28.江戸城の落日
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「あっ……」
強張る体はいう事を聞かず、足を踏み出すよりも速く男の手が伸びてきた。
手首を掴まれては体を引き寄せられてしまう。
恐怖を感じて竦むが、夢主が引き寄せられる前に男は突然手首を抑えて座り込んだ。
「うぁあああ、痛ぇえ!痛ええ!」
「おぉっお前誰だ!」
涙目の夢主が振り向くと、背が高く黒い装束の男が一人立っていた。この男が目の前の無法の輩を屈ませたのだ。
背の高い輪郭から斎藤かと見紛うが、さらりと風に流れる髪と、何より斎藤と異なる色の印象で別人だと理解した。黒い装束の上に白い外套をたなびかせている。
「蒼紫……様……」
夢主に名を呼ばれた男は振り返り、横顔を見せた。
四乃森蒼紫、京で別れの挨拶と思しき言葉を聞いてから何年振りか、目の前に彼が立っていた。
「去れ、殺すのも時間が惜しい」
蒼紫は残る男を苦無で攻撃し地面に這い蹲ばらせ、消えろと言い捨てた。
蒼紫に命ぜられるままに男達は腰をふらつかせて逃げていった。
その姿を見送った蒼紫、首を動かして今度は夢主に厳しい視線を向けた。
「何故南に向かおうとしていた。南は火が起きている」
夢主の行く先を見抜いたのか、南の火の手を教えてくれた。
火災や追ってくる男達に気を取られ目に映っていなかったが、蒼紫の姿越しに上野の山に自生する野生の藤が目に映った。
人に育てられた藤棚の花とは違い、荒々しく蔓を伸ばして木に絡みつき、荒々しさから想像もつかない美しい花が沢山ぶら下がっている。
強い風が吹くと小さな藤の花が雪のようにひらひらと舞い落ちる。上野の山では藤が満開だった。
風を受けた蒼紫は火元の南へ首を回した。風に煽られ火が強くならないか確認している。
「あの……」
最後に蒼紫の姿を見てから五年以上が経ち、夢主が育った世の歳で数えても成人を迎えていた。
夢主より高かった背はさらに伸び、斎藤と同じ程になっていた。
「行くか」
「えっ」
「俺は江戸城へ向かう。付近までなら、連れて行ってやる」
蒼紫が江戸城へ、今はもう江戸城の警護はしていないだろうに何故……夢主は疑問を抱くが大きく頷いた。
斎藤の傍へ向かい、火を確認してすぐに去る。一人で向かうより蒼紫が一緒ならば心強い。
「行くか。ならばこの方が速い」
「わ……」
言うや否や蒼紫は夢主を軽々と抱え上げて地面を蹴った。
夢主が驚く間に、蒼紫は町屋の屋根に着地する。
瓦の上を音もなく走る蒼紫に抱かれ、夢主は訳が分からぬまま必死にしがみ付いた。
絶え間なく聞こえる半鐘の音に焦りが増すが、蒼紫がその不安を打ち消すよう口を開いた。
「大丈夫だ。江戸城の火は外まで回らんだろう」
「そうなんですか……お詳しいんですね」
「……」
元来江戸城を守る隠密御庭番集。細部まで詳しくて当然だ。
声に出して応じないが、蒼紫は心中で呟いた。
蒼紫に抱えられ過ぎ去る景色に目をやると、上野の山はあっという間に小さくなった。
目を前に向ければ、同じように屋根の上を進む者達が見える。蒼紫と同じ黒い装束の様々な体格の影。細く長い手足の影に、逞しい体躯の影、小さな影。
みな火元の江戸城に向かって進んでいる。ぐんぐん進む影はあっという間に見えなくなった。
「さっき見えたの、お仲間のお庭番集のみなさんですか」
「見えたのか」
「目だけは結構見えるんです。京にいた頃、凄いお方の修業を毎日見ていたので」
「京……そうだ、仲間が先に火消しに向かった。あいつらなら時間を掛けず鎮火させるだろう」
「凄いですね、江戸城隠密御庭番衆……」
普通の者が目に捉えるのも難しい忍びの姿を見つけ、加えて隠密御庭番衆と見抜くとは。
蒼紫が夢主を抱える手に俄かに力が加わった。
夢主は言ってはいけない事を口走ってしまったと息を呑むが、蒼紫はすぐに力みを解き、夢主を江戸城そばまで運んだ。
強張る体はいう事を聞かず、足を踏み出すよりも速く男の手が伸びてきた。
手首を掴まれては体を引き寄せられてしまう。
恐怖を感じて竦むが、夢主が引き寄せられる前に男は突然手首を抑えて座り込んだ。
「うぁあああ、痛ぇえ!痛ええ!」
「おぉっお前誰だ!」
涙目の夢主が振り向くと、背が高く黒い装束の男が一人立っていた。この男が目の前の無法の輩を屈ませたのだ。
背の高い輪郭から斎藤かと見紛うが、さらりと風に流れる髪と、何より斎藤と異なる色の印象で別人だと理解した。黒い装束の上に白い外套をたなびかせている。
「蒼紫……様……」
夢主に名を呼ばれた男は振り返り、横顔を見せた。
四乃森蒼紫、京で別れの挨拶と思しき言葉を聞いてから何年振りか、目の前に彼が立っていた。
「去れ、殺すのも時間が惜しい」
蒼紫は残る男を苦無で攻撃し地面に這い蹲ばらせ、消えろと言い捨てた。
蒼紫に命ぜられるままに男達は腰をふらつかせて逃げていった。
その姿を見送った蒼紫、首を動かして今度は夢主に厳しい視線を向けた。
「何故南に向かおうとしていた。南は火が起きている」
夢主の行く先を見抜いたのか、南の火の手を教えてくれた。
火災や追ってくる男達に気を取られ目に映っていなかったが、蒼紫の姿越しに上野の山に自生する野生の藤が目に映った。
人に育てられた藤棚の花とは違い、荒々しく蔓を伸ばして木に絡みつき、荒々しさから想像もつかない美しい花が沢山ぶら下がっている。
強い風が吹くと小さな藤の花が雪のようにひらひらと舞い落ちる。上野の山では藤が満開だった。
風を受けた蒼紫は火元の南へ首を回した。風に煽られ火が強くならないか確認している。
「あの……」
最後に蒼紫の姿を見てから五年以上が経ち、夢主が育った世の歳で数えても成人を迎えていた。
夢主より高かった背はさらに伸び、斎藤と同じ程になっていた。
「行くか」
「えっ」
「俺は江戸城へ向かう。付近までなら、連れて行ってやる」
蒼紫が江戸城へ、今はもう江戸城の警護はしていないだろうに何故……夢主は疑問を抱くが大きく頷いた。
斎藤の傍へ向かい、火を確認してすぐに去る。一人で向かうより蒼紫が一緒ならば心強い。
「行くか。ならばこの方が速い」
「わ……」
言うや否や蒼紫は夢主を軽々と抱え上げて地面を蹴った。
夢主が驚く間に、蒼紫は町屋の屋根に着地する。
瓦の上を音もなく走る蒼紫に抱かれ、夢主は訳が分からぬまま必死にしがみ付いた。
絶え間なく聞こえる半鐘の音に焦りが増すが、蒼紫がその不安を打ち消すよう口を開いた。
「大丈夫だ。江戸城の火は外まで回らんだろう」
「そうなんですか……お詳しいんですね」
「……」
元来江戸城を守る隠密御庭番集。細部まで詳しくて当然だ。
声に出して応じないが、蒼紫は心中で呟いた。
蒼紫に抱えられ過ぎ去る景色に目をやると、上野の山はあっという間に小さくなった。
目を前に向ければ、同じように屋根の上を進む者達が見える。蒼紫と同じ黒い装束の様々な体格の影。細く長い手足の影に、逞しい体躯の影、小さな影。
みな火元の江戸城に向かって進んでいる。ぐんぐん進む影はあっという間に見えなくなった。
「さっき見えたの、お仲間のお庭番集のみなさんですか」
「見えたのか」
「目だけは結構見えるんです。京にいた頃、凄いお方の修業を毎日見ていたので」
「京……そうだ、仲間が先に火消しに向かった。あいつらなら時間を掛けず鎮火させるだろう」
「凄いですね、江戸城隠密御庭番衆……」
普通の者が目に捉えるのも難しい忍びの姿を見つけ、加えて隠密御庭番衆と見抜くとは。
蒼紫が夢主を抱える手に俄かに力が加わった。
夢主は言ってはいけない事を口走ってしまったと息を呑むが、蒼紫はすぐに力みを解き、夢主を江戸城そばまで運んだ。