4.上野の山
夢主名前設定
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「でも本当に原田さんが出てきてくれたら……伝えたいです」
「何を伝える」
「一さんと一緒になることが出来ました、って。原田さんが一番応援してくれていたから……」
……応援……か……
確かに原田は若い己を何度も戒めてくれた。二人の仲を気に掛けてくれていたのも感じていた。夢主を慰めて励まし、斎藤を庇ってくれた事もあった。
夢主にとってだけではなく、斎藤にとっても理解ある兄貴分だった。
「そうだったな」
「はぃ……」
小さく頷いて笑顔を作るが、続く言葉は淋しい声で語られた。
「原田さんの大きな手、いつも温かかったんです。……よく励ましてくれました」
……ぽんって……そう、いつも頭の上に大きな手を乗せて……えっ……
頭の上に大きな手が下りてきて、思わず頭上の手とその先を確かめた。
驚いた。思い出した感触に現実が重なったのは、斎藤の大きな手がしっかりと夢主の頭に触れていたからだ。
「あ……」
「さぁ、桜がある場所に戻るか」
「はいっ」
これからはこの大きな手が夢主の頭に触れるだろう。何度でも温かく触れてくれるはずだ。
淋しさを見抜いた斎藤が見せた優しい仕種で、胸に開いた穴がじんわりと温かく閉じていくようだった。
本堂の周りにも桜はあったかもしれない。だが焼けてしまったのだろう、辺りは未だ墨のような黒い倒木があるばかり。
二人から離れて立ち並ぶ木々は桜の花ではなく、緑の葉を広げている。
二人は桜の花が彩る道に戻った。
枝を豊かに広げた木々に残る薄桜が、暖かい風に乗りひらひらと散ってゆく。
満開の時を逃しても見られる美しい光景に夢主は目を輝かせていた。
嬉しさの余り、思わず夫に体を寄せて驚かせた。
「ふふっ、すみません。少しだけ……こうさせてください」
人目があり腕を回したり抱きついたりは出来ないが、この時代でもこれくらいなら許されるかと、夢主は斎藤の腕に自らの腕が触れるようにそっと寄り添った。
「フン、好きにしろ」
はいっ、と微笑んで視線を元に戻すと、それぞれに朝の桜を楽しむ人々が目に入る。
「朝から人出があるものなんですね、花見しながら……朝ご飯でしょうか」
「仕事前に美しい景色を目に焼き付けておきたい人々、余裕のある者達が家族と優雅に花見と洒落込む、か。夕べから呑んでいる阿呆もいるようだな」
斎藤が見つめている一点、視線の先を辿っていくと、男が二人騒々しく振舞っている。
「やれやれ」と斎藤の口からは深い溜め息が漏れた。
「じゃれているのでしょうか……あっ」
ふらふらと近付いては離れて、笑っているようにも見えた二人だが、一人の男がもう一方の男の肩を強く押した。
押された男は頭に血が上ったのか、持っていた何かを地面に投げ捨て、顔を近付けてしきりに何かを叫んでいる。胸ぐらを掴み掛かりそうな勢いだ。
「一さん……」
夫の使命を感じ、戸惑いを含んだ声で呼ぶ夢主だが、斎藤は至って落ち着いている。
「フン、あれくらい良くある喧嘩だろう。俺が出て行くまでも無い」
言ったそばから、一人の男が相手の顔に目掛けて拳を叩き込んだ。肩を押したどころではない。
殴られた男はすっ飛び、脇で恐れるように避けていた女にぶつかった。
「あっ……」
「ちっ、仕方が無い」
夢主がもう一度呼びかけるよりも早く、斎藤は上着を来て制帽を被っていた。
始まった喧嘩を見据える斎藤は、既に警官の顔に変わっている。
「すまんな」
「いえ、お早く……私は大丈夫です」
斎藤は夢主を一瞥して大きく顎を引き、そのまま騒ぎのもとへ駆けて行った。
「何を伝える」
「一さんと一緒になることが出来ました、って。原田さんが一番応援してくれていたから……」
……応援……か……
確かに原田は若い己を何度も戒めてくれた。二人の仲を気に掛けてくれていたのも感じていた。夢主を慰めて励まし、斎藤を庇ってくれた事もあった。
夢主にとってだけではなく、斎藤にとっても理解ある兄貴分だった。
「そうだったな」
「はぃ……」
小さく頷いて笑顔を作るが、続く言葉は淋しい声で語られた。
「原田さんの大きな手、いつも温かかったんです。……よく励ましてくれました」
……ぽんって……そう、いつも頭の上に大きな手を乗せて……えっ……
頭の上に大きな手が下りてきて、思わず頭上の手とその先を確かめた。
驚いた。思い出した感触に現実が重なったのは、斎藤の大きな手がしっかりと夢主の頭に触れていたからだ。
「あ……」
「さぁ、桜がある場所に戻るか」
「はいっ」
これからはこの大きな手が夢主の頭に触れるだろう。何度でも温かく触れてくれるはずだ。
淋しさを見抜いた斎藤が見せた優しい仕種で、胸に開いた穴がじんわりと温かく閉じていくようだった。
本堂の周りにも桜はあったかもしれない。だが焼けてしまったのだろう、辺りは未だ墨のような黒い倒木があるばかり。
二人から離れて立ち並ぶ木々は桜の花ではなく、緑の葉を広げている。
二人は桜の花が彩る道に戻った。
枝を豊かに広げた木々に残る薄桜が、暖かい風に乗りひらひらと散ってゆく。
満開の時を逃しても見られる美しい光景に夢主は目を輝かせていた。
嬉しさの余り、思わず夫に体を寄せて驚かせた。
「ふふっ、すみません。少しだけ……こうさせてください」
人目があり腕を回したり抱きついたりは出来ないが、この時代でもこれくらいなら許されるかと、夢主は斎藤の腕に自らの腕が触れるようにそっと寄り添った。
「フン、好きにしろ」
はいっ、と微笑んで視線を元に戻すと、それぞれに朝の桜を楽しむ人々が目に入る。
「朝から人出があるものなんですね、花見しながら……朝ご飯でしょうか」
「仕事前に美しい景色を目に焼き付けておきたい人々、余裕のある者達が家族と優雅に花見と洒落込む、か。夕べから呑んでいる阿呆もいるようだな」
斎藤が見つめている一点、視線の先を辿っていくと、男が二人騒々しく振舞っている。
「やれやれ」と斎藤の口からは深い溜め息が漏れた。
「じゃれているのでしょうか……あっ」
ふらふらと近付いては離れて、笑っているようにも見えた二人だが、一人の男がもう一方の男の肩を強く押した。
押された男は頭に血が上ったのか、持っていた何かを地面に投げ捨て、顔を近付けてしきりに何かを叫んでいる。胸ぐらを掴み掛かりそうな勢いだ。
「一さん……」
夫の使命を感じ、戸惑いを含んだ声で呼ぶ夢主だが、斎藤は至って落ち着いている。
「フン、あれくらい良くある喧嘩だろう。俺が出て行くまでも無い」
言ったそばから、一人の男が相手の顔に目掛けて拳を叩き込んだ。肩を押したどころではない。
殴られた男はすっ飛び、脇で恐れるように避けていた女にぶつかった。
「あっ……」
「ちっ、仕方が無い」
夢主がもう一度呼びかけるよりも早く、斎藤は上着を来て制帽を被っていた。
始まった喧嘩を見据える斎藤は、既に警官の顔に変わっている。
「すまんな」
「いえ、お早く……私は大丈夫です」
斎藤は夢主を一瞥して大きく顎を引き、そのまま騒ぎのもとへ駆けて行った。