3.白い小袖の女
夢主名前設定
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「夢主ちゃん……帰ろう」
「……はい」
ゆっくりと歩き出した二人に、再び走り寄る人物がいた。
沖田は続けざまの出来事を警戒し、酒をぶら下げた左手を鞘に置くが、すぐに無用な心配だと知れた。
「すまんのぅ、こっちに~ワッパは走ってこんかったかのう。目を尖らせた顔の……そう、髪の白い童じゃ、儂よりも真っ白な髪のな」
「今……走り去って行きましたけど……」
刀から手を離した沖田に、声を掛けてきた男がにこりと人懐っこい顔を見せた。
先程の子供よりも色味を残した灰色の髪の男は、既に初老の域に入るだろうか。白髪も目立つが、真っ白とは言えない。
総髪のように月代は作らず後ろ髪を下ろして、上の部分の髪だけをすくって結った団子みたいな髷が頭に乗っている。
そこに何故か女物の簪が刺さっていた。
「そうかそうか……あやつもついに止められなんだのう……娘といい息子といい、己の道を選ぶことを止められはせんのぅ……ついに本当に儂はひとりぼっちじゃ……」
「お爺さん……」
僅かに淋しげな目の色を見せたが、男は顔を上げて夢主をじっくり眺めて再び嬉しそうに頬を緩めた。
「娘さんや、いい色の着物じゃのう。肩掛けもよう似合っておるぞ。……知っとるかのう、お主のような美人の娘には白梅の香りが似合うものじゃぞ」
「白梅……」
「ホーレ、何を沈んどるんじゃ、若いもんはさっさと行ってイイコトでもするんじゃのう」
「えっ」
夢主と沖田の間にさり気なく入り込むと、二人の背中をポンと押した。
「ホ~ホッホ、早くせんと日が暮れるゾ」
「あの、お爺さんは……」
「な~に、家出息子を見送ったまでじゃよ」
「その簪は何故……女物を」
男は子供が走り去った先を見つめている。
沖田は不思議そうに目の前の髷に刺さった簪を眺めた。
「娘に貰ったんじゃよ、京都で会っての……最後に貰ったんじゃ」
にぃ、と歯を見せて笑う男に、沖田は苦笑いを返した。
男の歯は何本か抜け落ち、苦労していることが窺える。
「そうですか……大切な物なんですね」
「そうじゃ、そうじゃ」
「……あの、何か……」
にこにこと笑いながら、男は沖田の衿巻に隠れた顔を見ているようだった。
「いやすまんのう、儂ゃぁお主のような腕の立つ剣客さんを見るとつい……見てしまうんじゃ」
「見て……顔ですか。お爺さんも剣客だったのですか。僕の腕が分かるんですか」
「いやぁ儂ゃあ剣はからきしじゃった。だがお主の目を見れば只者で無いことは分かるっちゅーこっちゃ」
「そうでしたか……」
沖田は衿巻きに手を掛け、自分に興味を示す男にちらりと顔を見せてやった。
悪意を感じず害の無い人物と判断し、興味に応じてやったのだ。
「これはまた随分と綺麗な顔の剣客じゃのう、女子に間違えられんかの」
「あははっ、さすがにそれはありませんよ」
「そうか、そいつは悪かったの。ほっぺも顎も綺麗じゃ、白くてぴっかぴかじゃな!ホッホッ」
「はぁ……」
沖田は奇妙な反応に戸惑いながら衿巻を元に戻した。
「儂も自分の居場所に戻るとするか、お主らも明るいうちに帰るんじゃぞ~!ホホ……」
男は走り去った子供を追いかけるのを諦め、もと来た道を戻って行った。
背中越しに二人にひらひらと手を振って、楽しそうに肩を揺らして歩き、やがて見えなくなった。
「僕達も……帰りましょう。何だか……おかしな一日でしたね」
「はい……とっても……」
……オイボレさんに縁……
夢主は自らの着物とショールに目を落とした。
確かにあの二人の大切な人が身につけていたものに良く似ている。この日この姿で歩いた自分を苛んだ。
最後に娘に貰ったと語っていた簪は、命を落とした巴の形見に違いない。
縁が戻り死を知ったのが先か、娘を訪ねて京へ行きその死を知ったのが先か。
娘が埋葬された寺を見つけて形見の品を受け取ったのか、それともどこかで落ちていた娘愛用の品を偶然拾ったのだろうか。
いずれにしろ、強い想いが導いたのだろう。
日が傾き始めた帰路、夢主が口を開くことは無かった。
「……はい」
ゆっくりと歩き出した二人に、再び走り寄る人物がいた。
沖田は続けざまの出来事を警戒し、酒をぶら下げた左手を鞘に置くが、すぐに無用な心配だと知れた。
「すまんのぅ、こっちに~ワッパは走ってこんかったかのう。目を尖らせた顔の……そう、髪の白い童じゃ、儂よりも真っ白な髪のな」
「今……走り去って行きましたけど……」
刀から手を離した沖田に、声を掛けてきた男がにこりと人懐っこい顔を見せた。
先程の子供よりも色味を残した灰色の髪の男は、既に初老の域に入るだろうか。白髪も目立つが、真っ白とは言えない。
総髪のように月代は作らず後ろ髪を下ろして、上の部分の髪だけをすくって結った団子みたいな髷が頭に乗っている。
そこに何故か女物の簪が刺さっていた。
「そうかそうか……あやつもついに止められなんだのう……娘といい息子といい、己の道を選ぶことを止められはせんのぅ……ついに本当に儂はひとりぼっちじゃ……」
「お爺さん……」
僅かに淋しげな目の色を見せたが、男は顔を上げて夢主をじっくり眺めて再び嬉しそうに頬を緩めた。
「娘さんや、いい色の着物じゃのう。肩掛けもよう似合っておるぞ。……知っとるかのう、お主のような美人の娘には白梅の香りが似合うものじゃぞ」
「白梅……」
「ホーレ、何を沈んどるんじゃ、若いもんはさっさと行ってイイコトでもするんじゃのう」
「えっ」
夢主と沖田の間にさり気なく入り込むと、二人の背中をポンと押した。
「ホ~ホッホ、早くせんと日が暮れるゾ」
「あの、お爺さんは……」
「な~に、家出息子を見送ったまでじゃよ」
「その簪は何故……女物を」
男は子供が走り去った先を見つめている。
沖田は不思議そうに目の前の髷に刺さった簪を眺めた。
「娘に貰ったんじゃよ、京都で会っての……最後に貰ったんじゃ」
にぃ、と歯を見せて笑う男に、沖田は苦笑いを返した。
男の歯は何本か抜け落ち、苦労していることが窺える。
「そうですか……大切な物なんですね」
「そうじゃ、そうじゃ」
「……あの、何か……」
にこにこと笑いながら、男は沖田の衿巻に隠れた顔を見ているようだった。
「いやすまんのう、儂ゃぁお主のような腕の立つ剣客さんを見るとつい……見てしまうんじゃ」
「見て……顔ですか。お爺さんも剣客だったのですか。僕の腕が分かるんですか」
「いやぁ儂ゃあ剣はからきしじゃった。だがお主の目を見れば只者で無いことは分かるっちゅーこっちゃ」
「そうでしたか……」
沖田は衿巻きに手を掛け、自分に興味を示す男にちらりと顔を見せてやった。
悪意を感じず害の無い人物と判断し、興味に応じてやったのだ。
「これはまた随分と綺麗な顔の剣客じゃのう、女子に間違えられんかの」
「あははっ、さすがにそれはありませんよ」
「そうか、そいつは悪かったの。ほっぺも顎も綺麗じゃ、白くてぴっかぴかじゃな!ホッホッ」
「はぁ……」
沖田は奇妙な反応に戸惑いながら衿巻を元に戻した。
「儂も自分の居場所に戻るとするか、お主らも明るいうちに帰るんじゃぞ~!ホホ……」
男は走り去った子供を追いかけるのを諦め、もと来た道を戻って行った。
背中越しに二人にひらひらと手を振って、楽しそうに肩を揺らして歩き、やがて見えなくなった。
「僕達も……帰りましょう。何だか……おかしな一日でしたね」
「はい……とっても……」
……オイボレさんに縁……
夢主は自らの着物とショールに目を落とした。
確かにあの二人の大切な人が身につけていたものに良く似ている。この日この姿で歩いた自分を苛んだ。
最後に娘に貰ったと語っていた簪は、命を落とした巴の形見に違いない。
縁が戻り死を知ったのが先か、娘を訪ねて京へ行きその死を知ったのが先か。
娘が埋葬された寺を見つけて形見の品を受け取ったのか、それともどこかで落ちていた娘愛用の品を偶然拾ったのだろうか。
いずれにしろ、強い想いが導いたのだろう。
日が傾き始めた帰路、夢主が口を開くことは無かった。