38.鳴動の時
夢主名前設定
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店には何人もの人間がいる。
全てを仕切る妙、食材を仕入れたり大きな食材袋を運んだりする男手、客から注文を取り給仕をする娘、そして主に料理をする者。
夢主のように洗い物をしたり、手が空けば野菜を切ったり厨の手伝いをする者。
仕事は分かれているが、困っている時は互いに手を貸し、順に昼食をとる。
そんな賄いの時間が過ぎた頃、ふらりと若い娘がひとりやって来た。
「あらぁ、薫ちゃん!いらっしゃい!」
「牛鍋と茶豆を……」
「はい、ありがとう。……今日は一人なん、お父さんは」
「父は家に……」
「そう……ちょっと待っててな、すぐに美味しいお鍋持ってくるから」
奥からそんな会話を聞きていた夢主、先程の勘は当たっていたと確信した。
父親と喧嘩でもしたのか。暗い声で話す姿は薫らしくない。
「妙さん、あのお客さん……」
「あぁ薫ちゃんね、たまに来てくれるのよ。お父さんが元気な方でね~楽しい御仁なのよ、ふふっ」
軽く笑い、厨で薫に提供する鍋の支度を整えている。
鉄鍋に割り下が入れられ、満腹の夢主の鼻にも美味しいと感じられる香りが届いた。
「あの、妙さん、私が持って行ってもいいですか」
「あらぁ珍しい!もちろんよ、お願いね」
もういい頃合いだろう。同じ町に住む人間として面識を持つ。今まで避けてきた神谷道場の一人娘、神谷薫と交流を持つ良いきっかけだ。
何より塞ぎきった姿が居た堪れない。
自分より年若い少女が一人思い悩む姿に、これから待つ苦しい現実が重なる。
意を決して夢主が一人分の鍋を席に運ぶと、店員の顔を見て薫が「あっ」と声をあげた。
「さっきの……あの、本当にすみませんでした」
「私こそボーッとしててごめんなさい。またお会いするのも何かの縁かもしれませんね」
にこりとして鍋を置き、手際よく火をつける。その間、薫は黙って夢主の手元を眺めていた。
「剣術をなさっているんですか」
「えっ、あぁっ……家が道場で昔から」
薫は自分の身なりを見て微笑んだ。
今は女ものの可愛らしい着物を身に付けているが、ぶつかった時の姿を思い出したのだ。
少しは元気が戻ってきたようだ。照れ笑いが元気な表情を誘った。
「小さい頃から父に剣術を習っているんです。この前、ようやく師範代になれたんです。ふふっ、長かったですけど、やっとなんだなって嬉しくて」
「その割には元気がありませんけど、大丈夫ですか」
「いいえっ、元気ですよ!でも……師範代になった意味をちょっと考えちゃって……」
鍋がくつくつと音を鳴らしだす。
夢主は鍋に目を戻した。もうすぐ食べ頃だ。お客様の食事を邪魔してはいけない。
薫も出会ったばかりの人間を前に、話の先を口に出来ないでいる。
夢主はゆっくり腰を上げた。
「元気出してくださいね。気休めしか言えませんけど……あの」
父の越路郎が戦の話でもしたのだろうか。
訊ねてみたいが、今はまだその時ではないらしい。
「またゆっくりお話ししましょう!」
「ありがとう……ありがとうございます。私、神谷薫って言います」
「私は夢主って言います。あとで茶豆をお持ちしますね」
ふふっと微笑み合って二人は頷いた。
何だか仲良くなれそう、そんな嬉しい予感だ。
藤田と名乗れず苗字を隠した自分に少しだけ後ろめたさはあるが、今は許してと割り切った。
心優しい薫ならいつか打ち明けた時、きっと分かってくれる。大きくて曇りない瞳はきらきらと輝いていた。
全てを仕切る妙、食材を仕入れたり大きな食材袋を運んだりする男手、客から注文を取り給仕をする娘、そして主に料理をする者。
夢主のように洗い物をしたり、手が空けば野菜を切ったり厨の手伝いをする者。
仕事は分かれているが、困っている時は互いに手を貸し、順に昼食をとる。
そんな賄いの時間が過ぎた頃、ふらりと若い娘がひとりやって来た。
「あらぁ、薫ちゃん!いらっしゃい!」
「牛鍋と茶豆を……」
「はい、ありがとう。……今日は一人なん、お父さんは」
「父は家に……」
「そう……ちょっと待っててな、すぐに美味しいお鍋持ってくるから」
奥からそんな会話を聞きていた夢主、先程の勘は当たっていたと確信した。
父親と喧嘩でもしたのか。暗い声で話す姿は薫らしくない。
「妙さん、あのお客さん……」
「あぁ薫ちゃんね、たまに来てくれるのよ。お父さんが元気な方でね~楽しい御仁なのよ、ふふっ」
軽く笑い、厨で薫に提供する鍋の支度を整えている。
鉄鍋に割り下が入れられ、満腹の夢主の鼻にも美味しいと感じられる香りが届いた。
「あの、妙さん、私が持って行ってもいいですか」
「あらぁ珍しい!もちろんよ、お願いね」
もういい頃合いだろう。同じ町に住む人間として面識を持つ。今まで避けてきた神谷道場の一人娘、神谷薫と交流を持つ良いきっかけだ。
何より塞ぎきった姿が居た堪れない。
自分より年若い少女が一人思い悩む姿に、これから待つ苦しい現実が重なる。
意を決して夢主が一人分の鍋を席に運ぶと、店員の顔を見て薫が「あっ」と声をあげた。
「さっきの……あの、本当にすみませんでした」
「私こそボーッとしててごめんなさい。またお会いするのも何かの縁かもしれませんね」
にこりとして鍋を置き、手際よく火をつける。その間、薫は黙って夢主の手元を眺めていた。
「剣術をなさっているんですか」
「えっ、あぁっ……家が道場で昔から」
薫は自分の身なりを見て微笑んだ。
今は女ものの可愛らしい着物を身に付けているが、ぶつかった時の姿を思い出したのだ。
少しは元気が戻ってきたようだ。照れ笑いが元気な表情を誘った。
「小さい頃から父に剣術を習っているんです。この前、ようやく師範代になれたんです。ふふっ、長かったですけど、やっとなんだなって嬉しくて」
「その割には元気がありませんけど、大丈夫ですか」
「いいえっ、元気ですよ!でも……師範代になった意味をちょっと考えちゃって……」
鍋がくつくつと音を鳴らしだす。
夢主は鍋に目を戻した。もうすぐ食べ頃だ。お客様の食事を邪魔してはいけない。
薫も出会ったばかりの人間を前に、話の先を口に出来ないでいる。
夢主はゆっくり腰を上げた。
「元気出してくださいね。気休めしか言えませんけど……あの」
父の越路郎が戦の話でもしたのだろうか。
訊ねてみたいが、今はまだその時ではないらしい。
「またゆっくりお話ししましょう!」
「ありがとう……ありがとうございます。私、神谷薫って言います」
「私は夢主って言います。あとで茶豆をお持ちしますね」
ふふっと微笑み合って二人は頷いた。
何だか仲良くなれそう、そんな嬉しい予感だ。
藤田と名乗れず苗字を隠した自分に少しだけ後ろめたさはあるが、今は許してと割り切った。
心優しい薫ならいつか打ち明けた時、きっと分かってくれる。大きくて曇りない瞳はきらきらと輝いていた。