32.追想
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「そう、この傷を付けたのは巴……巴自身は気付いてさえいないかもしれない。俺を守る為に飛び込んで来た巴の手から……離れた刃が付けた傷だ」
「消えない傷はつけた者の想いが強いから……聞いた事があります……」
巴の手を離れて飛んだ刃、それでも巴の想いが刃に乗っていたのだろう。
緋村は自ら見えるはずもない傷を意識して、左頬を見るよう瞳を動かした。
自ずと瞼が伏せられ、哀しい色の瞳も半分隠れた。夢主は瞳の色を確かめるようにじっと見つめた。
「巴がどんな想いを抱えていたか、俺には正直分からない。でも……」
左頬に意識を向けていた緋村はゆっくりと瞼を閉じた。
目を閉じて闇が広がると、今でも鮮明に思い出してしまう。瞼の内は暗いはずなのに、何故か白く広がる視界。
そう、雪だ。
しんしんと雪の降る夜、開いた戸から突然強い風が吹き込んだ。冷たい風と雪が質素な家に入り込んだあの時、巴……君は語ってくれた。
大事な人がいたことを……その人を殺めたのが俺だと君は知っていた。
誰かを憎まずにいられなかったと言ったそれは俺の事だったのに、俺は気付けなかった。
堰を切ったように泣き出した君の本当の辛さを、俺は知らなかった。
あの日、身も心も本当に、繋がったと思ったんだ……
これから、幸せな日々が続くと……
信じた俺が浅はかだったのか……
君に出会わなければ、血の臭いに飲み込まれてしまったかもしれない。
君に出会わなければ人斬りの闇に堕ち、修羅の道を行ったかもしれない。
例え新しい時代が訪れても、俺は生きる道を選ばなかったかもしれないんだ。
生きる道を選んだとしても、師匠のように世を捨てていただろう。
君が与えてくれたものは計り知れないのに、俺は……あの日、君を……
奇妙な山で全ての感覚を奪われた戦い、気付いた時には遅かった。
あの芳しい白梅の香り……君の香り……どうして俺なんかの為に飛び込んで来たんだ、どうして……
――これで良いんです……だから泣かないでください……
良いはずがない、良いはずが無いのに、君はどうして――
降りしきる大きな雪がとても冷たかったんだ。
温かい君の体をどんどん冷やしていく雪が無情に感じられた。
でも一番無情なのはこの俺なんだ、分かっている。分かっているつもりだった、君の事もようやく分かったと、思えたんだ……
夢主は緋村があの日に想いを馳せていると察し、見守っていた。
目を閉じる緋村の目尻が小さく震えている。
込み上げる涙を無意識に封じているのだろう。
やがて薄っすら開いた瞼から、潤んで艶やかな瞳が見えた。
哀しみの色などとは言えない、深淵の色を湛えていた。
「ごめんなさい、思い出させてしまって……」
「いや……毎日のように蘇るんだ、きっかけは幾らでもある。白い小袖やショールを纏ったヒト、雪の白さ、それに白梅の香り……思い出してしまうんだ。情けない話だが……」
「そんな、情けないなんて」
消えそうなほど沈んだ声で思いを紡いでいる。
心は今も、雪の中に埋もれているようだった。
「どうして俺は気付いてやれなかったのだろう。巴はずっと一人で苦しんでいたんだ。それなのに俺を支えてくれた。どうしてなのか、今となっては分からない……」
「緋村さん……今はわからなくても、いつかわかる日が来るかもしれませんよ、そんな日が……」
「来るだろうか……」
もう一度心から笑える日が訪れたならば。
誰かを愛おしみ、再びそばに寄り添ってくれる誰かが現れた時に、きっと巴さんの心根が分かるだろう。
夢主は緋村がこれから出会う元気な剣客小町の姿を思い、「うん‥・」と小さく頷いた。
「消えない傷はつけた者の想いが強いから……聞いた事があります……」
巴の手を離れて飛んだ刃、それでも巴の想いが刃に乗っていたのだろう。
緋村は自ら見えるはずもない傷を意識して、左頬を見るよう瞳を動かした。
自ずと瞼が伏せられ、哀しい色の瞳も半分隠れた。夢主は瞳の色を確かめるようにじっと見つめた。
「巴がどんな想いを抱えていたか、俺には正直分からない。でも……」
左頬に意識を向けていた緋村はゆっくりと瞼を閉じた。
目を閉じて闇が広がると、今でも鮮明に思い出してしまう。瞼の内は暗いはずなのに、何故か白く広がる視界。
そう、雪だ。
しんしんと雪の降る夜、開いた戸から突然強い風が吹き込んだ。冷たい風と雪が質素な家に入り込んだあの時、巴……君は語ってくれた。
大事な人がいたことを……その人を殺めたのが俺だと君は知っていた。
誰かを憎まずにいられなかったと言ったそれは俺の事だったのに、俺は気付けなかった。
堰を切ったように泣き出した君の本当の辛さを、俺は知らなかった。
あの日、身も心も本当に、繋がったと思ったんだ……
これから、幸せな日々が続くと……
信じた俺が浅はかだったのか……
君に出会わなければ、血の臭いに飲み込まれてしまったかもしれない。
君に出会わなければ人斬りの闇に堕ち、修羅の道を行ったかもしれない。
例え新しい時代が訪れても、俺は生きる道を選ばなかったかもしれないんだ。
生きる道を選んだとしても、師匠のように世を捨てていただろう。
君が与えてくれたものは計り知れないのに、俺は……あの日、君を……
奇妙な山で全ての感覚を奪われた戦い、気付いた時には遅かった。
あの芳しい白梅の香り……君の香り……どうして俺なんかの為に飛び込んで来たんだ、どうして……
――これで良いんです……だから泣かないでください……
良いはずがない、良いはずが無いのに、君はどうして――
降りしきる大きな雪がとても冷たかったんだ。
温かい君の体をどんどん冷やしていく雪が無情に感じられた。
でも一番無情なのはこの俺なんだ、分かっている。分かっているつもりだった、君の事もようやく分かったと、思えたんだ……
夢主は緋村があの日に想いを馳せていると察し、見守っていた。
目を閉じる緋村の目尻が小さく震えている。
込み上げる涙を無意識に封じているのだろう。
やがて薄っすら開いた瞼から、潤んで艶やかな瞳が見えた。
哀しみの色などとは言えない、深淵の色を湛えていた。
「ごめんなさい、思い出させてしまって……」
「いや……毎日のように蘇るんだ、きっかけは幾らでもある。白い小袖やショールを纏ったヒト、雪の白さ、それに白梅の香り……思い出してしまうんだ。情けない話だが……」
「そんな、情けないなんて」
消えそうなほど沈んだ声で思いを紡いでいる。
心は今も、雪の中に埋もれているようだった。
「どうして俺は気付いてやれなかったのだろう。巴はずっと一人で苦しんでいたんだ。それなのに俺を支えてくれた。どうしてなのか、今となっては分からない……」
「緋村さん……今はわからなくても、いつかわかる日が来るかもしれませんよ、そんな日が……」
「来るだろうか……」
もう一度心から笑える日が訪れたならば。
誰かを愛おしみ、再びそばに寄り添ってくれる誰かが現れた時に、きっと巴さんの心根が分かるだろう。
夢主は緋村がこれから出会う元気な剣客小町の姿を思い、「うん‥・」と小さく頷いた。