35.時代の影と明かり
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「ほら、私の方が大きいです!」
瓦斯燈のそばに斎藤を立たせ、自分は少し遠ざかる。伸びた影が長身の夫より自分の方が長いと喜んでいる。
下らないことで何を喜んでいると笑うが、先に下らないことをして夢主の影を隠したのは自分だ。
「阿呆」とも言えず、斎藤は表情だけで笑いながら夢主に歩み寄った。
「あー!来ちゃ駄目です!あっ……面白いこと出来るんですよ、止まってください!」
懐かしい影遊びを思い出した夢主、斎藤を立ち止まらせ「影を見ててください」と告げた。企み事が面白いのか一人嬉しそうだ。
銀座の瓦斯燈が完成してから夜も見物客が絶えなかったが、今宵は人払いされたのかと思う程静かな夜。
斎藤は人けのない通りで夢主に付き合ってそのまま待ってやった。
耳をすませば瓦斯が燃える音まで聞こえてきそうだ。
「何がしたい、早くしろ」
「もぅ!いいから影を見ててください」
やれやれ……小さく舌打ちをして地面に目を向けると、己の影に夢主の影が触れていた。
どう見ても親が子をあやすように「いい子いい子」して見える。
「おい」
「ふふっ、面白いですよね、普段は頑張らないと届かないのに」
「阿呆が」
「面白いじゃありませんか、影遊びですよ」
「だったらお前もじっとしていろ」
そう言うなら今度は俺の番だ、斎藤は夢主を黙らせるが、一瞬の沈黙があった後に「馬鹿らしい」と小さく言い捨て夢主の元へやって来た。
「あぁっ、一さん何かしようとしたのに止めましたね!誰も見てないから恥ずかしがらなくても……」
斎藤も影を使って一興をと思ったが我に返り止めてしまった。
今ぐらい人目を気にせず遊んでもいいじゃないか、夢主が不満を漏らしていると、仕返しだとばかりに直接頭を撫でられた。
いい子いい子とは程遠い力強い触れ方だ。
「一さっ」
「そうだな、誰も見ていないか」
「えっ……」
瓦斯灯りの中で二人の影が重なった。
影だけではなく、柔らかい唇も重なっていた。
突然の出来事に夢主は目を丸くする。二人の話声が消えると通りは静寂に包まれた。
強張った肩から力が抜け、中途半端に浮いていた手は斎藤の体に添えられる。
「本当に誰もいないか」
「ふぇっ」
口を離して聞かされた一言に驚いて辺りを見回した。
広い通りをきょろきょろ見渡して焦る姿を、斎藤は喉を鳴らして笑っている。
ククッと耳に届いて、夢主は揶揄われたと気が付いた。
「もぅ、吃驚したじゃありませんか!」
「冗談だよ、誰もいないさ。お前も言っただろう、誰もいないってな」
通りから斎藤に目を戻した瞬間、瓦斯燈の明かりを受けて西洋建築を前に立つ姿に目を奪われてしまった。
すらりと高い背は異人にも負けない。
黄金色に輝く夜の瞳はどんな色の目よりも艶やかだ。
警官の制服は華美な装飾はないが、とても品があり洗練されて見える。
昔ながらの着物姿、ちんちくりんな体型の自分がこの街にいるのはおかしくないだろうか……あまりに素敵な夫と自分、不釣り合いを感じてしまった。
人がいないのをいい事に斎藤は馬車道へ出た。夢主は急いでそれを追い、深い轍の跡に足を取られた。
斎藤は最初から分かっていたのか、よろめいた体を腕で支えた。
そのまま「くっついて歩け」と珍しく夢主を自らに寄り添わせる。
「私……」
「何を思ったが知らんが、お前の考えや知識は充分先鋭的だ」
「一さん……」
「日本人だろうが異人だろうが、お前と俺のどっちと歩きたいか聞いてみろ、お前を選ぶに決まってる」
「ふふっ、変な励ましです。でもありがとうございます……一瞬、一さんの隣にいていいのかなって思っちゃって……」
「お前以外におらんだろう、阿呆が」
「はぃ」
不安に気付き、心配無用だと優しい言葉で癒してくれる。これ以上望むものが、そばにいて欲しい人がいるだろうか。
想いは同じだと小さく微笑み合った。
どんな問題も二人で乗り越えて行けばよい。
でこぼこな馬車道を二人が歩き始め、並んだふたつの影が一緒に追いかけっこを始めた。
瓦斯燈のそばに斎藤を立たせ、自分は少し遠ざかる。伸びた影が長身の夫より自分の方が長いと喜んでいる。
下らないことで何を喜んでいると笑うが、先に下らないことをして夢主の影を隠したのは自分だ。
「阿呆」とも言えず、斎藤は表情だけで笑いながら夢主に歩み寄った。
「あー!来ちゃ駄目です!あっ……面白いこと出来るんですよ、止まってください!」
懐かしい影遊びを思い出した夢主、斎藤を立ち止まらせ「影を見ててください」と告げた。企み事が面白いのか一人嬉しそうだ。
銀座の瓦斯燈が完成してから夜も見物客が絶えなかったが、今宵は人払いされたのかと思う程静かな夜。
斎藤は人けのない通りで夢主に付き合ってそのまま待ってやった。
耳をすませば瓦斯が燃える音まで聞こえてきそうだ。
「何がしたい、早くしろ」
「もぅ!いいから影を見ててください」
やれやれ……小さく舌打ちをして地面に目を向けると、己の影に夢主の影が触れていた。
どう見ても親が子をあやすように「いい子いい子」して見える。
「おい」
「ふふっ、面白いですよね、普段は頑張らないと届かないのに」
「阿呆が」
「面白いじゃありませんか、影遊びですよ」
「だったらお前もじっとしていろ」
そう言うなら今度は俺の番だ、斎藤は夢主を黙らせるが、一瞬の沈黙があった後に「馬鹿らしい」と小さく言い捨て夢主の元へやって来た。
「あぁっ、一さん何かしようとしたのに止めましたね!誰も見てないから恥ずかしがらなくても……」
斎藤も影を使って一興をと思ったが我に返り止めてしまった。
今ぐらい人目を気にせず遊んでもいいじゃないか、夢主が不満を漏らしていると、仕返しだとばかりに直接頭を撫でられた。
いい子いい子とは程遠い力強い触れ方だ。
「一さっ」
「そうだな、誰も見ていないか」
「えっ……」
瓦斯灯りの中で二人の影が重なった。
影だけではなく、柔らかい唇も重なっていた。
突然の出来事に夢主は目を丸くする。二人の話声が消えると通りは静寂に包まれた。
強張った肩から力が抜け、中途半端に浮いていた手は斎藤の体に添えられる。
「本当に誰もいないか」
「ふぇっ」
口を離して聞かされた一言に驚いて辺りを見回した。
広い通りをきょろきょろ見渡して焦る姿を、斎藤は喉を鳴らして笑っている。
ククッと耳に届いて、夢主は揶揄われたと気が付いた。
「もぅ、吃驚したじゃありませんか!」
「冗談だよ、誰もいないさ。お前も言っただろう、誰もいないってな」
通りから斎藤に目を戻した瞬間、瓦斯燈の明かりを受けて西洋建築を前に立つ姿に目を奪われてしまった。
すらりと高い背は異人にも負けない。
黄金色に輝く夜の瞳はどんな色の目よりも艶やかだ。
警官の制服は華美な装飾はないが、とても品があり洗練されて見える。
昔ながらの着物姿、ちんちくりんな体型の自分がこの街にいるのはおかしくないだろうか……あまりに素敵な夫と自分、不釣り合いを感じてしまった。
人がいないのをいい事に斎藤は馬車道へ出た。夢主は急いでそれを追い、深い轍の跡に足を取られた。
斎藤は最初から分かっていたのか、よろめいた体を腕で支えた。
そのまま「くっついて歩け」と珍しく夢主を自らに寄り添わせる。
「私……」
「何を思ったが知らんが、お前の考えや知識は充分先鋭的だ」
「一さん……」
「日本人だろうが異人だろうが、お前と俺のどっちと歩きたいか聞いてみろ、お前を選ぶに決まってる」
「ふふっ、変な励ましです。でもありがとうございます……一瞬、一さんの隣にいていいのかなって思っちゃって……」
「お前以外におらんだろう、阿呆が」
「はぃ」
不安に気付き、心配無用だと優しい言葉で癒してくれる。これ以上望むものが、そばにいて欲しい人がいるだろうか。
想いは同じだと小さく微笑み合った。
どんな問題も二人で乗り越えて行けばよい。
でこぼこな馬車道を二人が歩き始め、並んだふたつの影が一緒に追いかけっこを始めた。