38.鳴動の時

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主人公の女の子

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主人公の女の子

夢主は赤べこの手伝いが無い日を待って、神谷道場を訊ねた。
一度決めたからには遠慮しない性質だ。何度か主である越路郎の誘いを断ってしまったから、改めての訪問になる。
人が好いとは知っているが緊張を抑えきれずにいた。
手には家で漬けた梅酒の残りを持っている。

「越路郎さん呑むかな……呑むよね……」

下戸には見えない。呑まない男の方が少ない。
夢主なりに考えて選んだ手土産だ。庭で取れた梅の実だから話の種にもなるだろう。
抱える酒壺からだけではなく、歩く道すがら、何度か芳しい香りを嗅いだ。
あちこちで庭木の梅が満開を迎えていた。

やがて道場前の門が見えてきたが今日は閉じている。
稽古が無い日なのかもしれない。正面に回ってみるが、こちらの門も閉じていた。

「御免下さぁい……」

遠慮がちに声を掛けた。一向に反応がなく、大声を上げなければならないかと覚悟を決めた時、背後から「御用かい」と声が掛かった。
思わず抱える酒壺を落としそうになり、後ろにいた人物が慌てて壺を支えた。

「おぉすまんすまん、驚かせちまったな」

「かっ、神谷さん。お留守だったんですね」

夢主さん!」

「薫さん!」

大きな父親の体に隠れて見えなかった娘が顔を覗かせた。
覚えたばかりの名前を口にして嬉しそうだ。

夢主さん、どうしてうちが」

「なんだ知り合いか、夢主さんには俺が世話になったんだよ。お前が着ている羽織は夢主さんが婆さんから貰ってきてくれたんだぞ」

「そうなの、知らなかった!言ってよお父さん!夢主さん、ありがとうございます」

「私がだなんて、お婆さんの代わりに運んだだけですから」

両手を振って否定する姿に、薫が笑いを返す。娘の楽しそうな振る舞いに、越路郎も笑っている。
夢主は薫より一回りは年上だ。しかし越路郎からしてみれば似たようなものだった。
むさ苦しい道場で弟子の男達と話す機会が多い娘が、同じような若い娘と楽しそうに話している。
嬉しさばかりが込み上げていた。

「まぁこんな所じゃなんだ、上がってくれ!あの時の礼も済んでないからな!」

こうして夢主は初めて神谷道場の敷居を跨いだ。
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