28.江戸城の落日
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江戸城からほど近い川岸に二人は降り立った。開けた景色、立ち上る煙が良く見える。
夢主の細い指が蒼紫の外套を掴んだ。
「何だ」
蒼紫は不機嫌な目で、細腕ごしに夢主を睨んだ。
元より不愛想と言われる顔立ちの蒼紫、機嫌を損ねていると凄みが増す。
夢主は怖い視線に戸惑うが、外套を掴んだ手は離さなかった。
「今、立ち去ろうとしました……跳んで行っちゃおうと……」
「離せ」
振り払おうと思えば簡単なものを、蒼紫はそれをせずに言葉を選んだ。
「待ってください、一度くらいお礼を言わせてください。助けてくれて、ここまで連れてきてくれて……」
「礼なら既に言われている」
「えっ」
「昔、京の夜にお前は言っていたぞ。ありがとうとな。忘れたならそれで構わん、昔の事だ」
昔の事、遥か昔の出来事のように哀愁を含む声で呟くが、夢主につい先日の事のように思い出せる。
まだあどけない顔立ちで警戒心だけは一人前だった蒼紫に捕まった葵屋の前での出会い。
懐かしさをくすりと笑んでしまい、夢主を見る蒼紫の顔が厳しく変わった。
突然笑うとは不躾な、己を笑っているのか。
まだ幼かった自分を笑われたようで、蒼紫は夢主の手を振りほどいた。
「嫁いだのだろう。あまり迂闊に他所の男に近付くな。先程のあれは好ましくない」
不謹慎な宴に突っ込んでしまったのも男達に絡まれたのも夢主の責任ではないが、蒼紫は冷たい声でたしなめた。
「嫁いだの、何でご存知なんですか」
「……もっと身辺に気を付けろ」
疑問をぶつけるが蒼紫は城に顔を向けた。
行ってしまうと感じた夢主は慌てて感謝を言葉にした。
「待ってください、ありがとうございます!あの時も今も、本当に心から嬉しかったんです。あの時は……不安で不安で堪らなかったんです。不安な夜を慰めてくれて……ありがとうございました。藤の花、東京まで持ってきたんですよ」
藤の花……
蒼紫は何か思ったのか、声にはせず口だけを動かした。
あの消えた花には、やはり蒼紫が関係しているのか。囁くように動いた唇を見て夢主は確信した。
「藤の花……持ってきたの、蒼紫様が持ち去ったんですか……家に……」
それならば嫁いだ事実を知っていてもおかしくはない。
夢主の鼓動が早まった。
「俺は知らん」
「でも……」
蒼紫は口を閉ざして顔をゆっくり背け、再び視線を江戸城へ向けた。黒い煙は衰えず立ち上っている。
だが火の粉が飛んでくる様子はない。城内で必死に鎮火活動をしているのだろう。
「俺は江戸を去る」
「えっ」
何故江戸を去るのか。警護の任を離れても火消しに来るほど気に掛けている城、ずっとそばで見守りたい場所だろう。
そしてどうしてそんな話を打ち明けてくれたのか、疑問が溢れる夢主は蒼紫の横顔を見上げた。
「俺は一度、京へ戻る」
「京へ……操ちゃんを……」
「何故分かる」
操の存在、操を京へ連れて戻る計画を知っているのか。
蒼紫の瞳孔が大きく開いた。
夢主の細い指が蒼紫の外套を掴んだ。
「何だ」
蒼紫は不機嫌な目で、細腕ごしに夢主を睨んだ。
元より不愛想と言われる顔立ちの蒼紫、機嫌を損ねていると凄みが増す。
夢主は怖い視線に戸惑うが、外套を掴んだ手は離さなかった。
「今、立ち去ろうとしました……跳んで行っちゃおうと……」
「離せ」
振り払おうと思えば簡単なものを、蒼紫はそれをせずに言葉を選んだ。
「待ってください、一度くらいお礼を言わせてください。助けてくれて、ここまで連れてきてくれて……」
「礼なら既に言われている」
「えっ」
「昔、京の夜にお前は言っていたぞ。ありがとうとな。忘れたならそれで構わん、昔の事だ」
昔の事、遥か昔の出来事のように哀愁を含む声で呟くが、夢主につい先日の事のように思い出せる。
まだあどけない顔立ちで警戒心だけは一人前だった蒼紫に捕まった葵屋の前での出会い。
懐かしさをくすりと笑んでしまい、夢主を見る蒼紫の顔が厳しく変わった。
突然笑うとは不躾な、己を笑っているのか。
まだ幼かった自分を笑われたようで、蒼紫は夢主の手を振りほどいた。
「嫁いだのだろう。あまり迂闊に他所の男に近付くな。先程のあれは好ましくない」
不謹慎な宴に突っ込んでしまったのも男達に絡まれたのも夢主の責任ではないが、蒼紫は冷たい声でたしなめた。
「嫁いだの、何でご存知なんですか」
「……もっと身辺に気を付けろ」
疑問をぶつけるが蒼紫は城に顔を向けた。
行ってしまうと感じた夢主は慌てて感謝を言葉にした。
「待ってください、ありがとうございます!あの時も今も、本当に心から嬉しかったんです。あの時は……不安で不安で堪らなかったんです。不安な夜を慰めてくれて……ありがとうございました。藤の花、東京まで持ってきたんですよ」
藤の花……
蒼紫は何か思ったのか、声にはせず口だけを動かした。
あの消えた花には、やはり蒼紫が関係しているのか。囁くように動いた唇を見て夢主は確信した。
「藤の花……持ってきたの、蒼紫様が持ち去ったんですか……家に……」
それならば嫁いだ事実を知っていてもおかしくはない。
夢主の鼓動が早まった。
「俺は知らん」
「でも……」
蒼紫は口を閉ざして顔をゆっくり背け、再び視線を江戸城へ向けた。黒い煙は衰えず立ち上っている。
だが火の粉が飛んでくる様子はない。城内で必死に鎮火活動をしているのだろう。
「俺は江戸を去る」
「えっ」
何故江戸を去るのか。警護の任を離れても火消しに来るほど気に掛けている城、ずっとそばで見守りたい場所だろう。
そしてどうしてそんな話を打ち明けてくれたのか、疑問が溢れる夢主は蒼紫の横顔を見上げた。
「俺は一度、京へ戻る」
「京へ……操ちゃんを……」
「何故分かる」
操の存在、操を京へ連れて戻る計画を知っているのか。
蒼紫の瞳孔が大きく開いた。