34.警官と密偵
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「しかし新聞屋も情報が早いな」
「目立つ事故だからじゃありませんか」
「まぁな」
事故が起きたのは新橋駅。東京で売られる新聞が刷られるのはすぐ近く。
新聞の発行が事故から間もなくても不思議ではない。
この頃、新聞記事には政府批判が多く、新聞社に密偵が送り込まれていた。
密偵仕事とはいえ斎藤とは全く異なる任務だ。だが斎藤は川路や政府高官と接触する機会がある為、ほかの密偵情報も多少は入ってくる。
現在、政府が最も気を焼いているのは政治犯だ。新聞屋が目を付けられるのもそこにあった。
「新聞を買うのは大いに構わんが、新聞屋には気をつけろよ」
「新聞屋さんにですか、特に深い付き合いは……」
「ならいいが」
困り事に顔を突っ込みがちな夢主が事件に巻き込まれ、あらぬ疑いがかかれば助け出さねばならない。
政治犯絡みの事件ではそれも困難が予想される。
出来れば平穏な日々に身を置いてくれと、斎藤は願った。
「同じ新聞記事なら、こっちの方が面白いぞ」
斎藤はおもむろに別の新聞を取り出し、夢主に覗かせた。
鉄道事故より興味を持ちそうだと持ち帰った一枚だ。
「銀座の瓦斯燈の並びが完成……一さん!」
「あぁ、ついに火が入るそうだ」
夢主は内容を読み上げながら表情を変えた。
瓦斯燈の完成を知らせる記事と気付いた途端、新聞を掴んで斎藤の手から奪っていた。
手を離した斎藤は嬉しそうだ。顔に花を咲かせる夢主を見て頬を緩ませている。
「あの」
分かっている。横浜で交わしたあの約束だろう。
忙しい身を気遣ってか夢主は連れて行ってと言わず、ただはにかんで夫を見上げている。
見ているだけで体がくすぐったくなる表情、つい悪戯をしたくなる。鼻でも摘んで膨れっ面にでも変えなければ、その甘い微笑みに取り込まれそうだ。
斎藤は伸ばしたい手を堪えて忍び笑いをした。
「暖かくなったらな」
「はいっ!」
銀座へ行くのがそれほど楽しみか、斎藤はその幸せそうな笑顔の理由はそれだけかと夢主を引き寄せた。
さりげなく体を包むように抱え込んでみるが、元より体を寄せていたからか夢主は気にする素振り無く話し続けた。
「ふふっ、約束覚えてくれてたんですね、何も言わないのにわかってくれるなんてさすがです」
「阿呆、散々顔で訴えたくせによく言う」
「だってわかってくれたじゃありませんか、ふふふっ」
「はっきり言わんと知らんぞ」
「あぁっ、連れて行ってください、一緒に銀座行きましょうよ」
「分かったよ。それから」
「それから?」
「どうするんだ」
「えっ……」
一緒に新聞を覗いていた二人、いつの間にか座る夢主の体はすっかり斎藤に支えられていた。
ようやく気付いた夢主は頬を火照らせて顔を遠ざけた。
「一さっ……」
「随分嬉しそうだな。そんなに嬉しいか」
「うっ……嬉しいですよ、ずっと見たかったんです。それに、一さんと夜の街を歩くのも久しぶりだし……一さんと歩くの、好きです……」
「それで」
「それでって……」
「好きなのはそれだけか」
ニッと細くなる斎藤の目が夢主の体に深く突き刺さる。心の臓に強く突き立てられたような大きな鼓動を感じた。
ここまで密着され目的が分からないほど鈍感ではない。
斎藤は自分に言わせたがっている。
恥じらう一言を言わせようと……そうは悟っても戸惑いなく口に出来る言葉ではない。
「その……」
誘う自らは固く口を閉じ、敢えて厭らしい視線を夢主に向けている。
知り尽くした妻の反応、それを確かめながら斎藤は視線で肌をなぞるようにゆっくりと瞳を動かした。
「目立つ事故だからじゃありませんか」
「まぁな」
事故が起きたのは新橋駅。東京で売られる新聞が刷られるのはすぐ近く。
新聞の発行が事故から間もなくても不思議ではない。
この頃、新聞記事には政府批判が多く、新聞社に密偵が送り込まれていた。
密偵仕事とはいえ斎藤とは全く異なる任務だ。だが斎藤は川路や政府高官と接触する機会がある為、ほかの密偵情報も多少は入ってくる。
現在、政府が最も気を焼いているのは政治犯だ。新聞屋が目を付けられるのもそこにあった。
「新聞を買うのは大いに構わんが、新聞屋には気をつけろよ」
「新聞屋さんにですか、特に深い付き合いは……」
「ならいいが」
困り事に顔を突っ込みがちな夢主が事件に巻き込まれ、あらぬ疑いがかかれば助け出さねばならない。
政治犯絡みの事件ではそれも困難が予想される。
出来れば平穏な日々に身を置いてくれと、斎藤は願った。
「同じ新聞記事なら、こっちの方が面白いぞ」
斎藤はおもむろに別の新聞を取り出し、夢主に覗かせた。
鉄道事故より興味を持ちそうだと持ち帰った一枚だ。
「銀座の瓦斯燈の並びが完成……一さん!」
「あぁ、ついに火が入るそうだ」
夢主は内容を読み上げながら表情を変えた。
瓦斯燈の完成を知らせる記事と気付いた途端、新聞を掴んで斎藤の手から奪っていた。
手を離した斎藤は嬉しそうだ。顔に花を咲かせる夢主を見て頬を緩ませている。
「あの」
分かっている。横浜で交わしたあの約束だろう。
忙しい身を気遣ってか夢主は連れて行ってと言わず、ただはにかんで夫を見上げている。
見ているだけで体がくすぐったくなる表情、つい悪戯をしたくなる。鼻でも摘んで膨れっ面にでも変えなければ、その甘い微笑みに取り込まれそうだ。
斎藤は伸ばしたい手を堪えて忍び笑いをした。
「暖かくなったらな」
「はいっ!」
銀座へ行くのがそれほど楽しみか、斎藤はその幸せそうな笑顔の理由はそれだけかと夢主を引き寄せた。
さりげなく体を包むように抱え込んでみるが、元より体を寄せていたからか夢主は気にする素振り無く話し続けた。
「ふふっ、約束覚えてくれてたんですね、何も言わないのにわかってくれるなんてさすがです」
「阿呆、散々顔で訴えたくせによく言う」
「だってわかってくれたじゃありませんか、ふふふっ」
「はっきり言わんと知らんぞ」
「あぁっ、連れて行ってください、一緒に銀座行きましょうよ」
「分かったよ。それから」
「それから?」
「どうするんだ」
「えっ……」
一緒に新聞を覗いていた二人、いつの間にか座る夢主の体はすっかり斎藤に支えられていた。
ようやく気付いた夢主は頬を火照らせて顔を遠ざけた。
「一さっ……」
「随分嬉しそうだな。そんなに嬉しいか」
「うっ……嬉しいですよ、ずっと見たかったんです。それに、一さんと夜の街を歩くのも久しぶりだし……一さんと歩くの、好きです……」
「それで」
「それでって……」
「好きなのはそれだけか」
ニッと細くなる斎藤の目が夢主の体に深く突き刺さる。心の臓に強く突き立てられたような大きな鼓動を感じた。
ここまで密着され目的が分からないほど鈍感ではない。
斎藤は自分に言わせたがっている。
恥じらう一言を言わせようと……そうは悟っても戸惑いなく口に出来る言葉ではない。
「その……」
誘う自らは固く口を閉じ、敢えて厭らしい視線を夢主に向けている。
知り尽くした妻の反応、それを確かめながら斎藤は視線で肌をなぞるようにゆっくりと瞳を動かした。