32.追想
夢主名前設定
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「冷酒をふたつ」
「ふふっ」
「おや、何かおかしかったでござるか」
席に着くなり冷酒を注文する緋村。夢主は自然な流れを小さく笑った。
年季の入った小さな椅子と机が並ぶ店内、客はまばらに入り、程よい賑やかさだ。
「すみません、こんなに寒いのに冷酒なんてと……旦那様と一緒だなと思って」
「そうでござるか、熱い酒は気も熱くなるから避けているでござるよ」
「旦那様も同じことを仰ってました。熱いお酒は調子が狂うそうです。とても美味しそうでしたけど……」
「今夜は帰らないと言っていたが、夜も帰らぬとは遠くまで行商でもされているでござるか」
「いえ、その……あまり大きな声では言いたくないのですが、警官を……」
職を伝えるだけなら問題ないだろう。
夫が誰か、それだけは絶対に悟られないように気を付け、夢主は会話を楽しんだ。
「そうでござったか、それは大変なお勤めでござるな。確かに落ち着いたとはいえ未だ警官を嫌う者は多いと聞く。士族の一部に良くない輩達」
「はぃ……ですからあまり人に言わないよう聞かされています」
肩をすくめる夢主に、緋村はすまないことを聞いたと、眉をハの字に小さく笑った。
夢主は緋村が手にした空の猪口に酒を注いだ。申し訳さそうな顔のまま、緋村は目礼をした。
自分は少しで良い夢主、「俺も注ごう」と徳利を持つ緋村に「少しだけ」と酒を受けた。
「緋村さんは全国を歩いていらしたんですか」
「あぁ……どの地も戦の傷が残っていた。それでも人々は前向きで、拙者は勇気付けられたでござる。ただ、殺めた者の家族にとって拙者はいらぬ訪問者でしかなかったようだ……行くべきではなかったのかもしれない……」
「緋村さん……」
猪口を持ったままの夢主に対し、緋村はくっと一口で飲み干してしまった。
小さく息を吐いて空の猪口を見つめ、見る者が切ない笑みを浮かべている。
「暗い話になってしまったでござるな。……一つ、いいでござるか。……ずっと聞きたかったんだ」
「はい……」
「俺の師匠を知っているんだろう、あの時、夢主殿は師匠のもとへ戻れと言ってくれた」
「はい……緋村さんのお師匠様、私もお世話になったんです。とてもお世話になりました。体も大きいけど心も広いお方です、本当に頼もしかったです」
「ははっ、そうでござったか」
拙者にとってはそうでもないと夢主の話に苦笑いを浮かべたが、それでも何度か頷いて相槌を打った。
「夢主殿は師匠にとっても特別な存在であったのだろう、俺には然程優しくはなかった……」
「緋村さん?」
「いやっ、こちらの話。師匠は元気でござったか」
「えぇ、とっても!お酒は沢山飲まれますし、毎日の鍛錬も欠かさず、たまに京の町へも下りていました。……町でのお弟子さんの噂は知っていたようです……きっと本音では心配してたんだと思います……緋村さんのことを」
「師匠が……そうでござろうか、随分と激しい喧嘩別れでござったよ。今なら少しだけ分かる気がするが。あの時師匠が何故あれほど怒ったのか……合わせる顔が無いでござるな、師匠……」
緋村も心の底に師匠への想いを抱えているようだった。互いに気に掛け、それでも離れた子弟。
苦しそうな笑顔に夢主は堪らず目を伏せた。手元にある酒を僅かに含むと、冷たい酒でも口の中は熱くなる。
一気に飲み干して腹の中から熱く、温まりたい気分だ。どこか物悲しい二人の間の空気を温めたかった。
「ふふっ」
「おや、何かおかしかったでござるか」
席に着くなり冷酒を注文する緋村。夢主は自然な流れを小さく笑った。
年季の入った小さな椅子と机が並ぶ店内、客はまばらに入り、程よい賑やかさだ。
「すみません、こんなに寒いのに冷酒なんてと……旦那様と一緒だなと思って」
「そうでござるか、熱い酒は気も熱くなるから避けているでござるよ」
「旦那様も同じことを仰ってました。熱いお酒は調子が狂うそうです。とても美味しそうでしたけど……」
「今夜は帰らないと言っていたが、夜も帰らぬとは遠くまで行商でもされているでござるか」
「いえ、その……あまり大きな声では言いたくないのですが、警官を……」
職を伝えるだけなら問題ないだろう。
夫が誰か、それだけは絶対に悟られないように気を付け、夢主は会話を楽しんだ。
「そうでござったか、それは大変なお勤めでござるな。確かに落ち着いたとはいえ未だ警官を嫌う者は多いと聞く。士族の一部に良くない輩達」
「はぃ……ですからあまり人に言わないよう聞かされています」
肩をすくめる夢主に、緋村はすまないことを聞いたと、眉をハの字に小さく笑った。
夢主は緋村が手にした空の猪口に酒を注いだ。申し訳さそうな顔のまま、緋村は目礼をした。
自分は少しで良い夢主、「俺も注ごう」と徳利を持つ緋村に「少しだけ」と酒を受けた。
「緋村さんは全国を歩いていらしたんですか」
「あぁ……どの地も戦の傷が残っていた。それでも人々は前向きで、拙者は勇気付けられたでござる。ただ、殺めた者の家族にとって拙者はいらぬ訪問者でしかなかったようだ……行くべきではなかったのかもしれない……」
「緋村さん……」
猪口を持ったままの夢主に対し、緋村はくっと一口で飲み干してしまった。
小さく息を吐いて空の猪口を見つめ、見る者が切ない笑みを浮かべている。
「暗い話になってしまったでござるな。……一つ、いいでござるか。……ずっと聞きたかったんだ」
「はい……」
「俺の師匠を知っているんだろう、あの時、夢主殿は師匠のもとへ戻れと言ってくれた」
「はい……緋村さんのお師匠様、私もお世話になったんです。とてもお世話になりました。体も大きいけど心も広いお方です、本当に頼もしかったです」
「ははっ、そうでござったか」
拙者にとってはそうでもないと夢主の話に苦笑いを浮かべたが、それでも何度か頷いて相槌を打った。
「夢主殿は師匠にとっても特別な存在であったのだろう、俺には然程優しくはなかった……」
「緋村さん?」
「いやっ、こちらの話。師匠は元気でござったか」
「えぇ、とっても!お酒は沢山飲まれますし、毎日の鍛錬も欠かさず、たまに京の町へも下りていました。……町でのお弟子さんの噂は知っていたようです……きっと本音では心配してたんだと思います……緋村さんのことを」
「師匠が……そうでござろうか、随分と激しい喧嘩別れでござったよ。今なら少しだけ分かる気がするが。あの時師匠が何故あれほど怒ったのか……合わせる顔が無いでござるな、師匠……」
緋村も心の底に師匠への想いを抱えているようだった。互いに気に掛け、それでも離れた子弟。
苦しそうな笑顔に夢主は堪らず目を伏せた。手元にある酒を僅かに含むと、冷たい酒でも口の中は熱くなる。
一気に飲み干して腹の中から熱く、温まりたい気分だ。どこか物悲しい二人の間の空気を温めたかった。