は気配に目を向けたまま、斎藤には下がるよう手を振っている。
怪訝に思うがその意図はすぐに分かった。神谷が一人敵を引き受け、引き付ける間に負傷兵らを導けというのだ。
「お前さん、あの別嬪のお嬢さんの旦那なんだろう」
「何っ」
「俺ぁ知ってるぜ、夢主さんだ。帰ってやれよ」
こちらが越路郎を知っているように、越路郎も斎藤を知っていた。
「だが貴様にも娘がいるだろう」
俺だって知っている。
こちらを見る目を睨みつけるが、神谷は全く気に留めず頼もしく優しい顔で笑っている。
「あぁ、娘だ。嫁さんはいねぇ。娘も、もう大人さ。じきに伴侶を見つけて新しい家族も出来るだろう。だが夢主さんは違う。お前が帰らなきゃいけねぇんだ」
「しかし」
もう大人とは言えまだまだ親が必要な年頃だ。
唯一の肉親であろう越路郎の帰りを待ち詫びているはずだ。
「行け!俺も死ぬ気はねぇさ!俺だって戊辰を潜り抜けた男なんだ、テメェだけじゃねぇんだよ!」
「神谷……」
「出来れば一つ、娘が伴侶を見つけるまで見守ってやってくれんか。遠くからでいい。……頼んだぞ」
神谷は自分より若い男にこんな役はさせられんと斎藤を追い払おうとしている。
目の前の男もあの戦いを乗り越えたのか……斎藤は戊辰の戦を思い返した。
今の自分とあの頃の自分は全く逆の立場だ。
今は賊軍の鎮圧が任務。それに対し敗走、襲撃され、山中へ籠り、最後のあがきを続けたあの頃。
あの時もその前も、ずっと己の力でここまで来たと考えていた。
しかし淀では井上源三郎に、会津の山では佐川官兵衛に、年嵩の男達の力を借り、道を切り開いてもらっていた。
己だけではない、力を貸してくれた男達がいた。だから俺はここまで来ることが出来た。
……俺一人ではなかったのか……
敵の気配が更に近付いてくる。
斎藤は刀を握る手を離し、若い負傷兵達を先導する覚悟を決めた。
「任せろ」
その返事を神谷は満足そうに頷いた。
神谷はすぐさま近付く気配に向き直り、「解散令を知らねぇのか」と叫んだ。
声を聞いて姿を見せる薩摩兵達。投降を呼びかけても、無論応じる気配はない。
仲間の移動を待つより自分が飛び込んだ方が早い、判断した神谷は『ニッ』と優しく強い一瞥を残して、霧の中に飛び込んでいった。
相手は俺だと言わんばかりの迫力ある剣気を振りまく神谷に引き寄せられて、薩摩の兵達が神谷を追った。
それから西南戦争が完全に治まり、東京に戻った斎藤は神谷越路郎が戦死したと伝え聞いた。
薩摩軍は本拠地である鹿児島を政府軍に抑えられ、帰る地が無い状態に陥っていた。
斎藤らはそんな薩摩兵を追い込み、徐々に力を削いでいった。
戦火の時は更に過ぎ、大きな内乱は最後の時を迎えた。
西郷隆盛が自ら腹を斬り勝敗は決したのだ。
それでも尚も抵抗を続ける兵士達がいる。山中を逃げては仲間と合流し、官軍を奇襲する兵士達。
斎藤は霧が立ち込める山で残党を追い込んでいった。
戦争の流れの中、他の警視徴兵小隊や陸軍小隊、鎮台兵らと合流しては別れ、戦況によっては隊を再分割し、斎藤率いる二番小隊は随分と顔ぶれを変えていた。
新たな隊長が兵達を率いたが、その隊長も今は姿がない。
度重なる戦闘で仲間の兵はみな負傷、現在この部隊でまともに戦えるのは己と他にはただ一人、神谷越路郎だけだった。
途中で合流した神谷。行軍途中の休憩の折、人懐っこい神谷は斎藤の噂を聞きつけて声を掛けてきた。
互いの家が近いと分かり、斎藤の記憶の中から神谷道場が思い浮かんだ。
若い密偵を案内した道場。門弟は僅か、越路郎の他には娘がいたはずだ。
戦争中という非常時、斎藤にとっては予期せぬ知人が出来てしまった。
腕が立つ神谷とは何度か互いを援護しながら戦った。
目を合わせれば意思の疎通が出来る剣豪、ありがたい味方。共に戦う内、気心までも知れてしまった。
そんな神谷と己だけが動ける状況で、運悪くも敵軍と遭遇してしまった。
流石に二人ではどうしようもない。
戦闘が始まれば飛んでくる銃弾で負傷兵達は次々命を落とすだろう。
弾薬が切れていても、示現流の使い手が飛び込んでくれば一巻の終わりだ。
兵士としてこの地にいるのだから当然の使命、しかしこれ以上の戦闘は斎藤にすら無意味と感じられた。
「やらねばならんが」
辺りは山特有の霧が常に立ち込めている。互いに姿が見えないのは幸運かもしれない。
味方を残し、二人で斬り込むか。この場に敵が斬り込んで来るのを待つよりは勝機がある。
神谷を見るが、神谷は気配に目を向けたまま、斎藤には下がるよう手を振っている。
怪訝に思うがその意図はすぐに分かった。神谷が一人敵を引き受け、引き付ける間に負傷兵らを導けというのだ。
「お前さん、あの別嬪のお嬢さんの旦那なんだろう」
「何っ」
「俺ぁ知ってるぜ、夢主さんだ。帰ってやれよ」
こちらが越路郎を知っているように、越路郎も斎藤を知っていた。
「だが貴様にも娘がいるだろう」
俺だって知っている。
こちらを見る目を睨みつけるが、神谷は全く気に留めず頼もしく優しい顔で笑っている。
「あぁ、娘だ。嫁さんはいねぇ。娘も、もう大人さ。じきに伴侶を見つけて新しい家族も出来るだろう。だが夢主さんは違う。お前が帰らなきゃいけねぇんだ」
「しかし」
もう大人とは言えまだまだ親が必要な年頃だ。
唯一の肉親であろう越路郎の帰りを待ち詫びているはずだ。
「行け!俺も死ぬ気はねぇさ!俺だって戊辰を潜り抜けた男なんだ、テメェだけじゃねぇんだよ!」
「神谷……」
「出来れば一つ、娘が伴侶を見つけるまで見守ってやってくれんか。遠くからでいい。……頼んだぞ」
神谷は自分より若い男にこんな役はさせられんと斎藤を追い払おうとしている。
目の前の男もあの戦いを乗り越えたのか……斎藤は戊辰の戦を思い返した。
今の自分とあの頃の自分は全く逆の立場だ。
今は賊軍の鎮圧が任務。それに対し敗走、襲撃され、山中へ籠り、最後のあがきを続けたあの頃。
あの時もその前も、ずっと己の力でここまで来たと考えていた。
しかし淀では井上源三郎に、会津の山では佐川官兵衛に、年嵩の男達の力を借り、道を切り開いてもらっていた。
己だけではない、力を貸してくれた男達がいた。だから俺はここまで来ることが出来た。
……俺一人ではなかったのか……
敵の気配が更に近付いてくる。
斎藤は刀を握る手を離し、若い負傷兵達を先導する覚悟を決めた。
「任せろ」
その返事を神谷は満足そうに頷いた。
神谷はすぐさま近付く気配に向き直り、「解散令を知らねぇのか」と叫んだ。
声を聞いて姿を見せる薩摩兵達。投降を呼びかけても、無論応じる気配はない。
仲間の移動を待つより自分が飛び込んだ方が早い、判断した神谷は『ニッ』と優しく強い一瞥を残して、霧の中に飛び込んでいった。
相手は俺だと言わんばかりの迫力ある剣気を振りまく神谷に引き寄せられて、薩摩の兵達が神谷を追った。
それから西南戦争が完全に治まり、東京に戻った斎藤は神谷越路郎が戦死したと伝え聞いた。