28.江戸城の落日
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そうだ、まだ武田観柳の屋敷で悲劇が起こるまで時間はある。
止める機会が残っているのではないか。あの人が修羅に堕ちるのを防げるかもしれない。
だがそれで何か良くない影響が起こるだろうか。
今は考えても仕方ない。次の事は次に考えれば良い、夢主は吹っ切ったように顔を上げた。
「一さん!私まだ頑張ります!」
「ぁあっ?何かは分からんが程々に頑張れよ。だが面倒に首を突っ込むな」
夢主とその男が遭遇したのは本当に偶然なのか、斎藤は険しい顔をしている。
京で度々夢主を覗きに来ていたのは知っているが、別れの挨拶の後は確実に夢主から離れたはずだ。
たまたま今日の火事騒動の最中に姿を見つけた、そんな偶然が考えられるだろうか。
突然行動に出てしまう妻の性格を考えれば止めても無駄だと分かるが、危険に巻き込まれるのを黙って見ている訳にもいかない。
「その男、幕末は確かに同じ側の人間だったが、今はどうだか分からん。迂闊に気を許すなよ」
「はい……周りに気を付けろと蒼紫様も言っていました」
フン、余計な事を……
斎藤の眉間に皺が寄り、表情がより険しくなった。
「箪笥に入れていた藤が無くなったの、あの人の仕業だと思ったんですけど教えてくれませんでした。でもなんか……近くで見ていたら、土方さんに似てるなって思ったんです」
「土方さんに」
「はい、冷たく見えても根は優しい……そんな感じが。五年も六年も経って随分と背が伸びていらして……土方さんみたいにすらっとした長身でした。体が大きくなって手も……土方さんみたいに綺麗な手で、温かかったです。真っ黒な髪も‥・瞳の美しさも……」
「ほぅ」
何故手の温かさを知っている。斎藤は胸の奥に似合わないざわめきを感じた。
いつも愛おしい夢主の声で語られる話が腹立たしい。瞳が見える程に近付いたのか。
土方が見せた淋しそうな笑顔だけは違った……蒼紫にその笑顔は見えなかった……夢主が抱いた本当の印象に斎藤は気付いていない。
「御庭番衆御頭、か。お前はよく土方さんを思い出すな」
成人した蒼紫を知らぬ斎藤は、良く知る土方の顔を思い浮かべた。
こそこそ陰から見張る点で性格は随分違うのだろう。土方なら宣言して守る相手を安心させる。
「それは……長い間お世話になったお方ですし、懸命に義を貫いて命を散らしたんです、思い出さない訳がありません。……一さんは思い出さないんですか、思い出しちゃいけませんか……」
「たまには思い出すさ。お前が副長を思い出すのもまぁ嬉しいな、俺も土方さんは好きだった」
土方は好きだが、生きている訳の分からん男に面影を重ねるとは好ましくない。
斎藤は澄んだ空を見上げ、真っ直ぐな瞳で涼やかだった土方の顔を空に思い描いた。
どこまでも己を信じ、仲間を信じ、誰よりも武士らしく誠を貫こうとした男だ。
頭が切れて戦上手でもあった。剣技では確かに斎藤に分があったかもしれない。けれどもそれだけでは強さは決まらないと教えてくれたのも土方だ。
実戦においても、机上の論でも様々な教えを受けた。
数少ない尊敬できる男、そして女心をよく理解した色男。自分には分からぬ夢主の女心も見抜いて助け舟を出してくれたものだ。
いい男だった。だがもういない。
「嬉しいが、だが少し、妬けるな」
「え……」
斎藤はつっと動いて、離れた警官達から夢主が見えないよう己の体で隠した。
忙しく火災の後の市中警戒に当たる警官達からは斎藤の広い背中しか目に入らない。
止める機会が残っているのではないか。あの人が修羅に堕ちるのを防げるかもしれない。
だがそれで何か良くない影響が起こるだろうか。
今は考えても仕方ない。次の事は次に考えれば良い、夢主は吹っ切ったように顔を上げた。
「一さん!私まだ頑張ります!」
「ぁあっ?何かは分からんが程々に頑張れよ。だが面倒に首を突っ込むな」
夢主とその男が遭遇したのは本当に偶然なのか、斎藤は険しい顔をしている。
京で度々夢主を覗きに来ていたのは知っているが、別れの挨拶の後は確実に夢主から離れたはずだ。
たまたま今日の火事騒動の最中に姿を見つけた、そんな偶然が考えられるだろうか。
突然行動に出てしまう妻の性格を考えれば止めても無駄だと分かるが、危険に巻き込まれるのを黙って見ている訳にもいかない。
「その男、幕末は確かに同じ側の人間だったが、今はどうだか分からん。迂闊に気を許すなよ」
「はい……周りに気を付けろと蒼紫様も言っていました」
フン、余計な事を……
斎藤の眉間に皺が寄り、表情がより険しくなった。
「箪笥に入れていた藤が無くなったの、あの人の仕業だと思ったんですけど教えてくれませんでした。でもなんか……近くで見ていたら、土方さんに似てるなって思ったんです」
「土方さんに」
「はい、冷たく見えても根は優しい……そんな感じが。五年も六年も経って随分と背が伸びていらして……土方さんみたいにすらっとした長身でした。体が大きくなって手も……土方さんみたいに綺麗な手で、温かかったです。真っ黒な髪も‥・瞳の美しさも……」
「ほぅ」
何故手の温かさを知っている。斎藤は胸の奥に似合わないざわめきを感じた。
いつも愛おしい夢主の声で語られる話が腹立たしい。瞳が見える程に近付いたのか。
土方が見せた淋しそうな笑顔だけは違った……蒼紫にその笑顔は見えなかった……夢主が抱いた本当の印象に斎藤は気付いていない。
「御庭番衆御頭、か。お前はよく土方さんを思い出すな」
成人した蒼紫を知らぬ斎藤は、良く知る土方の顔を思い浮かべた。
こそこそ陰から見張る点で性格は随分違うのだろう。土方なら宣言して守る相手を安心させる。
「それは……長い間お世話になったお方ですし、懸命に義を貫いて命を散らしたんです、思い出さない訳がありません。……一さんは思い出さないんですか、思い出しちゃいけませんか……」
「たまには思い出すさ。お前が副長を思い出すのもまぁ嬉しいな、俺も土方さんは好きだった」
土方は好きだが、生きている訳の分からん男に面影を重ねるとは好ましくない。
斎藤は澄んだ空を見上げ、真っ直ぐな瞳で涼やかだった土方の顔を空に思い描いた。
どこまでも己を信じ、仲間を信じ、誰よりも武士らしく誠を貫こうとした男だ。
頭が切れて戦上手でもあった。剣技では確かに斎藤に分があったかもしれない。けれどもそれだけでは強さは決まらないと教えてくれたのも土方だ。
実戦においても、机上の論でも様々な教えを受けた。
数少ない尊敬できる男、そして女心をよく理解した色男。自分には分からぬ夢主の女心も見抜いて助け舟を出してくれたものだ。
いい男だった。だがもういない。
「嬉しいが、だが少し、妬けるな」
「え……」
斎藤はつっと動いて、離れた警官達から夢主が見えないよう己の体で隠した。
忙しく火災の後の市中警戒に当たる警官達からは斎藤の広い背中しか目に入らない。