32.追想
夢主名前設定
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夢主にも巴の本心は分からない。だが女としてひとつ感じるものがある。
巴に決して愛がなかったわけではない、そう感じていた。
始まりは確かに復讐だったかもしれない。
だけど共に過ごすうち、緋村の優しさを、儚さを知ったはずだ。
そして自らの素性を語るに至った。
日記を残していったのは緋村に知って欲しかったのかもしれない。
自分の大切なものを奪ったのが貴方だと、割り切れない思いを伝えたかったのかもしれない。
大切なものを奪った貴方。
それなのに、仇である貴方を愛してしまった自分を、嘘では無いと知って欲しかったのではないか。
言葉で伝えなかったのは傷つく姿を見たくない優しさか、ずるさか……巴の弱さかもしれない。
恐らくは厳しく躾けられた気高い武家の娘。同情や策の為に肌を許しはしないだろう。
そこまでは訊けないけれど、巴が緋村に京へ来た理由を話した夜、二人はきっと情を通じた。
最後に命を投げ出したのは先に逝ってしまった許婚に会いに行く為、そうではなくて。
今、目の前で散ってしまいそうな愛しい人を守りたかっただけ。
自分なら、そうでなければ凶刃に飛び込めなどしない。
新しい世を夢見る、その力を持つ若者の命を繋ぐことが出来た。
愛しい人を守ることが出来た。
一度、素直になれない自分のせいで大切な人を失ってしまった。
自らを責めていた巴が、今度は素直に話をすることが叶い、その身を救うことも出来たのだ。
何より、最後に笑うことが出来た。
ずっと笑いたかったのに、上手く笑えずに大切な人を引き止められなかった自分、哀しいけれど、最期の時に幸せに満ちた顔で微笑むことが出来た。
だから自分はいなくなってしまうけれど、笑顔をくれた貴方が、今度は新しい時代で幸せに笑っていられますように……
忘れてられてしまうのは寂しいけれど、頬の傷が消える頃にはどうか私のことは思い出に変えて、新しい幸せを見つけて、笑っていてください……
そんな願いの中、旅立ったのではないか……
「夢主殿……」
「ごっ、ごめんなさい、私が泣いては駄目ですね、でも巴さんは……本当に緋村さんと過ごした時を良かったと……感じたはずです……」
緋村と巴の想いを探るうち、気持ちが昂り涙がこぼれてしまった。哀しくとも最期の笑顔は本物だったはず。
辛い当事者が泣くのを堪えているのに申し訳ないと、夢主は目元を拭った。
「っ……緋村さんはこれからどうされるんですか、暫く東京にいるおつもりで……」
「いや、最近佐賀で起きた騒動がなかなか治まらずにいると聞く。拙者は一度この目で見るべきだと思っている」
泣き止んだ夢主が空気を変えようと振った話題に、思わぬ答えが返ってきた。声はすっかり元の陽気さを取り戻している。
斎藤を忙しくさせている原因の一つ、佐賀の乱。
確かに混乱の地には救いを求める者がいる。しかしそこは遥か西の地。
緋村が本当に全国を流れているのだと思い知らされた。
「佐賀って遠いですよ、船に乗られるんですか」
「いやぁ、船は……」
ははっと苦笑いで頭を掻いた。
船賃は高い。流浪の身分には少々厳しいでござる、そんな本音を隠していた。
「幸い拙者は足が強い。京までも数日で行ける足だ。佐賀は遠いが十日もあれば着くだろう」
「十日!緋村さん本当に凄い……」
十日とは言い過ぎただろうか。
道行きが良ければ無理ではないだろう。剣心は頭の中で佐賀までの道を考えて頷いた。
「ははっ、体だけが取り柄でござるからな。十日の後に騒動は治まっているかもしれぬが、それでも周辺の民は巻き添えを食って困っているだろう。拙者はそんな人達を少しでも手助けできたらと思うんだ」
「流儀の理に則って……」
「そんな大層なものではござらんよ、だがこの力のおかげで救えるものもある。感謝しているでござる」
「私には真似できません……緋村さん……」
頑張ってなど軽い言葉で励まして良いものか、迷ってしまう程に緋村が決めた行動は大変なものだった。
「ありがとう、夢主殿」
夢主の気持ちに気付いた緋村は笑顔を見せた。
二人は暫くの間、互いに差しさわりのない身の上話や世間話をして、やがて店を出た。
巴に決して愛がなかったわけではない、そう感じていた。
始まりは確かに復讐だったかもしれない。
だけど共に過ごすうち、緋村の優しさを、儚さを知ったはずだ。
そして自らの素性を語るに至った。
日記を残していったのは緋村に知って欲しかったのかもしれない。
自分の大切なものを奪ったのが貴方だと、割り切れない思いを伝えたかったのかもしれない。
大切なものを奪った貴方。
それなのに、仇である貴方を愛してしまった自分を、嘘では無いと知って欲しかったのではないか。
言葉で伝えなかったのは傷つく姿を見たくない優しさか、ずるさか……巴の弱さかもしれない。
恐らくは厳しく躾けられた気高い武家の娘。同情や策の為に肌を許しはしないだろう。
そこまでは訊けないけれど、巴が緋村に京へ来た理由を話した夜、二人はきっと情を通じた。
最後に命を投げ出したのは先に逝ってしまった許婚に会いに行く為、そうではなくて。
今、目の前で散ってしまいそうな愛しい人を守りたかっただけ。
自分なら、そうでなければ凶刃に飛び込めなどしない。
新しい世を夢見る、その力を持つ若者の命を繋ぐことが出来た。
愛しい人を守ることが出来た。
一度、素直になれない自分のせいで大切な人を失ってしまった。
自らを責めていた巴が、今度は素直に話をすることが叶い、その身を救うことも出来たのだ。
何より、最後に笑うことが出来た。
ずっと笑いたかったのに、上手く笑えずに大切な人を引き止められなかった自分、哀しいけれど、最期の時に幸せに満ちた顔で微笑むことが出来た。
だから自分はいなくなってしまうけれど、笑顔をくれた貴方が、今度は新しい時代で幸せに笑っていられますように……
忘れてられてしまうのは寂しいけれど、頬の傷が消える頃にはどうか私のことは思い出に変えて、新しい幸せを見つけて、笑っていてください……
そんな願いの中、旅立ったのではないか……
「夢主殿……」
「ごっ、ごめんなさい、私が泣いては駄目ですね、でも巴さんは……本当に緋村さんと過ごした時を良かったと……感じたはずです……」
緋村と巴の想いを探るうち、気持ちが昂り涙がこぼれてしまった。哀しくとも最期の笑顔は本物だったはず。
辛い当事者が泣くのを堪えているのに申し訳ないと、夢主は目元を拭った。
「っ……緋村さんはこれからどうされるんですか、暫く東京にいるおつもりで……」
「いや、最近佐賀で起きた騒動がなかなか治まらずにいると聞く。拙者は一度この目で見るべきだと思っている」
泣き止んだ夢主が空気を変えようと振った話題に、思わぬ答えが返ってきた。声はすっかり元の陽気さを取り戻している。
斎藤を忙しくさせている原因の一つ、佐賀の乱。
確かに混乱の地には救いを求める者がいる。しかしそこは遥か西の地。
緋村が本当に全国を流れているのだと思い知らされた。
「佐賀って遠いですよ、船に乗られるんですか」
「いやぁ、船は……」
ははっと苦笑いで頭を掻いた。
船賃は高い。流浪の身分には少々厳しいでござる、そんな本音を隠していた。
「幸い拙者は足が強い。京までも数日で行ける足だ。佐賀は遠いが十日もあれば着くだろう」
「十日!緋村さん本当に凄い……」
十日とは言い過ぎただろうか。
道行きが良ければ無理ではないだろう。剣心は頭の中で佐賀までの道を考えて頷いた。
「ははっ、体だけが取り柄でござるからな。十日の後に騒動は治まっているかもしれぬが、それでも周辺の民は巻き添えを食って困っているだろう。拙者はそんな人達を少しでも手助けできたらと思うんだ」
「流儀の理に則って……」
「そんな大層なものではござらんよ、だがこの力のおかげで救えるものもある。感謝しているでござる」
「私には真似できません……緋村さん……」
頑張ってなど軽い言葉で励まして良いものか、迷ってしまう程に緋村が決めた行動は大変なものだった。
「ありがとう、夢主殿」
夢主の気持ちに気付いた緋村は笑顔を見せた。
二人は暫くの間、互いに差しさわりのない身の上話や世間話をして、やがて店を出た。