36.慰霊碑のそばで
夢主名前設定
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「おっそうだ、暗くて見えなかっただろうが総司、お前の名前もしっかり刻んであるからな、帰りに見てみろ」
「えぇっ、何でですか!」
「だってお前死んだことになってるんだろう、自分で忘れちまったのか」
「そっか、そうでした……いやぁ、つい」
「ふふっ、変な気分ですね」
自らも墓碑に戒名を刻まれた経験がある夢主は、沖田の気持ちがよく分かると頷いた。
「それで言いやぁ斎藤は堂々と参ったって構わねぇんだろ」
「手を合わせれば新選組縁の者だと勘繰られるでしょう」
「地元の人間だって手くらい合わせるさ。日野や試衛館からも近いんだぜ」
「なら尚更、知り合いには会いたくない」
「ほぉおぉ、つれねぇなぁ」
「仕事ですから」
密偵仕事ですから。
斎藤は気楽な永倉を一瞥してその場を見回した。
「夢主、呑みたかったら呑んでいいぞ。俺は遠慮しておく」
「んだよ、ますますつれねぇな!いいじゃねぇか」
「あの、永倉さん……」
夢主は耳打ちするように、斎藤が酒を控えている訳を伝えた。
斎藤本人は面白くなさそうに舌打ちを聞かせた。
「人殺しは困るなぁ、まぁ仕方ねぇ。お前がこんな狭い部屋で暴れたんじゃ手に負えねぇ」
「フン、斬りたい相手と呑んでいると斬りたくなるだけですよ。なんなら試してみますか」
「ははっ、やめましょう斎藤さん、永倉さん。僕が代わりに沢山頂きますから」
「それがいい。そのついでにあの面白い話もしてやれ」
夢主も知らない楼郭での出来事。沖田は話を振られた途端、顔に沢山の皺を作り出した。
数年会わないうちに面白い表情をするようになったもんだと、永倉は空白の時を想像する。この青年の顔を歪めるのはただの思い出話ではなさそうだ。
「面白い話。なんだ総司、お前もこの数年で色々あったってか」
「斎藤さん!せっかく庇ってあげたというのに貴方って人は!」
「ククッ、俺は知らん」
「ふふっ」
「・・・」
男達があまりに楽しそうで、夢主はついつい笑ってしまった。
あの頃の仲間が揃うとこうなってしまうのだろう。
もしかしたら慰霊碑に集まった魂たちも覗きに来ているかもしれない。
最期の時に会いに来てくれたあの人や、声を聞かせてくれたあの人、会えなくなった人達。もし夢の中で誰かに出会えたら……。
「……私も少し……頂ますね」
「あぁ、そうしろ」
この部屋の温かい空気は、狭さや行灯の明かりのせいだけでは無いかもしれない。
肌がほかほか感じるのは何故だろう。優しい何かに見守られている気がしてならない。
永倉が「俺に任せろ」と大きな瓶から並んだ杯へ、なみなみと酒を注いでいく。
部屋には酒特有の柔らかな甘い香りが広がった。口に含まない斎藤もこの香りに手が盃に伸びそうになる。
手が暇になるため煙草でも吸いたくなるが、上野から共に来た二人の嫌がる顔が目に浮かぶ。
「夢主、少し寄れ」
急な眠気に倒れても構わぬよう呼び寄せた。いつでも手を伸ばせるよう、支える気構えでいれば手持無沙汰も解消されよう。
一瞬戸惑った夢主も和やかな場の空気につられ、いつでも斎藤に寄り添えるほど近付いた。
「永倉さん、乾杯ってご存知ですか」
「あぁ酒を呑む時の異国の挨拶を真似たやつだろう」
「おぉさすが医者の婿ですね!僕ちょっと尊敬しちゃいましたよ」
「馬鹿野郎、俺はもともと世事に通じてんだよ」
「ふふっ、ではその乾杯をしませんか。一さんは……」
「これでいい」
酒以外に何も無いから致し方ない。
斎藤は夢主の後ろからそっと手を回し、盃を持つ細い指の上に自らの骨ばった大きな手を重ねた。
「ははっ見せつけてくれるねぇ!」
「あーもぅ斎藤さんは!好きにしてください!」
「あ……あの……」
「さぁ乾杯だ」
強引に夢主の手を動かし盃を掲げた斎藤、それに合わせて沖田と永倉も盃を持ち上げた。
気恥ずかしさで俯いてしまうが、乾杯のまま呑むよう盃を運ばれた夢主、一口含むと微笑みがこぼれた。
「美味しい……」
斎藤を見上げると、この場を楽しんでいる顔が見える。自身は呑まずとも夢主を通して酒を楽しんでいた。
喉を落ちていく酒の熱さが顔を火照らせる。
沖田と永倉と順に目を合わせ、目礼するように微笑んだ。
「今日は会えて嬉しかったです」
「あぁ、そうだな」
もっと懐かしい沢山の人達に会えるように……夢主は遠慮せず酒を頂いた。
斎藤達は夢主の考えを見透かしたように、優しい眼差しで夢に落ちていく姿を見守った。
「えぇっ、何でですか!」
「だってお前死んだことになってるんだろう、自分で忘れちまったのか」
「そっか、そうでした……いやぁ、つい」
「ふふっ、変な気分ですね」
自らも墓碑に戒名を刻まれた経験がある夢主は、沖田の気持ちがよく分かると頷いた。
「それで言いやぁ斎藤は堂々と参ったって構わねぇんだろ」
「手を合わせれば新選組縁の者だと勘繰られるでしょう」
「地元の人間だって手くらい合わせるさ。日野や試衛館からも近いんだぜ」
「なら尚更、知り合いには会いたくない」
「ほぉおぉ、つれねぇなぁ」
「仕事ですから」
密偵仕事ですから。
斎藤は気楽な永倉を一瞥してその場を見回した。
「夢主、呑みたかったら呑んでいいぞ。俺は遠慮しておく」
「んだよ、ますますつれねぇな!いいじゃねぇか」
「あの、永倉さん……」
夢主は耳打ちするように、斎藤が酒を控えている訳を伝えた。
斎藤本人は面白くなさそうに舌打ちを聞かせた。
「人殺しは困るなぁ、まぁ仕方ねぇ。お前がこんな狭い部屋で暴れたんじゃ手に負えねぇ」
「フン、斬りたい相手と呑んでいると斬りたくなるだけですよ。なんなら試してみますか」
「ははっ、やめましょう斎藤さん、永倉さん。僕が代わりに沢山頂きますから」
「それがいい。そのついでにあの面白い話もしてやれ」
夢主も知らない楼郭での出来事。沖田は話を振られた途端、顔に沢山の皺を作り出した。
数年会わないうちに面白い表情をするようになったもんだと、永倉は空白の時を想像する。この青年の顔を歪めるのはただの思い出話ではなさそうだ。
「面白い話。なんだ総司、お前もこの数年で色々あったってか」
「斎藤さん!せっかく庇ってあげたというのに貴方って人は!」
「ククッ、俺は知らん」
「ふふっ」
「・・・」
男達があまりに楽しそうで、夢主はついつい笑ってしまった。
あの頃の仲間が揃うとこうなってしまうのだろう。
もしかしたら慰霊碑に集まった魂たちも覗きに来ているかもしれない。
最期の時に会いに来てくれたあの人や、声を聞かせてくれたあの人、会えなくなった人達。もし夢の中で誰かに出会えたら……。
「……私も少し……頂ますね」
「あぁ、そうしろ」
この部屋の温かい空気は、狭さや行灯の明かりのせいだけでは無いかもしれない。
肌がほかほか感じるのは何故だろう。優しい何かに見守られている気がしてならない。
永倉が「俺に任せろ」と大きな瓶から並んだ杯へ、なみなみと酒を注いでいく。
部屋には酒特有の柔らかな甘い香りが広がった。口に含まない斎藤もこの香りに手が盃に伸びそうになる。
手が暇になるため煙草でも吸いたくなるが、上野から共に来た二人の嫌がる顔が目に浮かぶ。
「夢主、少し寄れ」
急な眠気に倒れても構わぬよう呼び寄せた。いつでも手を伸ばせるよう、支える気構えでいれば手持無沙汰も解消されよう。
一瞬戸惑った夢主も和やかな場の空気につられ、いつでも斎藤に寄り添えるほど近付いた。
「永倉さん、乾杯ってご存知ですか」
「あぁ酒を呑む時の異国の挨拶を真似たやつだろう」
「おぉさすが医者の婿ですね!僕ちょっと尊敬しちゃいましたよ」
「馬鹿野郎、俺はもともと世事に通じてんだよ」
「ふふっ、ではその乾杯をしませんか。一さんは……」
「これでいい」
酒以外に何も無いから致し方ない。
斎藤は夢主の後ろからそっと手を回し、盃を持つ細い指の上に自らの骨ばった大きな手を重ねた。
「ははっ見せつけてくれるねぇ!」
「あーもぅ斎藤さんは!好きにしてください!」
「あ……あの……」
「さぁ乾杯だ」
強引に夢主の手を動かし盃を掲げた斎藤、それに合わせて沖田と永倉も盃を持ち上げた。
気恥ずかしさで俯いてしまうが、乾杯のまま呑むよう盃を運ばれた夢主、一口含むと微笑みがこぼれた。
「美味しい……」
斎藤を見上げると、この場を楽しんでいる顔が見える。自身は呑まずとも夢主を通して酒を楽しんでいた。
喉を落ちていく酒の熱さが顔を火照らせる。
沖田と永倉と順に目を合わせ、目礼するように微笑んだ。
「今日は会えて嬉しかったです」
「あぁ、そうだな」
もっと懐かしい沢山の人達に会えるように……夢主は遠慮せず酒を頂いた。
斎藤達は夢主の考えを見透かしたように、優しい眼差しで夢に落ちていく姿を見守った。