33.陸蒸気の景色
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「いつまで笑っている」
「ふふっ、だって……ふふ」
舌打ちするのも面倒だと斎藤は眉間に皺を寄せた。
「すみません、ふふっ、あんな一さんも好きですよ、でも珍しいからつい……貴重なお顔を拝見しました」
「怯えているかと心配したが無用だったな」
「怖かったですよ、指先が震えるくらい……でも、一さんが……ふふふ」
藤田五郎の作り笑顔を目にするなど滅多にない。
珍しい斎藤の表情が愛おしくて、夢主は笑いが止まらなかった。
「これ以上笑うと一日続けるぞ」
「あははっ、やめてくださいっ。なんかくすぐったいです、藤田五郎さん」
「こいつ」
ピクリと眉を動かして、斎藤は歩き出した。
「待ってくださいよ!どこに行くんですか」
「帰るぞ」
「えっ……待って、私、瓦斯燈が見たいです!横浜の夜……汽車の時間も遅くまであるじゃありませんか」
「駄目だ、時間が無い」
「えー、楽しみにしてたんですよ!夜の瓦斯燈」
「瓦斯燈は東京でも見れる」
「でも……」
「いいから行くぞ」
もぅ……と不満はあるが、駅を目指し歩き出す斎藤に不満顔で続くしかない。
横浜へ連れてきてくれて感謝の気持ちしかないが、もう少し遅い時間の陸蒸気でも良いではないか。日が暮れてからの瓦斯燈の並びに未練を残してしまった。
だが夕暮れの帰り道、客車内で夢主は斎藤が急いだ理由を知った。窓から見える景色に息を呑んだ。
真っ赤に染まる田畑や町並み。
多摩川に掛かる六郷橋を渡る時には燃えるように赤い陽が水面に煌めき、夕映えの大河が見る者を感動させた。
橋の上の線路を進みゴトゴト大きな音が響く車内とは全く別の世界、広がる幻想的な景色。
穏やかな空気の流れで静かに波立つ川面がきらきら輝いている。
照り返す光が瞳に映り、時折目を細めてしまう。それでも目を逸らせずに見つめてしまった。
「綺麗……一さん、この景色を……」
「フン。お前が好きそうだ。瓦斯燈は馬車道で見ればいい。銀座にも瓦斯燈の計画があるようだしな」
「聞いた事があります、銀座の瓦斯燈……」
じゃあ完成したら……目を輝かせる夢主に斎藤は諦めたように口角を上げた。
期待に満ちた顔は頬どころか瞳までが赤く染まっている。
こんな顔をされたら逆らえるわけが無いだろう……、自らも夕陽で同じ色に染まっているとは気付かず、斎藤は鋭い目を赤く輝かせた。
「分かったよ、完成したらな」
「わぁっ、約束ですよ!ふふっ、言わなくてもわかってくれるなんて、さすがは一さんです」
「見れば分かるだろう、顔で訴えったくせによく言う」
「ふふっ、バレちゃいましたか」
小さく笑って目が合うと、斎藤の瞳は緋色の空を湛え、燃えるよう耀いている。
ハッとする表情に「どうした」と首を傾げる斎藤だが、自らに映る夢主の瞳で己に見惚れていると察した。
悪い気はしない。
ニッと更に妖しく目を細めてやると、夢主は夕陽に隠れているのをいいことに顔を真っ赤に染めていた。
「川が過ぎちまったな」
目の前の顔に釘付けになるなんて勿体ないんじゃないか、斎藤はおどけるが夢主は幸せそうに微笑んでいる。
「とっても綺麗なものが見えました、一さん……」
「阿呆ぅ」
窓に目を向けず己を見つめる夢主に、斎藤は悪態を付いて顔を逸らした。
自らは窓の外へ視線を移すが、突き刺さる妻の視線は一向に離れない。
斎藤は置かれている猪古令糖の包みに目を向け、今夜はとことん捩じ込んでやると、いつかの悪戯を思い出して照れを隠した。
そんな悪巧みを知ってか知らずか、夢主は柔らかに微笑んでいた。
「ふふっ、だって……ふふ」
舌打ちするのも面倒だと斎藤は眉間に皺を寄せた。
「すみません、ふふっ、あんな一さんも好きですよ、でも珍しいからつい……貴重なお顔を拝見しました」
「怯えているかと心配したが無用だったな」
「怖かったですよ、指先が震えるくらい……でも、一さんが……ふふふ」
藤田五郎の作り笑顔を目にするなど滅多にない。
珍しい斎藤の表情が愛おしくて、夢主は笑いが止まらなかった。
「これ以上笑うと一日続けるぞ」
「あははっ、やめてくださいっ。なんかくすぐったいです、藤田五郎さん」
「こいつ」
ピクリと眉を動かして、斎藤は歩き出した。
「待ってくださいよ!どこに行くんですか」
「帰るぞ」
「えっ……待って、私、瓦斯燈が見たいです!横浜の夜……汽車の時間も遅くまであるじゃありませんか」
「駄目だ、時間が無い」
「えー、楽しみにしてたんですよ!夜の瓦斯燈」
「瓦斯燈は東京でも見れる」
「でも……」
「いいから行くぞ」
もぅ……と不満はあるが、駅を目指し歩き出す斎藤に不満顔で続くしかない。
横浜へ連れてきてくれて感謝の気持ちしかないが、もう少し遅い時間の陸蒸気でも良いではないか。日が暮れてからの瓦斯燈の並びに未練を残してしまった。
だが夕暮れの帰り道、客車内で夢主は斎藤が急いだ理由を知った。窓から見える景色に息を呑んだ。
真っ赤に染まる田畑や町並み。
多摩川に掛かる六郷橋を渡る時には燃えるように赤い陽が水面に煌めき、夕映えの大河が見る者を感動させた。
橋の上の線路を進みゴトゴト大きな音が響く車内とは全く別の世界、広がる幻想的な景色。
穏やかな空気の流れで静かに波立つ川面がきらきら輝いている。
照り返す光が瞳に映り、時折目を細めてしまう。それでも目を逸らせずに見つめてしまった。
「綺麗……一さん、この景色を……」
「フン。お前が好きそうだ。瓦斯燈は馬車道で見ればいい。銀座にも瓦斯燈の計画があるようだしな」
「聞いた事があります、銀座の瓦斯燈……」
じゃあ完成したら……目を輝かせる夢主に斎藤は諦めたように口角を上げた。
期待に満ちた顔は頬どころか瞳までが赤く染まっている。
こんな顔をされたら逆らえるわけが無いだろう……、自らも夕陽で同じ色に染まっているとは気付かず、斎藤は鋭い目を赤く輝かせた。
「分かったよ、完成したらな」
「わぁっ、約束ですよ!ふふっ、言わなくてもわかってくれるなんて、さすがは一さんです」
「見れば分かるだろう、顔で訴えったくせによく言う」
「ふふっ、バレちゃいましたか」
小さく笑って目が合うと、斎藤の瞳は緋色の空を湛え、燃えるよう耀いている。
ハッとする表情に「どうした」と首を傾げる斎藤だが、自らに映る夢主の瞳で己に見惚れていると察した。
悪い気はしない。
ニッと更に妖しく目を細めてやると、夢主は夕陽に隠れているのをいいことに顔を真っ赤に染めていた。
「川が過ぎちまったな」
目の前の顔に釘付けになるなんて勿体ないんじゃないか、斎藤はおどけるが夢主は幸せそうに微笑んでいる。
「とっても綺麗なものが見えました、一さん……」
「阿呆ぅ」
窓に目を向けず己を見つめる夢主に、斎藤は悪態を付いて顔を逸らした。
自らは窓の外へ視線を移すが、突き刺さる妻の視線は一向に離れない。
斎藤は置かれている猪古令糖の包みに目を向け、今夜はとことん捩じ込んでやると、いつかの悪戯を思い出して照れを隠した。
そんな悪巧みを知ってか知らずか、夢主は柔らかに微笑んでいた。