32.追想
夢主名前設定
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東京へ着いたばかりの緋村だが、要人にも顔が利く幕末の重要人物だ。
今夜眠る場所は旧知の志士仲間の世話にでもなるのか。
「今夜の行くあてはあるんですか」
「浅草の方へ行こうと思う。大川があるだろう、あの辺りだ」
「川、もしかして橋の下で寝るつもりですか、寒いですよ……」
「慣れているから大丈夫でござるよ」
本当に橋の下で眠るらしい。慣れていると語るわりには、どこか寂しそうだ。
良ければ家に……誘いたいがそれはさすがに出来ない。この先を思えば、沖田の屋敷にも泊めてはいけないだろう。
寒空の下、冷たい川風吹き付ける橋のたもとで眠る彼に暖かい寝床を提供できないか。
夢主が考えあぐねていると、緋村はその優しさを察して「ははっ」と笑った。
「気にすることはない、夢主殿の世話になる訳にはいかない。心配いらないでござるよ。それより夢主殿こそ送らなくて本当に良いのか」
「えぇ、お気持ちは嬉しいんですけどその……旦那様はやきもち妬きなので、もしご近所様から話が伝わると……」
「それはいかんでござるな。気を付けて」
「はい……あの、明日は朝早いんですか」
「目が覚めたら旅立つつもりだ」
「早いんですね……東海道を行かれますか」
「拙者は中山道を行くつもりだ。大きな川を越えなくていいから目途が立ちやすい」
「そうですか……あの、お気をつけて」
「あぁ」
短く応じたものの、夜更けに女の一人歩きはさせられない。
緋村は気配を消して歩き出した夢主の後を追い、無事を見届けた。夢主は沖田の屋敷を通り抜けた。その屋敷に入るところまでを見届けたのだ。
「ここは……道場でござるか。そういえば沖田総司と共にいたな。旦那というのはまさか……いや、違うと言っていたはずだ。詮索はよそう」
別れとはあっけないものだ。
消えて行った夢主の姿に心の声で別れを告げ、緋村はすっかり暗くなった道を歩き出した。人を斬る為に夜道に出ていたあの頃とは違う、ほろ酔いの一人道。
悪くない……緋村は温まった体で、寒い橋の下を目指した。
冬の夜明けは少し遅い。充分過ぎるほど眠れるだろう。
朝には返すつもりで川辺の舟から身を包む薦を拝借し、冷たい空気の中で目を閉じた。
次に目を開いた時には辺りが薄明るかった。
川辺を覆う霧が消え始めており、やがて朝日が目の前の大きな川を幻想的に照らした。
大きく息を吸い込むと冷たい空気が体中に回り、眠気は一切残らなかった。
まだ人の気配がない町。
道を行き、店が開くころに街道の茶屋で朝飯を取れば良い。そう思い中山道へ続く道を目指した。
浅草から抜け出て街道に続く道を目指す途中、緋村は思わぬ見送りを受けた。
「緋村さん!」
「夢主殿……こんな朝早くにどうした」
振り返ると昨夜共に酒を楽しんだ夢主が駆けてくる。
辿り着いた夢主は乱れた息を整えようと、話が出来るまで大きく肩を揺らした。
「へへっ、ちょっと、頑張りました……」
「まさか見送りなど……」
「ここを通ると思ってました、渡したいものがあって……これ、道中で……」
「これは……」
息が整い切らない夢主は途切れ途切れに伝えて小さな包みを渡した。
手に取ると大きさの割にずしりと重たい。緋村は首を傾げて包みに触れた。
「おにぎりです。お腹が空くでしょう、健脚の緋村さんでも食べなくちゃ……佐賀は遠いです。お気をつけて……」
「ありがとう、助かるでござるよ。夢主殿とはまた会えそうな気がするな」
「私もです。また……いつか旦那様にも会ってください」
放っておいても出会う二人だ。
でも騒動が過ぎた後でいいから、夫と緋村と平和に盃を掲げたい。
今はちょっと想像つかないけれど……。
「是非そうしたいものだな。握り飯、ありがたく頂くでござる」
今度こそ別れの時。
再会の予感を抱いて緋村は中山道を歩き始めた。
昨夜見送りを決めた夢主は起きられないと困ると思い、あれからずっと起きていた。目の下の隈を指摘されなかったのは幸い。
日が高く昇るまで寝てしまおう、そんなことを考えて、大きな欠伸をしながらふらふらと家路を急いだ。
今夜眠る場所は旧知の志士仲間の世話にでもなるのか。
「今夜の行くあてはあるんですか」
「浅草の方へ行こうと思う。大川があるだろう、あの辺りだ」
「川、もしかして橋の下で寝るつもりですか、寒いですよ……」
「慣れているから大丈夫でござるよ」
本当に橋の下で眠るらしい。慣れていると語るわりには、どこか寂しそうだ。
良ければ家に……誘いたいがそれはさすがに出来ない。この先を思えば、沖田の屋敷にも泊めてはいけないだろう。
寒空の下、冷たい川風吹き付ける橋のたもとで眠る彼に暖かい寝床を提供できないか。
夢主が考えあぐねていると、緋村はその優しさを察して「ははっ」と笑った。
「気にすることはない、夢主殿の世話になる訳にはいかない。心配いらないでござるよ。それより夢主殿こそ送らなくて本当に良いのか」
「えぇ、お気持ちは嬉しいんですけどその……旦那様はやきもち妬きなので、もしご近所様から話が伝わると……」
「それはいかんでござるな。気を付けて」
「はい……あの、明日は朝早いんですか」
「目が覚めたら旅立つつもりだ」
「早いんですね……東海道を行かれますか」
「拙者は中山道を行くつもりだ。大きな川を越えなくていいから目途が立ちやすい」
「そうですか……あの、お気をつけて」
「あぁ」
短く応じたものの、夜更けに女の一人歩きはさせられない。
緋村は気配を消して歩き出した夢主の後を追い、無事を見届けた。夢主は沖田の屋敷を通り抜けた。その屋敷に入るところまでを見届けたのだ。
「ここは……道場でござるか。そういえば沖田総司と共にいたな。旦那というのはまさか……いや、違うと言っていたはずだ。詮索はよそう」
別れとはあっけないものだ。
消えて行った夢主の姿に心の声で別れを告げ、緋村はすっかり暗くなった道を歩き出した。人を斬る為に夜道に出ていたあの頃とは違う、ほろ酔いの一人道。
悪くない……緋村は温まった体で、寒い橋の下を目指した。
冬の夜明けは少し遅い。充分過ぎるほど眠れるだろう。
朝には返すつもりで川辺の舟から身を包む薦を拝借し、冷たい空気の中で目を閉じた。
次に目を開いた時には辺りが薄明るかった。
川辺を覆う霧が消え始めており、やがて朝日が目の前の大きな川を幻想的に照らした。
大きく息を吸い込むと冷たい空気が体中に回り、眠気は一切残らなかった。
まだ人の気配がない町。
道を行き、店が開くころに街道の茶屋で朝飯を取れば良い。そう思い中山道へ続く道を目指した。
浅草から抜け出て街道に続く道を目指す途中、緋村は思わぬ見送りを受けた。
「緋村さん!」
「夢主殿……こんな朝早くにどうした」
振り返ると昨夜共に酒を楽しんだ夢主が駆けてくる。
辿り着いた夢主は乱れた息を整えようと、話が出来るまで大きく肩を揺らした。
「へへっ、ちょっと、頑張りました……」
「まさか見送りなど……」
「ここを通ると思ってました、渡したいものがあって……これ、道中で……」
「これは……」
息が整い切らない夢主は途切れ途切れに伝えて小さな包みを渡した。
手に取ると大きさの割にずしりと重たい。緋村は首を傾げて包みに触れた。
「おにぎりです。お腹が空くでしょう、健脚の緋村さんでも食べなくちゃ……佐賀は遠いです。お気をつけて……」
「ありがとう、助かるでござるよ。夢主殿とはまた会えそうな気がするな」
「私もです。また……いつか旦那様にも会ってください」
放っておいても出会う二人だ。
でも騒動が過ぎた後でいいから、夫と緋村と平和に盃を掲げたい。
今はちょっと想像つかないけれど……。
「是非そうしたいものだな。握り飯、ありがたく頂くでござる」
今度こそ別れの時。
再会の予感を抱いて緋村は中山道を歩き始めた。
昨夜見送りを決めた夢主は起きられないと困ると思い、あれからずっと起きていた。目の下の隈を指摘されなかったのは幸い。
日が高く昇るまで寝てしまおう、そんなことを考えて、大きな欠伸をしながらふらふらと家路を急いだ。