4.上野の山
夢主名前設定
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警官の登場に野次馬達は安堵の声を上げ、倒れた男や巻き添えを食った女も助かったと胸を撫で下ろした。
拳を繰り出した男は昨夜から呑み続けていたのか、遠目にも顔が赤く足はふらついて見える。
頼りない足取りで現れた警官に近付き、大振りで拳を入れようとするが、難なくひねりあげられ、観衆と化した野次馬達から歓声が上がった。
赤子の手を捻るより簡単とはまさにこの状況を言うのだろう。
離れて見守る夢主は一人クスクスと笑っていた。
普段の斎藤とは異なる『藤田五郎』の顔に変わっていたからだ。
にこりと表現して良いのか迷う、三日月を回したような細い目の笑顔。外向けの斎藤の顔だ。
先程すまんと言い残した時とはまるで別人、しかし取り囲む人々は素直に笑顔の警官と受け入れていた。
斎藤はその笑顔のまま、もう一人の男とぶつかられた女に声を掛け、事情を確認している。
捕らえられた男は警官に罵声を浴びせ、同時に逃げようと試みているが、斎藤は動じず押さえ込んでピクリともさせていない。
「良かった……さすが一さん、ふふっ」
小声で漏らすと聞こえた訳ではないだろうが、暴れた男を掴んだ斎藤が夢主と目を合わせ、小さく会釈しその場から男を連れ出した。
近くの駐在所に一旦身柄を預け、自分は警視庁へ向かうのだろうか。
夢主は小さくなっていく夫の姿を見送った。
民衆の喝采を受ける夫の背中が誇らしい。けれど、どこか淋しさも感じる。
「これでいいんだよね、一さんは自分を信じて……自分の正義を貫いて。私は、それを見守る勇気がいるんだ」
斎藤は当然のごとく振り返らず去って行った。
あの背中をしっかりと見るのが自分の役目、自らに言い聞かせた夢主は、道の先を見据えて小さく頷いた。
この騒ぎの中、夢主の姿を見るなり姿を隠した男がいた。姿を隠したが気になるのか、傍で夢主を眺めている。
夢主は全く気付かなかった。見事に気配を殺した男に、斎藤も気付かなかったかもしれない。誰かが見ている、その程度ならあの状況では不審ではない。
「折角だから少し楽しんでから帰ろうかな。今日こそ総司さんにお昼ご飯を届けてあげなきゃ。でもお鍋重たいし……ま、いっか、今は……」
考えることを放棄して、目に入る桜の景色を夢主はただただ楽しんだ。
温かい空気の中、美しい景色を眺めるのは一人であっても楽しいものだ。
自ずと淋しさを忘れ、大好きな桜の世界を味わっていた。
「花より綺麗な桜人……か」
「えっ……」
背後から突然聞こえた声に驚いて振り返ると、更なる驚きが待っていた。
「よっ」
「永倉さん!!」
「ちょうど良かったぜ、今からお前のところに行く予定だったんだ。斎藤は仕事だろう」
「はい、お仕事に……永倉さん、家をご存知なんですか、東京にいたんですね!」
「まぁな。戊辰の途中からそのままな……お前、斎藤と夫婦になったんだってな!良かったじゃねぇか」
「ありがとうございます。でもどうして……」
「ははっ、総司の奴があちこち奔走してるんだろ。祝言の準備に忙しそうだってな、小耳に挟んだぜ」
「総司さんが……」
「あぁ。自分の存在は隠して欲しいって触れ回ってるそうだが、昔馴染みの俺のところにはしっかりと総司の名前が届いたぜ。それで繋がりのあるお方に頼んで、お前らの家を教えてもらったんだ」
「そうだったんですね……」
「そうさ。それで……祝いの品なんてたいした物は贈れねぇし、思い付かねぇから酒でもってさっき仕入れたばかりさ、受け取ってくれ。俺も最後に上野をと思ってな……そしたらさっきの騒ぎでまさかの斎藤だろう、思わず隠れちまったぜ」
「ふふっ、どうしてなんですか、手でも振ってあげればきっと斎藤さんあのにこにこ笑顔が崩れたのにっ」
「はははっ!確かのあの顔は面白かったな、最後にいいもん見せてもらったぜ!」
「最後にって……」
「俺は東京を出て北海道に移住するんだ」
「えっ……北海道に……」
確かに永倉は北海道に縁の地を多く残している。
戊辰戦争がまだ終結しない最中、松前藩への帰藩を許され、今は江戸の藩長屋に暮らしていた。
拳を繰り出した男は昨夜から呑み続けていたのか、遠目にも顔が赤く足はふらついて見える。
頼りない足取りで現れた警官に近付き、大振りで拳を入れようとするが、難なくひねりあげられ、観衆と化した野次馬達から歓声が上がった。
赤子の手を捻るより簡単とはまさにこの状況を言うのだろう。
離れて見守る夢主は一人クスクスと笑っていた。
普段の斎藤とは異なる『藤田五郎』の顔に変わっていたからだ。
にこりと表現して良いのか迷う、三日月を回したような細い目の笑顔。外向けの斎藤の顔だ。
先程すまんと言い残した時とはまるで別人、しかし取り囲む人々は素直に笑顔の警官と受け入れていた。
斎藤はその笑顔のまま、もう一人の男とぶつかられた女に声を掛け、事情を確認している。
捕らえられた男は警官に罵声を浴びせ、同時に逃げようと試みているが、斎藤は動じず押さえ込んでピクリともさせていない。
「良かった……さすが一さん、ふふっ」
小声で漏らすと聞こえた訳ではないだろうが、暴れた男を掴んだ斎藤が夢主と目を合わせ、小さく会釈しその場から男を連れ出した。
近くの駐在所に一旦身柄を預け、自分は警視庁へ向かうのだろうか。
夢主は小さくなっていく夫の姿を見送った。
民衆の喝采を受ける夫の背中が誇らしい。けれど、どこか淋しさも感じる。
「これでいいんだよね、一さんは自分を信じて……自分の正義を貫いて。私は、それを見守る勇気がいるんだ」
斎藤は当然のごとく振り返らず去って行った。
あの背中をしっかりと見るのが自分の役目、自らに言い聞かせた夢主は、道の先を見据えて小さく頷いた。
この騒ぎの中、夢主の姿を見るなり姿を隠した男がいた。姿を隠したが気になるのか、傍で夢主を眺めている。
夢主は全く気付かなかった。見事に気配を殺した男に、斎藤も気付かなかったかもしれない。誰かが見ている、その程度ならあの状況では不審ではない。
「折角だから少し楽しんでから帰ろうかな。今日こそ総司さんにお昼ご飯を届けてあげなきゃ。でもお鍋重たいし……ま、いっか、今は……」
考えることを放棄して、目に入る桜の景色を夢主はただただ楽しんだ。
温かい空気の中、美しい景色を眺めるのは一人であっても楽しいものだ。
自ずと淋しさを忘れ、大好きな桜の世界を味わっていた。
「花より綺麗な桜人……か」
「えっ……」
背後から突然聞こえた声に驚いて振り返ると、更なる驚きが待っていた。
「よっ」
「永倉さん!!」
「ちょうど良かったぜ、今からお前のところに行く予定だったんだ。斎藤は仕事だろう」
「はい、お仕事に……永倉さん、家をご存知なんですか、東京にいたんですね!」
「まぁな。戊辰の途中からそのままな……お前、斎藤と夫婦になったんだってな!良かったじゃねぇか」
「ありがとうございます。でもどうして……」
「ははっ、総司の奴があちこち奔走してるんだろ。祝言の準備に忙しそうだってな、小耳に挟んだぜ」
「総司さんが……」
「あぁ。自分の存在は隠して欲しいって触れ回ってるそうだが、昔馴染みの俺のところにはしっかりと総司の名前が届いたぜ。それで繋がりのあるお方に頼んで、お前らの家を教えてもらったんだ」
「そうだったんですね……」
「そうさ。それで……祝いの品なんてたいした物は贈れねぇし、思い付かねぇから酒でもってさっき仕入れたばかりさ、受け取ってくれ。俺も最後に上野をと思ってな……そしたらさっきの騒ぎでまさかの斎藤だろう、思わず隠れちまったぜ」
「ふふっ、どうしてなんですか、手でも振ってあげればきっと斎藤さんあのにこにこ笑顔が崩れたのにっ」
「はははっ!確かのあの顔は面白かったな、最後にいいもん見せてもらったぜ!」
「最後にって……」
「俺は東京を出て北海道に移住するんだ」
「えっ……北海道に……」
確かに永倉は北海道に縁の地を多く残している。
戊辰戦争がまだ終結しない最中、松前藩への帰藩を許され、今は江戸の藩長屋に暮らしていた。