35.時代の影と明かり
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どこをどう歩いていたのか、気付けば日は沈み、空は深い紺色に染まっている。
それでも周りの景色が見えるのは、通りに備えられた瓦斯燈に火が入っているからだ。
真っ直ぐ伸びる大通りには列柱を備えた西洋建築が建ち並ぶ。
慣れ親しんだ古い町並みと違い、記憶に残る現代のコンクリート街とも違う、銀座に出来た東京瓦斯通に夢主はいた。
馬車が走る中央の道、その両脇に並木があり、歩道も整備されている。
瓦斯燈は歩道に建てられていた。煉瓦が敷き詰められた広い歩道、立ち並ぶ街燈が放つ光は想像以上に明るく、夜にも関わらず地面に綺麗な影を作っている。
「綺麗……」
「銀座へ行くとは約束したが、銀座で待っていろとは言ってないぞ」
近代的な景色に見惚れる夢主の意識を引き戻したのは斎藤だ。
警官の制服のまま後ろに立っていた。
「一さん、どうしてここに」
「どうしてって、お前な……」
沖田屋敷へ行けば夢主はおらず、家にもいない。二人が既に合流したと思って沖田は一人出かけていた。
妻の居場所を尋ねる相手もおらず、まさかと思い銀座へやって来たのだ。
斎藤は夢主を見つけた安心の顔から呆れた顔へ変わった。
「はっ、私……あれからずっと……」
「そうだ、お前ずっとフラフラしてたな」
「吃驚する出会いがあって、それで考え事をしながら歩いていたらいつの間にか……一さん!瓦斯燈って人の手で点すんですね!」
昼間の驚きを引きずっているが、それより間近に起きた驚きを伝えたくて目を輝かせている。
暗くなる前に瓦斯燈に次々火を点けていく点灯夫を見たのだ。
「あぁっ?何だと思ってたんだ」
「時間が来たらこぅ……ふぅ~って火が付くのかなぁって……」
「そいつは便利だな、そんな技術が生まれるのか。今は一つ一つ火を点けて回るしかないさ」
「はい、私見ました……凄いなぁって眺めてたんです」
「フン……」
日が暮れる前に銀座へ辿り着き、火が灯されてから今の今までここに居たことになる。
どこぞの馬鹿な男に絡まれず、よくもまぁ無事に済んだものだと妻の幸運を喜んだ。
馬車も通れる均された広い道、夜でも明るく不逞な輩には歩き難いかもしれない。
折角だ、立ち止まっていては勿体ないと、二人は通りを歩き始めた。
「永倉さんとは何を話した」
「一番は永倉さんの熱い想いでしょうか、今回の石碑の件です。どうしても実現したいって走り回ってるお話をしてくれました」
「そうか、あの人がな」
「変わりましたか?」
訊ねられて斎藤は考えているのか、答えずに歩いている。
顔を見ると少し嬉しそうだ。瓦斯燈の明かりが遠のくと一瞬顔に影が出来るが、すぐに次の明かりに照らされる。
その温かい灯りの中で、斎藤は穏やかな顔で何か考えているようだった。
「変わってないですよね、目的を決めたら一直線。まさにがむしゃらなお人です」
「がむしん、か」
「ふふっ」
「何だ」
ぽろりと漏らした永倉の愛称を聞き、夢主が吹き出すように笑った。
斎藤は歩みを止めて夢主を見下ろした。
「すみません、一さんの口から初めて聞いた気がして、永倉さんを"がむしん"だなんて」
「フン。他には何か言ってなかったか」
事実"がむしん"などと呼んだ覚えは一度もない。
面白がって言ってみただけだと、斎藤はすぐに別の話題に気を移し、再び歩き始めた。
「あとは懐かしいお話とか、新しい暮らしの話……」
子供の話はしないでおこう……夢主は永倉の新しい家族の話を伝えた。
二人が歩くと地面の影がついて来る。
自分の前を行く影が長く伸びたと思ったら薄くなって消え、気付けば濃く短い影が出来ている。
照らす瓦斯燈が次の燈へ移る度、影は伸びて縮んでを繰り返す。まるで自分の影と追いかけっこをしているようだ。
影の動きが面白くて足元を見ながら歩く夢主に気付き、斎藤はふと自らの影を重ねた。
背の高い斎藤が後ろに立つと、夢主の影は飲み込まれてしまう。
「あっ」
「フッ」
まるで何かに勝ったような気分か、したり顔を見せる斎藤に夢主はムッと頬を膨らませた。
背後にいた斎藤の後ろに回り込み、背中を押しして進む。
「ここにいてくださいっ!」
斎藤を移動させ、そう言って小走りで僅かな距離を取る。
何がしたいんだと首を傾げる斎藤が、夢主の仕業に小さく笑った。
それでも周りの景色が見えるのは、通りに備えられた瓦斯燈に火が入っているからだ。
真っ直ぐ伸びる大通りには列柱を備えた西洋建築が建ち並ぶ。
慣れ親しんだ古い町並みと違い、記憶に残る現代のコンクリート街とも違う、銀座に出来た東京瓦斯通に夢主はいた。
馬車が走る中央の道、その両脇に並木があり、歩道も整備されている。
瓦斯燈は歩道に建てられていた。煉瓦が敷き詰められた広い歩道、立ち並ぶ街燈が放つ光は想像以上に明るく、夜にも関わらず地面に綺麗な影を作っている。
「綺麗……」
「銀座へ行くとは約束したが、銀座で待っていろとは言ってないぞ」
近代的な景色に見惚れる夢主の意識を引き戻したのは斎藤だ。
警官の制服のまま後ろに立っていた。
「一さん、どうしてここに」
「どうしてって、お前な……」
沖田屋敷へ行けば夢主はおらず、家にもいない。二人が既に合流したと思って沖田は一人出かけていた。
妻の居場所を尋ねる相手もおらず、まさかと思い銀座へやって来たのだ。
斎藤は夢主を見つけた安心の顔から呆れた顔へ変わった。
「はっ、私……あれからずっと……」
「そうだ、お前ずっとフラフラしてたな」
「吃驚する出会いがあって、それで考え事をしながら歩いていたらいつの間にか……一さん!瓦斯燈って人の手で点すんですね!」
昼間の驚きを引きずっているが、それより間近に起きた驚きを伝えたくて目を輝かせている。
暗くなる前に瓦斯燈に次々火を点けていく点灯夫を見たのだ。
「あぁっ?何だと思ってたんだ」
「時間が来たらこぅ……ふぅ~って火が付くのかなぁって……」
「そいつは便利だな、そんな技術が生まれるのか。今は一つ一つ火を点けて回るしかないさ」
「はい、私見ました……凄いなぁって眺めてたんです」
「フン……」
日が暮れる前に銀座へ辿り着き、火が灯されてから今の今までここに居たことになる。
どこぞの馬鹿な男に絡まれず、よくもまぁ無事に済んだものだと妻の幸運を喜んだ。
馬車も通れる均された広い道、夜でも明るく不逞な輩には歩き難いかもしれない。
折角だ、立ち止まっていては勿体ないと、二人は通りを歩き始めた。
「永倉さんとは何を話した」
「一番は永倉さんの熱い想いでしょうか、今回の石碑の件です。どうしても実現したいって走り回ってるお話をしてくれました」
「そうか、あの人がな」
「変わりましたか?」
訊ねられて斎藤は考えているのか、答えずに歩いている。
顔を見ると少し嬉しそうだ。瓦斯燈の明かりが遠のくと一瞬顔に影が出来るが、すぐに次の明かりに照らされる。
その温かい灯りの中で、斎藤は穏やかな顔で何か考えているようだった。
「変わってないですよね、目的を決めたら一直線。まさにがむしゃらなお人です」
「がむしん、か」
「ふふっ」
「何だ」
ぽろりと漏らした永倉の愛称を聞き、夢主が吹き出すように笑った。
斎藤は歩みを止めて夢主を見下ろした。
「すみません、一さんの口から初めて聞いた気がして、永倉さんを"がむしん"だなんて」
「フン。他には何か言ってなかったか」
事実"がむしん"などと呼んだ覚えは一度もない。
面白がって言ってみただけだと、斎藤はすぐに別の話題に気を移し、再び歩き始めた。
「あとは懐かしいお話とか、新しい暮らしの話……」
子供の話はしないでおこう……夢主は永倉の新しい家族の話を伝えた。
二人が歩くと地面の影がついて来る。
自分の前を行く影が長く伸びたと思ったら薄くなって消え、気付けば濃く短い影が出来ている。
照らす瓦斯燈が次の燈へ移る度、影は伸びて縮んでを繰り返す。まるで自分の影と追いかけっこをしているようだ。
影の動きが面白くて足元を見ながら歩く夢主に気付き、斎藤はふと自らの影を重ねた。
背の高い斎藤が後ろに立つと、夢主の影は飲み込まれてしまう。
「あっ」
「フッ」
まるで何かに勝ったような気分か、したり顔を見せる斎藤に夢主はムッと頬を膨らませた。
背後にいた斎藤の後ろに回り込み、背中を押しして進む。
「ここにいてくださいっ!」
斎藤を移動させ、そう言って小走りで僅かな距離を取る。
何がしたいんだと首を傾げる斎藤が、夢主の仕業に小さく笑った。