38.鳴動の時
夢主名前設定
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寒い季節は温かい食べ物が人気だ。
繁盛を続ける赤べこの牛鍋も人々を温めて止まなかった。
今日のように柔らかく春のような日差しでも、その人気は変わらない。
人手が不足しがちな赤べこの手伝いに遅れてはいけない。
夢主が通ったあとには、急ぎ足の草履が作る不規則な足跡が続いていた。
「考え事してたら遅くなっちゃった……」
斎藤の昇進。
素直に出世を喜ぶ気持ちと、時が近づき、不安な気持ちが交錯していた。
「お祝いはしてあげたいな。興味ないかもしれないけど……戦争かぁ」
「戦争……きゃぁあ」
「わぁぁっごめんなさっ」
戦争、と呟く自分以外の誰かに驚くが、同時にぶつかりかけて慌てて頭を下げた。
同じように頭を下げる相手は道着姿の若い娘。
一つに束ねた黒く長い髪を揺らしている。
「えっ……あぁっ」
美しい髪の娘は、見覚えある剣術小町だった。
……薫さん……神谷薫さん!こんな所で……
出合頭に衝突しそうになるとは師範代らしくない。未だ師範代ではないのか、随分鈍い反応だ。
不思議に思いながら薫を眺め、浮かない顔に気が付いた。
元気で闊達な少女、そんな印象を抱いていたが、苦笑いを見せてどこか暗い顔をしている。
「あの……大丈夫ですか」
「はいっ、ごめんなさい私ったら!貴女こそ大丈夫ですか、私、体だけは丈夫だから。体力付けようと走ってたのにいつの間にか……」
「どうかしたんですか……」
「大丈夫です、失礼します!」
悩みでも抱えているのか、聞き出そうにも初対面では訊き辛い。
濁していると、薫はすぐ笑顔で駆けだした。
よく見ると去っていく足元が土まみれだ。
「剣術のお稽古の為に頑張ってるんだ……」
軸がぶれない美しい走りで遠ざかっていく。
懸命な姿は、嫌な出来事を忘れたくて走っているようにも見えてしまった。
「薫さん……あ……私も行かなきゃ」
赤べこへ行かねば。思い出して夢主も走り出した。
店に辿り着くと、既に営業が始まった店で妙が忙しく動き回っている。
「夢主ちゃん今日もありがとう」
そんな変哲のない挨拶から赤べこでの一日は始まった。
忙しい昼時が過ぎ、手早く賄いを腹に入れる。賄いとはいえ流行りの牛鍋屋の料理はとても美味しい。
ほっこり温かい野菜を口に含んで満足に浸っていると、妙がそういえばと口を開いた。
「なぁ、夢主ちゃんの旦那はんは警官なんやろぅ」
「そうですけど……」
「九州で戦争が起きるって話じゃない、大丈夫なん、東京府の警官の人達は全国に派遣されるって、また戦やって聞いたら夢主ちゃんのことが心配で心配で」
「妙さん……ありがとうございます。まだ何も……召集もありません。大丈夫ですよ」
今は、まだ……。
夢主の箸が、ふっと下がった。美味しかった賄いの味が急に感じられなくなる。
家を離れる時は事前に教えてくれるはずだから、急にいなくなってしまう恐れは無い。
心配は要らない……自分に言い聞かせ、碗の中で丸まっている牛肉を摘まんだ。
鍋で煮込まれた肉は美味しそうな艶を見せている。しかし箸からするりと落ちて、口には入らなかった。
「そぅ、良かったわぁ。何かあったらいつでも言うてな、赤べこ休んでもいいし、手伝うことがあれば力貸すわよ」
「ありがとうございます、その言葉だけで心強いです」
「夢主ちゃん……」
思わぬ優しさに目頭が熱くなり、箸を持ったまま目をこすった。そんな姿に、妙も胸を締め付けられた。
繁盛を続ける赤べこの牛鍋も人々を温めて止まなかった。
今日のように柔らかく春のような日差しでも、その人気は変わらない。
人手が不足しがちな赤べこの手伝いに遅れてはいけない。
夢主が通ったあとには、急ぎ足の草履が作る不規則な足跡が続いていた。
「考え事してたら遅くなっちゃった……」
斎藤の昇進。
素直に出世を喜ぶ気持ちと、時が近づき、不安な気持ちが交錯していた。
「お祝いはしてあげたいな。興味ないかもしれないけど……戦争かぁ」
「戦争……きゃぁあ」
「わぁぁっごめんなさっ」
戦争、と呟く自分以外の誰かに驚くが、同時にぶつかりかけて慌てて頭を下げた。
同じように頭を下げる相手は道着姿の若い娘。
一つに束ねた黒く長い髪を揺らしている。
「えっ……あぁっ」
美しい髪の娘は、見覚えある剣術小町だった。
……薫さん……神谷薫さん!こんな所で……
出合頭に衝突しそうになるとは師範代らしくない。未だ師範代ではないのか、随分鈍い反応だ。
不思議に思いながら薫を眺め、浮かない顔に気が付いた。
元気で闊達な少女、そんな印象を抱いていたが、苦笑いを見せてどこか暗い顔をしている。
「あの……大丈夫ですか」
「はいっ、ごめんなさい私ったら!貴女こそ大丈夫ですか、私、体だけは丈夫だから。体力付けようと走ってたのにいつの間にか……」
「どうかしたんですか……」
「大丈夫です、失礼します!」
悩みでも抱えているのか、聞き出そうにも初対面では訊き辛い。
濁していると、薫はすぐ笑顔で駆けだした。
よく見ると去っていく足元が土まみれだ。
「剣術のお稽古の為に頑張ってるんだ……」
軸がぶれない美しい走りで遠ざかっていく。
懸命な姿は、嫌な出来事を忘れたくて走っているようにも見えてしまった。
「薫さん……あ……私も行かなきゃ」
赤べこへ行かねば。思い出して夢主も走り出した。
店に辿り着くと、既に営業が始まった店で妙が忙しく動き回っている。
「夢主ちゃん今日もありがとう」
そんな変哲のない挨拶から赤べこでの一日は始まった。
忙しい昼時が過ぎ、手早く賄いを腹に入れる。賄いとはいえ流行りの牛鍋屋の料理はとても美味しい。
ほっこり温かい野菜を口に含んで満足に浸っていると、妙がそういえばと口を開いた。
「なぁ、夢主ちゃんの旦那はんは警官なんやろぅ」
「そうですけど……」
「九州で戦争が起きるって話じゃない、大丈夫なん、東京府の警官の人達は全国に派遣されるって、また戦やって聞いたら夢主ちゃんのことが心配で心配で」
「妙さん……ありがとうございます。まだ何も……召集もありません。大丈夫ですよ」
今は、まだ……。
夢主の箸が、ふっと下がった。美味しかった賄いの味が急に感じられなくなる。
家を離れる時は事前に教えてくれるはずだから、急にいなくなってしまう恐れは無い。
心配は要らない……自分に言い聞かせ、碗の中で丸まっている牛肉を摘まんだ。
鍋で煮込まれた肉は美味しそうな艶を見せている。しかし箸からするりと落ちて、口には入らなかった。
「そぅ、良かったわぁ。何かあったらいつでも言うてな、赤べこ休んでもいいし、手伝うことがあれば力貸すわよ」
「ありがとうございます、その言葉だけで心強いです」
「夢主ちゃん……」
思わぬ優しさに目頭が熱くなり、箸を持ったまま目をこすった。そんな姿に、妙も胸を締め付けられた。