33.陸蒸気の景色
夢主名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「どうしたかね」
「っ、いえ、あの……驚いただけで……」
「そうかい。しかしこんなにでっかい籠だとは思わなかったな、分かってりゃあ俺が取りに行ったんだ。この上着はアイツにちょうど良さそうだな」
「あいつ……」
越路郎は籠を下ろして一番上に乗る綿入りの羽織を手に取った。若い娘に似合いそうな、愛らしい女物の羽織だ。
大きい体の男が両手で広げると、羽織は何とも小さく見える。
隅々まで素早く眺め、嬉しそうに羽織を丸めて籠に押し込んで夢主に笑いかけた。
「娘さ。子供ってのはぁ、あっという間に大きくなるからな。着物は何枚あってもありがたい。婆さんがいらねぇっていうから貰っちまったのさ。なぁアンタ、折角だ。礼も兼ねて飯でも食っていくといい」
「いえっ、私はまだ……その、これから用事が……」
「お父さーーーん!!早く来てよ!!」
越路郎の誘いを断わろうとした時、父を呼ぶ声が響いた。
夢主は息を呑んで耳を澄ました。
この男の娘、神谷薫だ。姿を見せて関わるには時期が早い、慌てる心とは裏腹に体は驚きで硬直していた。
「あぁすまん!今行く!……これから用事なのかい、急ぎか」
「はっ……はい、あのっ……すぐ近所なので、またそのうちにでも……」
余計な事を口走ってしまった。同じく道場を営む沖田の話を知れば興味を持ってしまうだろう。
もしかしたら既に大家の婆から聞いているかもしれない。
どう誤魔化せば……夢主が取り乱していると、越路郎は理由は分からないが何やらこの場にいたくないのを察し、爽やかに笑った。
「ははっ、構わんさ。突然悪かったな、若い娘さんを困らせては罰が当たるぜ。婆さんに宜しくな、困った事があればいつでも呼んでくれと伝えて欲しい。もちろんアンタも困ったらいつでも来てくれよ」
「はぃ……ありがとうございます……」
初対面の者にも飾らず本音で向き合う越路郎。何と人徳のある男なのか、夢主は見惚れていた。
この真っ直ぐな性格がそのまま娘の薫にも受け継がれるのだろう。記憶に残る薫の瞳と同じ光を湛え、爛然と輝く力強い瞳がその性格を物語っている。
……いつかきっと、この人も一さんと出会うんだ……
自分は知らぬ物語がこの人と夫の間に……、夢主は思い巡らせて曇り一つない男の笑顔を見上げた。
やがて待ちきれなくなったのか、屋敷の廊下を走る元気な足音が近付いてきて、夢主は正気を取り戻した。
「ではっ私はこれで!失礼いたします」
頭を下げて立ち去る背中に、活発な声が聞こえた。
「お父さん、お客さん?帰っちゃうの?」
「あぁ、人はみな忙しいのさ。世話になった礼は次の機会だ。さぁ俺達も忙しいだろう、道場へ戻るぞ」
「うん!今日こそ奥義を教えてよね!」
「ははっ、まだ早いだろう、もっと腕の振りが早くなければアレは使えん」
「だったら素振りする!百回?二百回?」
「千回だ」
「分かった、千回ね!行って来る!」
「おいおい、冗談だぞ、昼飯が遅くなっちまう!」
楽しそうな親子の会話は歩くうち耳に届かなくなった。
母はいなくとも父と娘、賑やかに暮らしているようだ。時々淋しさが込み上げるかも知れないが、きっと幸せな毎日なのだろう。
夢主は歩みを止めて真っ直ぐに来た道を振り返った。
道場屋敷の門は相変わらず開いたままだ。来る者は誰でも受け入れよう、そんな越路郎の心を感じる。
既に二人の姿はなく、夢主は体を戻して歩き始めた。
「っ、いえ、あの……驚いただけで……」
「そうかい。しかしこんなにでっかい籠だとは思わなかったな、分かってりゃあ俺が取りに行ったんだ。この上着はアイツにちょうど良さそうだな」
「あいつ……」
越路郎は籠を下ろして一番上に乗る綿入りの羽織を手に取った。若い娘に似合いそうな、愛らしい女物の羽織だ。
大きい体の男が両手で広げると、羽織は何とも小さく見える。
隅々まで素早く眺め、嬉しそうに羽織を丸めて籠に押し込んで夢主に笑いかけた。
「娘さ。子供ってのはぁ、あっという間に大きくなるからな。着物は何枚あってもありがたい。婆さんがいらねぇっていうから貰っちまったのさ。なぁアンタ、折角だ。礼も兼ねて飯でも食っていくといい」
「いえっ、私はまだ……その、これから用事が……」
「お父さーーーん!!早く来てよ!!」
越路郎の誘いを断わろうとした時、父を呼ぶ声が響いた。
夢主は息を呑んで耳を澄ました。
この男の娘、神谷薫だ。姿を見せて関わるには時期が早い、慌てる心とは裏腹に体は驚きで硬直していた。
「あぁすまん!今行く!……これから用事なのかい、急ぎか」
「はっ……はい、あのっ……すぐ近所なので、またそのうちにでも……」
余計な事を口走ってしまった。同じく道場を営む沖田の話を知れば興味を持ってしまうだろう。
もしかしたら既に大家の婆から聞いているかもしれない。
どう誤魔化せば……夢主が取り乱していると、越路郎は理由は分からないが何やらこの場にいたくないのを察し、爽やかに笑った。
「ははっ、構わんさ。突然悪かったな、若い娘さんを困らせては罰が当たるぜ。婆さんに宜しくな、困った事があればいつでも呼んでくれと伝えて欲しい。もちろんアンタも困ったらいつでも来てくれよ」
「はぃ……ありがとうございます……」
初対面の者にも飾らず本音で向き合う越路郎。何と人徳のある男なのか、夢主は見惚れていた。
この真っ直ぐな性格がそのまま娘の薫にも受け継がれるのだろう。記憶に残る薫の瞳と同じ光を湛え、爛然と輝く力強い瞳がその性格を物語っている。
……いつかきっと、この人も一さんと出会うんだ……
自分は知らぬ物語がこの人と夫の間に……、夢主は思い巡らせて曇り一つない男の笑顔を見上げた。
やがて待ちきれなくなったのか、屋敷の廊下を走る元気な足音が近付いてきて、夢主は正気を取り戻した。
「ではっ私はこれで!失礼いたします」
頭を下げて立ち去る背中に、活発な声が聞こえた。
「お父さん、お客さん?帰っちゃうの?」
「あぁ、人はみな忙しいのさ。世話になった礼は次の機会だ。さぁ俺達も忙しいだろう、道場へ戻るぞ」
「うん!今日こそ奥義を教えてよね!」
「ははっ、まだ早いだろう、もっと腕の振りが早くなければアレは使えん」
「だったら素振りする!百回?二百回?」
「千回だ」
「分かった、千回ね!行って来る!」
「おいおい、冗談だぞ、昼飯が遅くなっちまう!」
楽しそうな親子の会話は歩くうち耳に届かなくなった。
母はいなくとも父と娘、賑やかに暮らしているようだ。時々淋しさが込み上げるかも知れないが、きっと幸せな毎日なのだろう。
夢主は歩みを止めて真っ直ぐに来た道を振り返った。
道場屋敷の門は相変わらず開いたままだ。来る者は誰でも受け入れよう、そんな越路郎の心を感じる。
既に二人の姿はなく、夢主は体を戻して歩き始めた。