27.幸せの景色
夢主名前設定
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……全く阿呆臭い、余計な考えを起こさせおって……
火をつけたばかりの煙草を投げ捨てようとした手を止めて、細い路地の高い木塀に背を預けた。
衝動的に家に飛びこみたい自分を抑える為、一本吸い終えるまでだと言い聞かせ、暗い空を仰ぎ見る。
冷静に沖田の言葉を反芻し、考え耽った。
煙草の火が指先に近付いてきた頃、気分は随分落ち着いていた。足元に煙草を落とし、踏みにじって火を消した。
長く息を吸ってから戸を開け、家に入れば出迎えるいつもと変わらぬ柔らかな笑顔。この瞬間にこれ程安堵したのは久しくなかっただろう。
「お帰りさない」
にこりと細くなる目を見つめ、そっと手を伸ばして夢主に触れた。
一瞬の出来事。頭から頬へ、そっと撫で下ろしてそのまま肩を掴む。それから腕を確認するように掴み、腕と腰の隙間に手袋をしたままの手を差し込んだ。
無言のまま体を引き寄せ、きつく抱きしめる。確かに存在する妻。腰を折って目を閉じ、温かさを確かめるように頬と頬を合わせて熱を感じた。
ほんの僅かな間の出来事。夢主は不思議な夫の振る舞いに驚いて、身を任せていた。
安堵した斎藤は「はぁ」と溜め息じみた微かな声を出して、一人座り込んでしまった。珍しい姿だ。
「どうか……しましたか、大丈夫ですか」
「いや……」
「私が狙われているとか、そんな話でもあったんですか……」
こんなに体の無事を確かめるなんて、また良からぬ話でも耳に入ったのか。
不安を感じる夢主に、斎藤は首を振って違うと伝えた。
「フッ、すまん。沖田君の世迷言に惑わされてな」
「世迷言」
「夢主、お前最近……今までに……奇妙な事はなかったか」
「奇妙な……全てが奇妙と言えば奇妙ですし、何も無いと言えば何もありませんし……私がどうかしたんでしょうか……」
「そうか。……そうだな、全てが。忘れていた」
「一さん……」
斎藤は自嘲気味にクククと軽く笑い、心配してそばに屈む夢主を横目に入れた。
もう遠い昔のようだ。
初めてその姿を見つけた頃は、現れた時と同様に突然いなくなるかもしれないと何度か考えたものだ。
その思いはいつしか消え、隣にいる事を約束されてからは全く考えなかった。
思い出さない方が良かった……だが、気に留めておかなければならないだろう。
「お前が突然消えたらどうすると変な話になっちまったんだ。悪かったな。今じゃそんな事、少しも考えはしない。お前もそうだろう」
「はぃ……考えませんし、感じた事もありません。ずっとおそばにいたいですから……」
「そうか」
俺も同じだ。何気ないこうした時を大事にしなければ……
斎藤はもう一度夢主の顔に手を伸ばした。
「ちょっと、付き合ってくれるか」
「えっ」
斎藤は突然夢主の手を引き、外に連れ出した。
こんな時分に外に連れ出されるとは。夜道で二人並ぶのは、自分がせがんだ蛍の夜以来だ。
ふと夢主の姿に目をやった斎藤が上着を脱いで名前に羽織らせた。
「悪いな、そのままの格好で引っ張って来ちまった。寒くないか」
「はい、上着あったかいです。一さんの体温が残ってて」
ふふっと笑う姿に、斎藤の心にも温かいものが生まれた。
本当は寒いはずだ。冬の真っただ中に寝巻と上着一枚。大きな上着の長い袖口に手が隠れたままだ。
「一さんは寒くないんですか」
「愚問だな」
ニッと悪ぶって片眉を持ち上げる斎藤。袖から指先が見えるか否かの夢主の手を斎藤は探るように見つけ、しっかりと握った。夢主も笑いながらしっかりと握り返している。
人けのない夜の道を行く。まるで悪い事をしているような罪悪感にわくわくした。
「どこに行かれるんですか」
「山だ」
「山……」
山と言って連れていかれたのは上野の山だった。斎藤に手を引いてもらい、人々に踏み固められた上野の山道を登る。
市中に残る公園に仕立てられた小さな山だが、遠くから獣の遠吠えが聞こえ、思わず体を寄せた。
「大丈夫だ。野犬だろう」
「野犬……襲って来ませんか」
「来ないさ」
自信を込めて答えた。野犬は近寄らない。
散々野山で戦い生き抜いた斎藤には分かるのだろう。斎藤が放つ狼の剣気に野良犬達は慄いているのだ。
火をつけたばかりの煙草を投げ捨てようとした手を止めて、細い路地の高い木塀に背を預けた。
衝動的に家に飛びこみたい自分を抑える為、一本吸い終えるまでだと言い聞かせ、暗い空を仰ぎ見る。
冷静に沖田の言葉を反芻し、考え耽った。
煙草の火が指先に近付いてきた頃、気分は随分落ち着いていた。足元に煙草を落とし、踏みにじって火を消した。
長く息を吸ってから戸を開け、家に入れば出迎えるいつもと変わらぬ柔らかな笑顔。この瞬間にこれ程安堵したのは久しくなかっただろう。
「お帰りさない」
にこりと細くなる目を見つめ、そっと手を伸ばして夢主に触れた。
一瞬の出来事。頭から頬へ、そっと撫で下ろしてそのまま肩を掴む。それから腕を確認するように掴み、腕と腰の隙間に手袋をしたままの手を差し込んだ。
無言のまま体を引き寄せ、きつく抱きしめる。確かに存在する妻。腰を折って目を閉じ、温かさを確かめるように頬と頬を合わせて熱を感じた。
ほんの僅かな間の出来事。夢主は不思議な夫の振る舞いに驚いて、身を任せていた。
安堵した斎藤は「はぁ」と溜め息じみた微かな声を出して、一人座り込んでしまった。珍しい姿だ。
「どうか……しましたか、大丈夫ですか」
「いや……」
「私が狙われているとか、そんな話でもあったんですか……」
こんなに体の無事を確かめるなんて、また良からぬ話でも耳に入ったのか。
不安を感じる夢主に、斎藤は首を振って違うと伝えた。
「フッ、すまん。沖田君の世迷言に惑わされてな」
「世迷言」
「夢主、お前最近……今までに……奇妙な事はなかったか」
「奇妙な……全てが奇妙と言えば奇妙ですし、何も無いと言えば何もありませんし……私がどうかしたんでしょうか……」
「そうか。……そうだな、全てが。忘れていた」
「一さん……」
斎藤は自嘲気味にクククと軽く笑い、心配してそばに屈む夢主を横目に入れた。
もう遠い昔のようだ。
初めてその姿を見つけた頃は、現れた時と同様に突然いなくなるかもしれないと何度か考えたものだ。
その思いはいつしか消え、隣にいる事を約束されてからは全く考えなかった。
思い出さない方が良かった……だが、気に留めておかなければならないだろう。
「お前が突然消えたらどうすると変な話になっちまったんだ。悪かったな。今じゃそんな事、少しも考えはしない。お前もそうだろう」
「はぃ……考えませんし、感じた事もありません。ずっとおそばにいたいですから……」
「そうか」
俺も同じだ。何気ないこうした時を大事にしなければ……
斎藤はもう一度夢主の顔に手を伸ばした。
「ちょっと、付き合ってくれるか」
「えっ」
斎藤は突然夢主の手を引き、外に連れ出した。
こんな時分に外に連れ出されるとは。夜道で二人並ぶのは、自分がせがんだ蛍の夜以来だ。
ふと夢主の姿に目をやった斎藤が上着を脱いで名前に羽織らせた。
「悪いな、そのままの格好で引っ張って来ちまった。寒くないか」
「はい、上着あったかいです。一さんの体温が残ってて」
ふふっと笑う姿に、斎藤の心にも温かいものが生まれた。
本当は寒いはずだ。冬の真っただ中に寝巻と上着一枚。大きな上着の長い袖口に手が隠れたままだ。
「一さんは寒くないんですか」
「愚問だな」
ニッと悪ぶって片眉を持ち上げる斎藤。袖から指先が見えるか否かの夢主の手を斎藤は探るように見つけ、しっかりと握った。夢主も笑いながらしっかりと握り返している。
人けのない夜の道を行く。まるで悪い事をしているような罪悪感にわくわくした。
「どこに行かれるんですか」
「山だ」
「山……」
山と言って連れていかれたのは上野の山だった。斎藤に手を引いてもらい、人々に踏み固められた上野の山道を登る。
市中に残る公園に仕立てられた小さな山だが、遠くから獣の遠吠えが聞こえ、思わず体を寄せた。
「大丈夫だ。野犬だろう」
「野犬……襲って来ませんか」
「来ないさ」
自信を込めて答えた。野犬は近寄らない。
散々野山で戦い生き抜いた斎藤には分かるのだろう。斎藤が放つ狼の剣気に野良犬達は慄いているのだ。