38.鳴動の時
夢主名前設定
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至極の仕事を任された。
斎藤は軽い足取りで帰宅した。
家に着いて気付いたが、帰り道の景色を一切覚えていない。意識はかつての夜闇に飛んでいた。
「一さんご機嫌ですね」
「機嫌、あぁすこぶる機嫌がいいさ」
夢主に話しかけられ、いつの間にか部屋に上がっている自分に気が付いた。
あまりにも意識が飛んでいる。これは少し昂りを抑えなければならんな。
斎藤は平静を取り戻そうと努めた。
「一さん?」
心ここに在らずな状態が目に見えるのか、もの問いたげに夢主が首を傾げている。
さぁて、どう話を付けるか。
極秘任務、口外無用。家族にも告げられぬ密命。
斎藤が思い巡らせているうち、忘れていた興奮が蘇ってきた。
密命を言い渡された時の衝撃は、快楽を解き放つ瞬間のような興奮。
阿片を与えられた者が得る興奮はこんなものではないのか、己が壊れているような奇妙な考えが浮かぶ。同時に笑いが込み上げてきた。
「フッ……」
忘れていた興奮はそれだけか、斎藤は遠い記憶を一瞬で蘇らせた。
肌に纏わりつく湿気と暑さ、そうかと思えば雪が降りしきる冷たい夜。
静かな石畳に転がる仲間、広がる血溜まり、天誅を受けた幕臣、現れる人斬り……抜刀斎。
「ククッ……クククッ」
陸軍卿の執務室で堪えた分、止まらなくなってしまった。
鋼をぶつけて鎬を削った感覚は今でも手に残っている。
袖を切った時、頬を掠った感触、刀身を伝わって届いた全てが鮮明に蘇る。
「あの……」
「フフッ、すまんな。悪いが今夜は外で過ごす」
「えっ」
「心配するな、吉原には行かん」
疑いを持ったな、咎めるように目を眇めて揶揄うと、夢主の肩が小さくしぼんだ。
「満月だろう、ちょっと見上げてくる」
「私も……」
「一人がいい。すまんな」
詫びる顔が嬉しそうに歪んでいた。
京の町家の屋根を飛び越え、満月を背に浮かぶ抜刀斎の姿を思い出したい。
斎藤のそんな望みは、夢主には分からなかった。
「一さん……」
腰の刀に手を添え一人出ていく夫を、成す術もなく見送った。
今宵、この扉が開くことはもう無いだろう。
爛々と輝く月明かりも、家の中には届かなかった。
斎藤は軽い足取りで帰宅した。
家に着いて気付いたが、帰り道の景色を一切覚えていない。意識はかつての夜闇に飛んでいた。
「一さんご機嫌ですね」
「機嫌、あぁすこぶる機嫌がいいさ」
夢主に話しかけられ、いつの間にか部屋に上がっている自分に気が付いた。
あまりにも意識が飛んでいる。これは少し昂りを抑えなければならんな。
斎藤は平静を取り戻そうと努めた。
「一さん?」
心ここに在らずな状態が目に見えるのか、もの問いたげに夢主が首を傾げている。
さぁて、どう話を付けるか。
極秘任務、口外無用。家族にも告げられぬ密命。
斎藤が思い巡らせているうち、忘れていた興奮が蘇ってきた。
密命を言い渡された時の衝撃は、快楽を解き放つ瞬間のような興奮。
阿片を与えられた者が得る興奮はこんなものではないのか、己が壊れているような奇妙な考えが浮かぶ。同時に笑いが込み上げてきた。
「フッ……」
忘れていた興奮はそれだけか、斎藤は遠い記憶を一瞬で蘇らせた。
肌に纏わりつく湿気と暑さ、そうかと思えば雪が降りしきる冷たい夜。
静かな石畳に転がる仲間、広がる血溜まり、天誅を受けた幕臣、現れる人斬り……抜刀斎。
「ククッ……クククッ」
陸軍卿の執務室で堪えた分、止まらなくなってしまった。
鋼をぶつけて鎬を削った感覚は今でも手に残っている。
袖を切った時、頬を掠った感触、刀身を伝わって届いた全てが鮮明に蘇る。
「あの……」
「フフッ、すまんな。悪いが今夜は外で過ごす」
「えっ」
「心配するな、吉原には行かん」
疑いを持ったな、咎めるように目を眇めて揶揄うと、夢主の肩が小さくしぼんだ。
「満月だろう、ちょっと見上げてくる」
「私も……」
「一人がいい。すまんな」
詫びる顔が嬉しそうに歪んでいた。
京の町家の屋根を飛び越え、満月を背に浮かぶ抜刀斎の姿を思い出したい。
斎藤のそんな望みは、夢主には分からなかった。
「一さん……」
腰の刀に手を添え一人出ていく夫を、成す術もなく見送った。
今宵、この扉が開くことはもう無いだろう。
爛々と輝く月明かりも、家の中には届かなかった。