34.警官と密偵
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「お困りですか、お嬢さん」
「なんだいあんたは」
娘の隣でいかつい男が訝しげに顔を上げた。
お嬢さんと呼ばれた娘は恥じらいながら振り返った。
斎藤は後姿でとうに気付いている。娘が自分の妻であることに。振り返って見えた夢主の表情は照れで目も口も緩んでいた。
隣に立つ男は神谷越路郎、不審な男に声を掛けられたと感じ警戒している。
「お嬢さんがお困りかと思いまして」
「お嬢さっ」
夢主は詰襟シャツの上にある顔を見て驚いた。
慣れない呼ばれ方に戸惑うが、考えれば何やら聞き覚えのある声だった。
家を出た時には制服姿だった夫が今は隠密時の服装をしている。加えて寒気を覚える不自然でにこやか過ぎる笑顔。
その笑顔から「他人を装え」と無言の圧を感じた。
「あぁっ、あの、大丈夫です、困っているわけでは……」
「本当に大丈夫ですか、そちらの御仁に困っていたのではありませんか」
やんわりとだが棘のある言葉で御仁に微笑みかけている。
牽制された越路郎はまさかと両手を広げた。
「俺、俺かい!あぁ、そいつは勘違いだぜ!あんたこそ怪しいじゃないか、あんた何者だい」
「これは失敬、私はこういう者でして」
斎藤は懐から黒い手帳を取り出した。胸の隠しにすっぽり入る小さなものだ。
明治の世から存在する、いわゆる警察手帳。珍しい物に興味を示し、夢主も越路郎も目を大きくして覗きこんだ。
「おぉこれは!見た事があるぞ、こいつは本物だ、あんた警官なのかい。見えないねぇ!ハハハッ」
「よく言われます。それで貴方は一体何をなさっていたのですか」
俺の家内に何をしていた。
模範的な笑顔の下に本音を隠して、斎藤はちくりと訊ねた。
「このお嬢さんが輩共に絡まれそうなところを助けてやったのさ」
本当ですか……、今度は笑顔で無言のまま夢主を見つめた。
夢主はぎこちない笑顔で「えぇ」と頷いた。
「本当です、この方に助けていただいて送ってもらう途中で……でもここまで来れば大丈夫ですし、警官さんもいらっしゃいますし!本当に助かりました、ありがとうございます」
「そうかい、分かったよ。あんたは家を知られると困るみてぇだしな。いいって事よ、またいつでも力になるぜ」
夢主の駆け落ちの噂を信じているのか、越路郎は笑いながら頼もしい一言を残して立ち去った。
二人は越路郎の姿が見えなくなるまで同じ道の先を見つめた。
やがて大きな背中が小さくなって消え、斎藤は無言で夢主に視線を移した。
斎藤は何を気にしているのか、見下ろされる視線に気まずさを感じた夢主は、いつもの夫に戻ってもらおうと明るく振舞った。
「一さん、警察手帳なんて持ち歩いてたんですね」
「普段はこんなもの持ち歩いちゃいない」
小さな手帳には警官の心得や、法に則った罪人の扱いが記載されている。
いつ何時も悪と判断すれば即時斬り捨てる己には関係ない規則と、どうでもいい心得だ。誰かに斬殺場面を見られるほど間抜けではなく、身分の証は必要ない。
町を守る巡査共が持ち歩けばよい、俺には必要ないと普段は捨て置いてある。
「なんだいあんたは」
娘の隣でいかつい男が訝しげに顔を上げた。
お嬢さんと呼ばれた娘は恥じらいながら振り返った。
斎藤は後姿でとうに気付いている。娘が自分の妻であることに。振り返って見えた夢主の表情は照れで目も口も緩んでいた。
隣に立つ男は神谷越路郎、不審な男に声を掛けられたと感じ警戒している。
「お嬢さんがお困りかと思いまして」
「お嬢さっ」
夢主は詰襟シャツの上にある顔を見て驚いた。
慣れない呼ばれ方に戸惑うが、考えれば何やら聞き覚えのある声だった。
家を出た時には制服姿だった夫が今は隠密時の服装をしている。加えて寒気を覚える不自然でにこやか過ぎる笑顔。
その笑顔から「他人を装え」と無言の圧を感じた。
「あぁっ、あの、大丈夫です、困っているわけでは……」
「本当に大丈夫ですか、そちらの御仁に困っていたのではありませんか」
やんわりとだが棘のある言葉で御仁に微笑みかけている。
牽制された越路郎はまさかと両手を広げた。
「俺、俺かい!あぁ、そいつは勘違いだぜ!あんたこそ怪しいじゃないか、あんた何者だい」
「これは失敬、私はこういう者でして」
斎藤は懐から黒い手帳を取り出した。胸の隠しにすっぽり入る小さなものだ。
明治の世から存在する、いわゆる警察手帳。珍しい物に興味を示し、夢主も越路郎も目を大きくして覗きこんだ。
「おぉこれは!見た事があるぞ、こいつは本物だ、あんた警官なのかい。見えないねぇ!ハハハッ」
「よく言われます。それで貴方は一体何をなさっていたのですか」
俺の家内に何をしていた。
模範的な笑顔の下に本音を隠して、斎藤はちくりと訊ねた。
「このお嬢さんが輩共に絡まれそうなところを助けてやったのさ」
本当ですか……、今度は笑顔で無言のまま夢主を見つめた。
夢主はぎこちない笑顔で「えぇ」と頷いた。
「本当です、この方に助けていただいて送ってもらう途中で……でもここまで来れば大丈夫ですし、警官さんもいらっしゃいますし!本当に助かりました、ありがとうございます」
「そうかい、分かったよ。あんたは家を知られると困るみてぇだしな。いいって事よ、またいつでも力になるぜ」
夢主の駆け落ちの噂を信じているのか、越路郎は笑いながら頼もしい一言を残して立ち去った。
二人は越路郎の姿が見えなくなるまで同じ道の先を見つめた。
やがて大きな背中が小さくなって消え、斎藤は無言で夢主に視線を移した。
斎藤は何を気にしているのか、見下ろされる視線に気まずさを感じた夢主は、いつもの夫に戻ってもらおうと明るく振舞った。
「一さん、警察手帳なんて持ち歩いてたんですね」
「普段はこんなもの持ち歩いちゃいない」
小さな手帳には警官の心得や、法に則った罪人の扱いが記載されている。
いつ何時も悪と判断すれば即時斬り捨てる己には関係ない規則と、どうでもいい心得だ。誰かに斬殺場面を見られるほど間抜けではなく、身分の証は必要ない。
町を守る巡査共が持ち歩けばよい、俺には必要ないと普段は捨て置いてある。