36.慰霊碑のそばで
夢主名前設定
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いつからか聞こえ始めた蛙の鳴き声が今も続いている。
月明かりが少ない今宵、辺りは暗闇に包まれていた。
碑のすぐ向こうに小川があり、微かに水が流れる音がする。
この日は水が少なく流れが弱い。風も落ち着いており、静かに控えめに響いていた。
「何だかとっても……物寂しい場所……」
「ここをもう少し行くと宿場があって女郎屋が並んでいる。そこの遊女やら行き倒れの旅人が打ち捨てられる場所だからな、寂しいだろう」
「そんな、そんな場所にどうして……」
「そんな場所だからこそ建てられたのさ。今はまだ、それが限界ってことだ」
神社や寺の一角に碑が祀られていると考えていた夢主は、信じられずに暗闇に明かりを向けて辺りを探った。
狭い範囲しか照らせない小さな明かりだ。ぐるりと回っても何も見つからない。
肩を落として斎藤に向き直ろうとした時、一つの明かりが近付いてくるのが見えた。
大きく揺れる提灯、主は酔っぱらっているのか。夢主は斎藤の後ろにそっと隠れた。
斎藤と沖田は一旦刀の柄に手を掛けるが、すぐに警戒を解いた。
柄から手を離した理由が分からない夢主は顔を見上げるが、夫の視線は前を向いている。
どこか嬉しそうに、向かってくる明かりを待っているようだ。
やがて沖田が「あはっ!」と無邪気な声を上げ、二人が気を緩めた訳を知った。
「よぉ、迷わなかったか」
「永倉さん!」
「どうしてここに、まさか毎晩待っていた訳じゃあ」
「ははっ、さすがに俺もそこまで暇じゃねぇ。ちょうどそこの板橋宿に泊まってたのさ」
「宿場から見てたんですか」
「いや、手紙を出して返事があってそろそろ来るんじゃねぇかってな。ちょいと散歩のつもりで出たら明かりが近付いてくるじゃねぇか。こんな夜中にここへ拝みに来るなんざ、お前らぐらいなもんだろう」
「死体を捨てに来たのかもしれませんよ」
「お前ならやりかねぇな!はははは!」
斎藤が丁寧な言葉で悪い冗談を返すと、暗闇に豪快な笑い声が響いた。
遠慮のない笑い声につられて残る三人も笑いだす。
人けのない捨て場が笑い声に包まれ、通りがかる者がいれば、彷徨い出た魂が生きる者を誘っているように見えたかもしれない。
「しっかし、北海道に帰る前に会えて良かったぜ。ここじゃあなんだ、宿に行こうぜ」
「帰っちゃうんですか」
「夢主」
話が長引きそうだ。斎藤が割って入り、まずすべき事を諭した。
「話は宿でだ」
まずは手を合わせるぞ、斎藤に気付かされ夢主は提灯を高く掲げた。碑が照らされて無数の字が浮かび上がった。
隊内の粛清で命を失った者、病で死んだ者、戦で散った者。これまでに命を失った全ての隊士の名が刻まれている。
正面には局長近藤勇、副長土方歳三の名が大きく刻まれていた。
夢主は石碑の前にしゃがんだ。
合掌して目を閉じると、淋しく聞こえたせせらぎの音が穏やかで清らかなものに感じられた。蛙の声も楽しげだ。
うら淋しいと思ったこの場所も、思い込みを捨てて感じれば自然が溢れる良い土地だと分かる。
空が広く、月が満ちればとても美しい夜空が楽しめるだろう。
月明かりが少ない今宵、辺りは暗闇に包まれていた。
碑のすぐ向こうに小川があり、微かに水が流れる音がする。
この日は水が少なく流れが弱い。風も落ち着いており、静かに控えめに響いていた。
「何だかとっても……物寂しい場所……」
「ここをもう少し行くと宿場があって女郎屋が並んでいる。そこの遊女やら行き倒れの旅人が打ち捨てられる場所だからな、寂しいだろう」
「そんな、そんな場所にどうして……」
「そんな場所だからこそ建てられたのさ。今はまだ、それが限界ってことだ」
神社や寺の一角に碑が祀られていると考えていた夢主は、信じられずに暗闇に明かりを向けて辺りを探った。
狭い範囲しか照らせない小さな明かりだ。ぐるりと回っても何も見つからない。
肩を落として斎藤に向き直ろうとした時、一つの明かりが近付いてくるのが見えた。
大きく揺れる提灯、主は酔っぱらっているのか。夢主は斎藤の後ろにそっと隠れた。
斎藤と沖田は一旦刀の柄に手を掛けるが、すぐに警戒を解いた。
柄から手を離した理由が分からない夢主は顔を見上げるが、夫の視線は前を向いている。
どこか嬉しそうに、向かってくる明かりを待っているようだ。
やがて沖田が「あはっ!」と無邪気な声を上げ、二人が気を緩めた訳を知った。
「よぉ、迷わなかったか」
「永倉さん!」
「どうしてここに、まさか毎晩待っていた訳じゃあ」
「ははっ、さすがに俺もそこまで暇じゃねぇ。ちょうどそこの板橋宿に泊まってたのさ」
「宿場から見てたんですか」
「いや、手紙を出して返事があってそろそろ来るんじゃねぇかってな。ちょいと散歩のつもりで出たら明かりが近付いてくるじゃねぇか。こんな夜中にここへ拝みに来るなんざ、お前らぐらいなもんだろう」
「死体を捨てに来たのかもしれませんよ」
「お前ならやりかねぇな!はははは!」
斎藤が丁寧な言葉で悪い冗談を返すと、暗闇に豪快な笑い声が響いた。
遠慮のない笑い声につられて残る三人も笑いだす。
人けのない捨て場が笑い声に包まれ、通りがかる者がいれば、彷徨い出た魂が生きる者を誘っているように見えたかもしれない。
「しっかし、北海道に帰る前に会えて良かったぜ。ここじゃあなんだ、宿に行こうぜ」
「帰っちゃうんですか」
「夢主」
話が長引きそうだ。斎藤が割って入り、まずすべき事を諭した。
「話は宿でだ」
まずは手を合わせるぞ、斎藤に気付かされ夢主は提灯を高く掲げた。碑が照らされて無数の字が浮かび上がった。
隊内の粛清で命を失った者、病で死んだ者、戦で散った者。これまでに命を失った全ての隊士の名が刻まれている。
正面には局長近藤勇、副長土方歳三の名が大きく刻まれていた。
夢主は石碑の前にしゃがんだ。
合掌して目を閉じると、淋しく聞こえたせせらぎの音が穏やかで清らかなものに感じられた。蛙の声も楽しげだ。
うら淋しいと思ったこの場所も、思い込みを捨てて感じれば自然が溢れる良い土地だと分かる。
空が広く、月が満ちればとても美しい夜空が楽しめるだろう。