33.陸蒸気の景色
夢主名前設定
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夢主が稀に訪れる場所があった。
沖田が世話になる大家の婆の住まう家だ。出掛けるついでに沖田の代わりに家賃を届ける月がある。
滅多に歩かない道も何度目か。何度か歩けば記憶に残る。
しかしこの日は伝言を頼りに見知らぬ通りを進んでいた。
大家の婆から届け物を預かったのだ。
まだまだ元気な婆だが足腰の強さは若い夢主には及ばない。不要の品を譲る為、知人の家まで婆の代わりに大きな荷物を運んでいた。
「大きい三つ目の十字路で右に……わっ、すみません」
顔が隠れそうなほど大きな荷物を両手で運ぶ。時折、人にぶつかりそうになっては、小さく頭を下げてやり過ごしていた。
大きな籐の籠、その中には古着が何枚か詰め込まれ、綿入りの羽織が蓋をするように乗せられている。
隙間を埋めるように、庶民には貴重な番傘が一本差さっていた。
「もう着くはず……真っ直ぐ行って突き当たる大きな道場、そこのご主人に……」
婆から聞いた道順を忘れないようぶつぶつ呟きながら歩き、目的地らしき屋敷を見つけて足を速めた。
辿り着いたのは道場の入り口ではなく屋敷の正面。門のそばに道場の看板は無く、間違いないか戸惑うが、やって来た道順は正しいはずだ。
幸い門は開いている。呼びかければ道場の人間が出てくるだろう。
「ぅわっ……とっと」
声を張る為に荷物を持ち直して体勢を整えようとするが、門戸をくぐるように夢主はつんのめった。
ぐらついた体で大きな荷は抱えきれず、安定を失った籠は大きく傾いた。
「ひぁあっ」
荷物の上に転べば籐の籠が壊れてしまう。夢主はせめて籠は守ろうと転びながら両手を持ち上げた。体から先に地面に落ちる覚悟をすると不意に手が軽くなり、体の傾きも止まった。
荷物が手から離れ、体は転ばぬよう太くごつい腕に支えられていた。
「おぉっと大丈夫かい」
「わぁぁっ、あのっ」
「あぁ、婆さんからのお届けもんだな、アンタが届けてくれたのかい」
「はっ、はい……あの……」
助けてくれたのは夫の斎藤よりも一回りは年上だろうか、質実剛健なさまが顔立ちに表れた男だった。
はっきりした顔立ちの男は転びかけた夢主の体を軽々と起こした。反対の腕は咄嗟に肩に担いだ籠を支えている。
夢主は男の力強さに驚いてその姿を見上げていた。瞬時に手を伸ばした反射も驚くものがある。
稽古着に身を包んでいるが、分厚い筋肉が見て取れた。
「俺が受取人さ、神谷越路郎、ここの道場主だ」
「神谷っ……」
神谷と聞いて夢主は更に目を丸くした。越路郎の名は初めて聞く夢主。
しかしこの辺りで神谷の名が付く道場と言えば思い付くのはひとつ。
「神谷道場……」
「あぁ、俺が起こした流儀、神谷活心流の道場さ」
「活心流!」
「聞いたことあるかい、まぁねぇだろうな、はははっ!」
「いえ、神谷活心流は……」
良く知っている。答えそうになるが、脳裏に浮かぶ様々な出来事に言葉を飲み込んだ。
この人物は間違いなく神谷薫の父、そして西南戦争で戦死したと伝わる男。
いずれこの道場にやって来る緋村剣心。彼を再び戦いへ導く自分の夫、斎藤一……。
斎藤もこの男も西南戦争では抜刀隊に所属するはずだ。
もしこの神谷越路郎が西南戦争へ出向かなければどうなるのだろう。人を活かすことに人生を掛けたのなら戦を見て見ぬ振りは出来ない性質か。
ならば戦に出て斎藤と共に生きて戻った時、それ以降どうなるか。大きな変化が生まれるかもしれない。
神谷道場に訪れる危機は心配無用か。
そうなれば緋村剣心がこの場へやって来るのかも分からず、関わりを持ったとして道場に留まるか疑問が生まれる。
沖田が世話になる大家の婆の住まう家だ。出掛けるついでに沖田の代わりに家賃を届ける月がある。
滅多に歩かない道も何度目か。何度か歩けば記憶に残る。
しかしこの日は伝言を頼りに見知らぬ通りを進んでいた。
大家の婆から届け物を預かったのだ。
まだまだ元気な婆だが足腰の強さは若い夢主には及ばない。不要の品を譲る為、知人の家まで婆の代わりに大きな荷物を運んでいた。
「大きい三つ目の十字路で右に……わっ、すみません」
顔が隠れそうなほど大きな荷物を両手で運ぶ。時折、人にぶつかりそうになっては、小さく頭を下げてやり過ごしていた。
大きな籐の籠、その中には古着が何枚か詰め込まれ、綿入りの羽織が蓋をするように乗せられている。
隙間を埋めるように、庶民には貴重な番傘が一本差さっていた。
「もう着くはず……真っ直ぐ行って突き当たる大きな道場、そこのご主人に……」
婆から聞いた道順を忘れないようぶつぶつ呟きながら歩き、目的地らしき屋敷を見つけて足を速めた。
辿り着いたのは道場の入り口ではなく屋敷の正面。門のそばに道場の看板は無く、間違いないか戸惑うが、やって来た道順は正しいはずだ。
幸い門は開いている。呼びかければ道場の人間が出てくるだろう。
「ぅわっ……とっと」
声を張る為に荷物を持ち直して体勢を整えようとするが、門戸をくぐるように夢主はつんのめった。
ぐらついた体で大きな荷は抱えきれず、安定を失った籠は大きく傾いた。
「ひぁあっ」
荷物の上に転べば籐の籠が壊れてしまう。夢主はせめて籠は守ろうと転びながら両手を持ち上げた。体から先に地面に落ちる覚悟をすると不意に手が軽くなり、体の傾きも止まった。
荷物が手から離れ、体は転ばぬよう太くごつい腕に支えられていた。
「おぉっと大丈夫かい」
「わぁぁっ、あのっ」
「あぁ、婆さんからのお届けもんだな、アンタが届けてくれたのかい」
「はっ、はい……あの……」
助けてくれたのは夫の斎藤よりも一回りは年上だろうか、質実剛健なさまが顔立ちに表れた男だった。
はっきりした顔立ちの男は転びかけた夢主の体を軽々と起こした。反対の腕は咄嗟に肩に担いだ籠を支えている。
夢主は男の力強さに驚いてその姿を見上げていた。瞬時に手を伸ばした反射も驚くものがある。
稽古着に身を包んでいるが、分厚い筋肉が見て取れた。
「俺が受取人さ、神谷越路郎、ここの道場主だ」
「神谷っ……」
神谷と聞いて夢主は更に目を丸くした。越路郎の名は初めて聞く夢主。
しかしこの辺りで神谷の名が付く道場と言えば思い付くのはひとつ。
「神谷道場……」
「あぁ、俺が起こした流儀、神谷活心流の道場さ」
「活心流!」
「聞いたことあるかい、まぁねぇだろうな、はははっ!」
「いえ、神谷活心流は……」
良く知っている。答えそうになるが、脳裏に浮かぶ様々な出来事に言葉を飲み込んだ。
この人物は間違いなく神谷薫の父、そして西南戦争で戦死したと伝わる男。
いずれこの道場にやって来る緋村剣心。彼を再び戦いへ導く自分の夫、斎藤一……。
斎藤もこの男も西南戦争では抜刀隊に所属するはずだ。
もしこの神谷越路郎が西南戦争へ出向かなければどうなるのだろう。人を活かすことに人生を掛けたのなら戦を見て見ぬ振りは出来ない性質か。
ならば戦に出て斎藤と共に生きて戻った時、それ以降どうなるか。大きな変化が生まれるかもしれない。
神谷道場に訪れる危機は心配無用か。
そうなれば緋村剣心がこの場へやって来るのかも分からず、関わりを持ったとして道場に留まるか疑問が生まれる。