34.警官と密偵
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「ですが所詮噂でしょうね、火のない所に煙は立ちませんが町を知り尽くした藤田さんが知らないのでしたら、やはり噂なのでしょう」
「俺は知らん」
「一度その訳あり佳人を拝んでみたかったのですが、残念です」
「フン」
本気で噂を信じていたようだ。噂は噂と認識したのかまだ信じているのか、男の様子からは見極められない。感情を悟らせないとは密偵として悪くない資質だ。
斎藤は男の資質に免じ、叱責せずにどうでもいいと鼻をならした。
「署に戻るぞ」
「はい。……あっ」
去りかけた斎藤が男の声で足を止めた。
男の視線の先に見慣れた女が立っている。女のそばには男が一人、鍛えられた体の中年男が笑っている。
何をしているのか、不釣り合いな二人だが、女の表情から不快な思いをしているようには見えない。
若い密偵が声を上げたのは単に突然目に入った好みの女に気を引かれてしまっただけだろう。
しかしこのままやり過ごすのもいい気がしない。
なぜならあの女は俺の妻……斎藤の眉間に突如現れた深い皺に、密偵の男はたじろいだ。自らの下心を見抜かれ、任務における怠慢と怒りを買ったと思ったのだ。
斎藤達の視線の先で、夢主は隣の男に礼を述べていた。
「助けていただいてありがとうございました。よくあるので気を付けていたんですけど、今日は気付くのが遅くて……」
「あんたが悪いんじゃないんだ、謝ることはない!まさかあの時荷物を届けてくれた君だったとはな、今日こそ家まで送ろう。奴らがまだ近くをうろついていないとも限らん」
「えぇ、それは……確かに……」
夢主は普段から嫌な視線を集めがちだ。不審な男に目を付けられ、怖い視線を感じるといつも足を速め、危険を早めに回避していた。
だが今日は気付くのが遅く、声を掛けられ行く手を阻まれてしまった。
幸いにもその場所が先日訪れた神谷道場のすぐ前で、夢主の嫌がる声を聞いた道場主の越路郎が助けに出てきてくれたのだ。
「でもあの、送っていただく訳には……助けていただいた上にそんなことまで、本当にここで結構ですから」
「もしかして、あんた噂の道場の御内儀さんかい、前も家を知られるのを渋っていたが、言えない事情ってやつか」
「御内儀だなんて!でも噂っていうのは……」
「詮索は良くないがすまんな、噂の駆け落ち夫婦かと思ってな、違ったか。助けが欲しければ俺はいつでも助けになろう」
「えっ、駆け落ち……」
「あぁ、この辺りに身分ある女と浪人が駆け落ちしてきて、身の上を隠し道場で生業を立てているってな。兄妹と偽っているが兄妹の関係とはどう見ても違うってもっぱらの噂だよ」
「そんな噂が……」
「やっぱり噂話なんてするもんじゃあねぇな、詮索して悪かった。困らせちまうな。なんだっていいんだ、笑って暮らせりゃあそれでいい」
初めて耳にする噂、とんでもない誤解だ。
詳しい事情は話せないが、そんな噂話の的になるのも困る。
越路郎は気にするなと笑ってくれるが、どこで広まった話か気になってしまう。
「いえっ、本当に違うんです。あの……でも、どこでそんな噂を」
「道場だろう、そりゃあ門下生が出入りするなら若い男達が色っぽい姐さんと師匠の色恋を想像したくもなるもんだ」
「男達って、みんなまだ子供ですよ、それに真面目な会津の子供達です」
「おや、やっぱりあんたの事なのかい。会津だろうが幼かろうが気になるもんは気になるさ。ま、あんたが本当に器量よしで噂に納得したぜ」
「そそそんなっ」
口ごもって顔を真っ赤に染める夢主、突然聞かされた自らの噂話に眩暈を覚えた。
そんな会話の向こうで、斎藤がやれやれと面倒に関わる覚悟を決めていた。
連れの密偵への教示は一通り終わった。となれば長居させる必要はない。
「お前は先に戻れ」
「藤田さん、あの娘さんを助けるのですか。放って置くべきなのでは」
「阿呆、今は姿を隠す必要も無ければ、困っている娘を捨て置く理由も無かろう」
「隅に置けませんね藤田さんも」
「俺は所帯持ちだぞ馬鹿が。とっとと行け、邪魔なんだよ」
「しっ、失礼致しました、では私は先に署へ戻ります」
若い男は下心ですかと揶揄うが、斎藤に睨まれてしまい慌てて立ち去った。
これ以上この場に残っては更に機嫌を損ね、今後の仕事に支障が出兼ねない。
面倒の元を一つ追い払った斎藤は早速、藤田五郎の顔と声で娘に話し掛けた。
「俺は知らん」
「一度その訳あり佳人を拝んでみたかったのですが、残念です」
「フン」
本気で噂を信じていたようだ。噂は噂と認識したのかまだ信じているのか、男の様子からは見極められない。感情を悟らせないとは密偵として悪くない資質だ。
斎藤は男の資質に免じ、叱責せずにどうでもいいと鼻をならした。
「署に戻るぞ」
「はい。……あっ」
去りかけた斎藤が男の声で足を止めた。
男の視線の先に見慣れた女が立っている。女のそばには男が一人、鍛えられた体の中年男が笑っている。
何をしているのか、不釣り合いな二人だが、女の表情から不快な思いをしているようには見えない。
若い密偵が声を上げたのは単に突然目に入った好みの女に気を引かれてしまっただけだろう。
しかしこのままやり過ごすのもいい気がしない。
なぜならあの女は俺の妻……斎藤の眉間に突如現れた深い皺に、密偵の男はたじろいだ。自らの下心を見抜かれ、任務における怠慢と怒りを買ったと思ったのだ。
斎藤達の視線の先で、夢主は隣の男に礼を述べていた。
「助けていただいてありがとうございました。よくあるので気を付けていたんですけど、今日は気付くのが遅くて……」
「あんたが悪いんじゃないんだ、謝ることはない!まさかあの時荷物を届けてくれた君だったとはな、今日こそ家まで送ろう。奴らがまだ近くをうろついていないとも限らん」
「えぇ、それは……確かに……」
夢主は普段から嫌な視線を集めがちだ。不審な男に目を付けられ、怖い視線を感じるといつも足を速め、危険を早めに回避していた。
だが今日は気付くのが遅く、声を掛けられ行く手を阻まれてしまった。
幸いにもその場所が先日訪れた神谷道場のすぐ前で、夢主の嫌がる声を聞いた道場主の越路郎が助けに出てきてくれたのだ。
「でもあの、送っていただく訳には……助けていただいた上にそんなことまで、本当にここで結構ですから」
「もしかして、あんた噂の道場の御内儀さんかい、前も家を知られるのを渋っていたが、言えない事情ってやつか」
「御内儀だなんて!でも噂っていうのは……」
「詮索は良くないがすまんな、噂の駆け落ち夫婦かと思ってな、違ったか。助けが欲しければ俺はいつでも助けになろう」
「えっ、駆け落ち……」
「あぁ、この辺りに身分ある女と浪人が駆け落ちしてきて、身の上を隠し道場で生業を立てているってな。兄妹と偽っているが兄妹の関係とはどう見ても違うってもっぱらの噂だよ」
「そんな噂が……」
「やっぱり噂話なんてするもんじゃあねぇな、詮索して悪かった。困らせちまうな。なんだっていいんだ、笑って暮らせりゃあそれでいい」
初めて耳にする噂、とんでもない誤解だ。
詳しい事情は話せないが、そんな噂話の的になるのも困る。
越路郎は気にするなと笑ってくれるが、どこで広まった話か気になってしまう。
「いえっ、本当に違うんです。あの……でも、どこでそんな噂を」
「道場だろう、そりゃあ門下生が出入りするなら若い男達が色っぽい姐さんと師匠の色恋を想像したくもなるもんだ」
「男達って、みんなまだ子供ですよ、それに真面目な会津の子供達です」
「おや、やっぱりあんたの事なのかい。会津だろうが幼かろうが気になるもんは気になるさ。ま、あんたが本当に器量よしで噂に納得したぜ」
「そそそんなっ」
口ごもって顔を真っ赤に染める夢主、突然聞かされた自らの噂話に眩暈を覚えた。
そんな会話の向こうで、斎藤がやれやれと面倒に関わる覚悟を決めていた。
連れの密偵への教示は一通り終わった。となれば長居させる必要はない。
「お前は先に戻れ」
「藤田さん、あの娘さんを助けるのですか。放って置くべきなのでは」
「阿呆、今は姿を隠す必要も無ければ、困っている娘を捨て置く理由も無かろう」
「隅に置けませんね藤田さんも」
「俺は所帯持ちだぞ馬鹿が。とっとと行け、邪魔なんだよ」
「しっ、失礼致しました、では私は先に署へ戻ります」
若い男は下心ですかと揶揄うが、斎藤に睨まれてしまい慌てて立ち去った。
これ以上この場に残っては更に機嫌を損ね、今後の仕事に支障が出兼ねない。
面倒の元を一つ追い払った斎藤は早速、藤田五郎の顔と声で娘に話し掛けた。