33.陸蒸気の景色
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待ちに待ったその日、斎藤は洋物のシャツに昔ながらの羽織、下は袴という近頃増えた和洋折衷の服装をしていた。
夢主と歩くのに警官姿では目立ってしまう。女連れの警官など不自然だ。
完全な洋装で日本刀を差すのもまた目立つ。ここはひとつ流行りの服用に身を包むことにしたのだ。
斎藤自身は変装でこのような恰好には慣れている。夢主には目新しい夫の姿、普段と違う装いに心掴まれていた。
「どこかおかしいか」
「いぇ、むしろ素敵です……とっても……お似合いで……」
ほんのり赤い顔で言葉を繋ぐ夢主に、斎藤の方が照れを感じてしまった。
わざとらしく喉を鳴らして気を逸らす。
「私もいつもと違う格好で行こうかな……あのワンピース、一さんどう思いますか」
「あれかっ、あれを着るのか。あれは止めておけ」
随分長い間日の目を見ていない夢主の大事な一着。斎藤は思い浮かべて複雑な顔をした。
あれは確かに好ましいが人目に付き過ぎる。まだ時代には合わない。
身に付けるならば俺の目にだけ入れたいものだ。斎藤は眉間に皺を刻んでいた。
「やっぱり駄目ですか……」
「人目を引くからな。そんなに洋装がいいか」
「一さんに合わせようと思っただけですよ、私もシャツに袴を合わせたらいいのかな」
「お前はそのままで構わんさ、変にめかしこんでは人目を引いて仕方ない。お前はただでさえ目立つんだよ」
「わっ……」
そのままがいい……斎藤は夢主に手を回しグッと引き寄せた。唇が触れそうな程近付き、互いの息が掛かる。
途端に顔が熱くなる夢主を笑って、斎藤は手を離した。
「さぁ行くぞ、時間だ」
「はぃ」
二人が陸蒸気に乗り込むのは新橋の駅。そこから横浜まで陸蒸気に揺られるのだ。
黒く巨大な機関車はそこにあるだけで人々の心を魅了する。
乗り込まぬ者も嬉しそうに列車を眺め笑顔を送っていた。
「乗るのは初めてか」
「はい、蒸気機関車なんて初めてです……きっと」
自分のことを適当に答え、夢主は笑った。
走り出すと蒸気を上げる音に装置が駆動する音が競い合って響き、体中に揺れが伝わる。
何年も前、突然壬生の屯所で目覚める以前、本来の世界で当たり前のように鉄道を利用していたはずだ。
陸蒸気が伝える振動が眠る記憶に触れたのか、体中の毛穴が粟立った。そして隣に座る斎藤に指摘され、頬を濡らしているものに気が付いた。
「お前、泣いてるぞ」
はっとして頬に触れると冷たい雫が指先を濡らした。
へへっと笑いながら拭い、目の前の穏やかな顔に大丈夫ですと告げた。
「感動でもしたか」
「はい……感慨深くて、何だか懐かしい気がして……」
「そうか。横浜の町はハイカラな建物が多い。店も歩く人も、お前には懐かしいかも知れんな」
嬉しそうに頷いて、夢主は揺れに身を任せた。
勢いよく流れていく景色。大きな川を越える時には車内から歓声が上がった。
そんな賑やかな車内の空気と窓からの景色を楽しんでいると、突然大きな汽笛の音が鳴り、夢主は驚いて無意識に斎藤の手を握った。
ニッと口元を吊り上げ、握られた手をスッと入れ替えて握り返す。汽笛に驚いた夢主が面白かったのか斎藤の顔が緩んでいた。
二人は横浜に到着するまで、いつもと違う時間を楽しんだ。
横浜の駅に着いても夢主の興奮はおさまらない。
忙しく首を振って右や左を見て回る。どこから見てもお上りさんだ。だが、横浜の町を視察するには怪しまれない良き同行者だった。
夢主と歩くのに警官姿では目立ってしまう。女連れの警官など不自然だ。
完全な洋装で日本刀を差すのもまた目立つ。ここはひとつ流行りの服用に身を包むことにしたのだ。
斎藤自身は変装でこのような恰好には慣れている。夢主には目新しい夫の姿、普段と違う装いに心掴まれていた。
「どこかおかしいか」
「いぇ、むしろ素敵です……とっても……お似合いで……」
ほんのり赤い顔で言葉を繋ぐ夢主に、斎藤の方が照れを感じてしまった。
わざとらしく喉を鳴らして気を逸らす。
「私もいつもと違う格好で行こうかな……あのワンピース、一さんどう思いますか」
「あれかっ、あれを着るのか。あれは止めておけ」
随分長い間日の目を見ていない夢主の大事な一着。斎藤は思い浮かべて複雑な顔をした。
あれは確かに好ましいが人目に付き過ぎる。まだ時代には合わない。
身に付けるならば俺の目にだけ入れたいものだ。斎藤は眉間に皺を刻んでいた。
「やっぱり駄目ですか……」
「人目を引くからな。そんなに洋装がいいか」
「一さんに合わせようと思っただけですよ、私もシャツに袴を合わせたらいいのかな」
「お前はそのままで構わんさ、変にめかしこんでは人目を引いて仕方ない。お前はただでさえ目立つんだよ」
「わっ……」
そのままがいい……斎藤は夢主に手を回しグッと引き寄せた。唇が触れそうな程近付き、互いの息が掛かる。
途端に顔が熱くなる夢主を笑って、斎藤は手を離した。
「さぁ行くぞ、時間だ」
「はぃ」
二人が陸蒸気に乗り込むのは新橋の駅。そこから横浜まで陸蒸気に揺られるのだ。
黒く巨大な機関車はそこにあるだけで人々の心を魅了する。
乗り込まぬ者も嬉しそうに列車を眺め笑顔を送っていた。
「乗るのは初めてか」
「はい、蒸気機関車なんて初めてです……きっと」
自分のことを適当に答え、夢主は笑った。
走り出すと蒸気を上げる音に装置が駆動する音が競い合って響き、体中に揺れが伝わる。
何年も前、突然壬生の屯所で目覚める以前、本来の世界で当たり前のように鉄道を利用していたはずだ。
陸蒸気が伝える振動が眠る記憶に触れたのか、体中の毛穴が粟立った。そして隣に座る斎藤に指摘され、頬を濡らしているものに気が付いた。
「お前、泣いてるぞ」
はっとして頬に触れると冷たい雫が指先を濡らした。
へへっと笑いながら拭い、目の前の穏やかな顔に大丈夫ですと告げた。
「感動でもしたか」
「はい……感慨深くて、何だか懐かしい気がして……」
「そうか。横浜の町はハイカラな建物が多い。店も歩く人も、お前には懐かしいかも知れんな」
嬉しそうに頷いて、夢主は揺れに身を任せた。
勢いよく流れていく景色。大きな川を越える時には車内から歓声が上がった。
そんな賑やかな車内の空気と窓からの景色を楽しんでいると、突然大きな汽笛の音が鳴り、夢主は驚いて無意識に斎藤の手を握った。
ニッと口元を吊り上げ、握られた手をスッと入れ替えて握り返す。汽笛に驚いた夢主が面白かったのか斎藤の顔が緩んでいた。
二人は横浜に到着するまで、いつもと違う時間を楽しんだ。
横浜の駅に着いても夢主の興奮はおさまらない。
忙しく首を振って右や左を見て回る。どこから見てもお上りさんだ。だが、横浜の町を視察するには怪しまれない良き同行者だった。