27.幸せの景色
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「さぁ、着いたぞ。見晴らしがいいな」
「わぁ……凄い……」
上野の山から見下ろす東京の町。明治の夜は暗くて黒い景色が広がっている、そんな考えが覆された。
所々に温かな光が灯っている。
厳しい時代の中で懸命に生きている人々の生活の証であり、命の灯りだ。
「あの黒い闇に囲まれた赤い灯りの町が吉原だ。塀で囲まれているからな、黒く線を引いたようだろ」
「あそこが……じゃあ付近のあの明かりは」
「浅草近くの呑み処だろう。向こうの暗い一帯は長屋が続く町だな、夜遅くまで起きていられるほど油が使えんのだろう」
町の灯りは貧富の差を表していた。暗い町は早くに寝てしまう町。明るい町は夜も起きて活動できる余力がある町。一番明るい吉原では妓達が命を削って働いている。
現実を見た夢主は複雑な思いで景色を眺めた。
「向こうの光が見えるか」
「はい、大きく黒い場所の近く……」
「あそこが警視庁だ。暗い場所は江戸城跡だろう。今は帝が住んでいる。灯りもあるが広いからな、暗く感じる」
「凄い、一さん良くわかりますね」
「駆け回って仕事をしているんだ。東京の地理ならおおよそ分かるさ。ほら、俺達が上って来た道の入り口があの辺りか、俺達の家はきっとあの辺だ。そばの沖田君の屋敷も何となく分かるだろう」
「はぃ」
何となく分かると指差された先は真っ暗で、夢主には分からなかった。
だが自分達の家はあの辺り、斎藤の目線の先を見つめて頷いた。
どうして突然こんな場所へ連れて来たのか、理由が分からないまま斎藤の話に耳を傾けた。
何にも増しても、どこか楽しそうな斎藤の横顔が嬉しかった。
沈みかけた気持ちが明るくなっていく。みんなそれぞれ懸命に生きているのだ。
自分は今、この人と、斎藤と生きている。その斎藤がこんなに懸命に話している。
夢主は珍しい姿を止めたくなくて、語る斎藤の言葉を楽しんだ。
珍しく口数多く自ら語る斎藤が落ち着いた時、ようやく訊ねた。
「どうしてここに」
「どうして……か。そうだな、お前と確認したかったのかも知れん。俺達の暮らす町、時代と言うのか。正月も開けた。そのうち俺の仕事はまた戻れんほど忙しくなるだろう」
「一さん……」
「その前に一度見ておきたくなったんだ。急だがな。寒いのに悪いな」
「いいえ、とっても楽しかったです」
斎藤は急に湧いてきた不安を打ち消す為に、現実を見つめようとここまで夢主を連れて来た。
この町で確かに俺達は暮らしている。二人で同じ家に生きている。それはずっと待ち望んだ幸せで、これからも望む幸せ。
目の前の微笑みに互いの想いは同じだと確信する。
「また時間が出来たら連れてきてください」
「あぁ、もちろんだ」
景色を見に山に登るなんて一さんらしくない、クスクスと笑いたい夢主の唇を、斎藤がそっと塞いだ。
すっかり冷えた夢主の体、唇も氷のように冷たい。
冷たさに驚いた斎藤は、その冷たさを確かめるように温かい舌で凍える唇に触れた。
温めるように大きく啄んで、冷たい頬には手袋を外した手を置いた。
ずっと布に包まれていた斎藤の手は温かく、冬の空気で冷えた夢主の頬に熱を与えていく。
「温かいです……」
顔を離した斎藤に、そっと呟いた。
頬に触れる大きな手に、小さな手を重ねて更に熱を奪う。
「あったかい……一さん、いっつも温かいですね」
「フン、お前が冷え過ぎなんだ。帰るぞ」
「あっ待ってください」
帰ろうとする斎藤の背後から腰にしがみ付き、もう少しとせがんだ。斎藤は背に顔をすりつけてくる夢主に観念して、体を回した。
目が合い首を傾げる妻。夜の暗がりの中、夢主に己の顔がはっきり見えているとは思えない。しかし、しっかりと目を合わせ微笑んでいる。
「もう少しだけいいですか、一さんとても温かいから……大丈夫です……」
「あぁ」
お前には敵わんよ、斎藤は忍び笑いをして夢主の体に手を回してやった。冷たい体が少しでも温まるように、大きな体で包み込んだ。
遠くに聞こえていた野犬の遠吠えもすっかり消えている。シンと冷えた空気の中で互いの温もりを確かめ合っている。
眼下に広がる二人が住む町、所々に浮かぶ小さな灯火、微かに揺らぐ温かい光が上野の山の二人を優しく見守っていた。
「わぁ……凄い……」
上野の山から見下ろす東京の町。明治の夜は暗くて黒い景色が広がっている、そんな考えが覆された。
所々に温かな光が灯っている。
厳しい時代の中で懸命に生きている人々の生活の証であり、命の灯りだ。
「あの黒い闇に囲まれた赤い灯りの町が吉原だ。塀で囲まれているからな、黒く線を引いたようだろ」
「あそこが……じゃあ付近のあの明かりは」
「浅草近くの呑み処だろう。向こうの暗い一帯は長屋が続く町だな、夜遅くまで起きていられるほど油が使えんのだろう」
町の灯りは貧富の差を表していた。暗い町は早くに寝てしまう町。明るい町は夜も起きて活動できる余力がある町。一番明るい吉原では妓達が命を削って働いている。
現実を見た夢主は複雑な思いで景色を眺めた。
「向こうの光が見えるか」
「はい、大きく黒い場所の近く……」
「あそこが警視庁だ。暗い場所は江戸城跡だろう。今は帝が住んでいる。灯りもあるが広いからな、暗く感じる」
「凄い、一さん良くわかりますね」
「駆け回って仕事をしているんだ。東京の地理ならおおよそ分かるさ。ほら、俺達が上って来た道の入り口があの辺りか、俺達の家はきっとあの辺だ。そばの沖田君の屋敷も何となく分かるだろう」
「はぃ」
何となく分かると指差された先は真っ暗で、夢主には分からなかった。
だが自分達の家はあの辺り、斎藤の目線の先を見つめて頷いた。
どうして突然こんな場所へ連れて来たのか、理由が分からないまま斎藤の話に耳を傾けた。
何にも増しても、どこか楽しそうな斎藤の横顔が嬉しかった。
沈みかけた気持ちが明るくなっていく。みんなそれぞれ懸命に生きているのだ。
自分は今、この人と、斎藤と生きている。その斎藤がこんなに懸命に話している。
夢主は珍しい姿を止めたくなくて、語る斎藤の言葉を楽しんだ。
珍しく口数多く自ら語る斎藤が落ち着いた時、ようやく訊ねた。
「どうしてここに」
「どうして……か。そうだな、お前と確認したかったのかも知れん。俺達の暮らす町、時代と言うのか。正月も開けた。そのうち俺の仕事はまた戻れんほど忙しくなるだろう」
「一さん……」
「その前に一度見ておきたくなったんだ。急だがな。寒いのに悪いな」
「いいえ、とっても楽しかったです」
斎藤は急に湧いてきた不安を打ち消す為に、現実を見つめようとここまで夢主を連れて来た。
この町で確かに俺達は暮らしている。二人で同じ家に生きている。それはずっと待ち望んだ幸せで、これからも望む幸せ。
目の前の微笑みに互いの想いは同じだと確信する。
「また時間が出来たら連れてきてください」
「あぁ、もちろんだ」
景色を見に山に登るなんて一さんらしくない、クスクスと笑いたい夢主の唇を、斎藤がそっと塞いだ。
すっかり冷えた夢主の体、唇も氷のように冷たい。
冷たさに驚いた斎藤は、その冷たさを確かめるように温かい舌で凍える唇に触れた。
温めるように大きく啄んで、冷たい頬には手袋を外した手を置いた。
ずっと布に包まれていた斎藤の手は温かく、冬の空気で冷えた夢主の頬に熱を与えていく。
「温かいです……」
顔を離した斎藤に、そっと呟いた。
頬に触れる大きな手に、小さな手を重ねて更に熱を奪う。
「あったかい……一さん、いっつも温かいですね」
「フン、お前が冷え過ぎなんだ。帰るぞ」
「あっ待ってください」
帰ろうとする斎藤の背後から腰にしがみ付き、もう少しとせがんだ。斎藤は背に顔をすりつけてくる夢主に観念して、体を回した。
目が合い首を傾げる妻。夜の暗がりの中、夢主に己の顔がはっきり見えているとは思えない。しかし、しっかりと目を合わせ微笑んでいる。
「もう少しだけいいですか、一さんとても温かいから……大丈夫です……」
「あぁ」
お前には敵わんよ、斎藤は忍び笑いをして夢主の体に手を回してやった。冷たい体が少しでも温まるように、大きな体で包み込んだ。
遠くに聞こえていた野犬の遠吠えもすっかり消えている。シンと冷えた空気の中で互いの温もりを確かめ合っている。
眼下に広がる二人が住む町、所々に浮かぶ小さな灯火、微かに揺らぐ温かい光が上野の山の二人を優しく見守っていた。