3.白い小袖の女
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「そういえばお前にひとつ頼みたかったんだが」
着替えを済ませると、斎藤は思い出したようにズボンの隠しから小さな紙を取り出した。
「何でしょう、私に出来る事でしたら」
「ただの買い出しだ。この紙にある物を買い置いてくれ」
「はい……」
「急ぎではない。数も多いから一度に揃えなくとも良いし、もし辛ければ今日でなくとも」
「大丈夫です!今も痛くありません」
「そうか、まぁ無理はするなよ」
受け取った紙を開くと、すっかり読めるようになった斎藤の字が並んでいた。
「包帯……化膿止め……消毒薬……縫い針……これは……」
玄関に向かう夫を追いながら紙に記された覚え書きを読み上げるうち、並ぶ言葉に夢主の顔がしかめっ面に変わった。
「全て必要な物だ。支給される分もあるが、家にも予備を置いておきたい」
「わかりました……って、一さん、怪我する気満々じゃありませんか!」
「阿呆、備えだよ、必要だろうが。好んで怪我をする馬鹿がどこにいる」
「そうですけど……ご自愛くださいよ」
「分かってるさ。じゃあ行ってくるぞ」
「あっ、待ってください!」
上着を羽織り帽子を被って家を出ようとする背中を、慌てて呼び止めた。
なんだと振り返った斎藤に突然しおらしく願い出たのは、覚え書きとは全く関係無いことだった。
「あの……春ですし、今度桜を見に行きませんか」
斎藤は桜はもう咲き終わる季節ではなかろうかと、返答に詰まった。
最後に桜を眺めたのはいつだったか。夢主と花見をしたのは壬生の頃が最後かもしれない。
この辺りで桜が残っていそうな場所は……答えを待つ妻に笑顔を与えようと考え、斎藤は頷いた。
「あぁ、いいだろう。桜か。上野の山にまだ咲いているかもしれん」
……上野の山に……そうだな……
斎藤は戊辰戦争で戦場になった上野の惨状を想像した。
……如来堂と似たようなものかもしれんな……
「夢主、すまんが酒も買ってきてくれ。重いだろうから今日こそは沖田君を連れて行けよ」
「はい、お願いしてみます。お気遣いありがとうございます」
追加の注文に頷き、嬉しそうに小さな紙を折り畳んだ。
斎藤は酒を頼んだ理由に気付かれないうちに家を出発した。
仕事で斎藤がいなくなり、片付けと掃除を終えた夢主は買い出しに出る支度に取り掛かった。
「風呂敷と、あっ……春だからこの小袖着てみようかな。買い物に行くだけだし汚れないよね……」
着替えに選んだのは古い道場から持ち帰った白い小袖。
しっかりした厚みがあるがしなやかな生地だ。初めて袖を通す着物に心も華やぐ。
「それにしても一さんって本当に心配性……」
夢主の手には新しく渡された鍵が二つ増え、全部で四つの鍵を持ち歩く事になった。
「結構邪魔なんだけど……大きいのが門と家の鍵、小さいのが玄関脇の扉と勝手口。中からは閂、出る時は外から鍵……確かに用心深くていいのかもしれないけど」
小さくとも鉄の鍵を四つも持ち歩くのは不便だ。
夢主は鍵束を持ち上げてぼやいていた。
「門の鍵があるなら家の鍵と脇戸の鍵要らないんじゃ……」
じゃらじゃらと鳴る鍵の束を懐にしまい、勝手口を出てすぐの沖田の道場の裏口を目指した。
正面の門まで回るのは億劫で、裏口から大声で叫ぶのは気が引ける。夢主はそっと裏戸に手を置いた。
「開いてるかな……」
きぃ……と小さな音を立てて扉は開いた。
「無用心っ、総司さんてば……一さんの用心深さと足して割ったらいいのに……」
「斎藤さんがどうかしましたかっ」
「わぁっ!総司さん!」
「ははっ、物音がしたもので」
敷地に入るなり目の前に現れた影に驚き尻餅をつきそうになったが、一見細腕に見える沖田のがっしりとした腕に支えられた。
「そ、そうでしたね……無用心も何も総司さん自身が防犯装置を持ってるようなものでしたね……」
「防犯?装置?」
「いえ、なんでもありません」
何事も無かったかのように体を元に戻してくれた沖田の顔を間近で見た夢主は、ふとした違和感を覚えた。
着替えを済ませると、斎藤は思い出したようにズボンの隠しから小さな紙を取り出した。
「何でしょう、私に出来る事でしたら」
「ただの買い出しだ。この紙にある物を買い置いてくれ」
「はい……」
「急ぎではない。数も多いから一度に揃えなくとも良いし、もし辛ければ今日でなくとも」
「大丈夫です!今も痛くありません」
「そうか、まぁ無理はするなよ」
受け取った紙を開くと、すっかり読めるようになった斎藤の字が並んでいた。
「包帯……化膿止め……消毒薬……縫い針……これは……」
玄関に向かう夫を追いながら紙に記された覚え書きを読み上げるうち、並ぶ言葉に夢主の顔がしかめっ面に変わった。
「全て必要な物だ。支給される分もあるが、家にも予備を置いておきたい」
「わかりました……って、一さん、怪我する気満々じゃありませんか!」
「阿呆、備えだよ、必要だろうが。好んで怪我をする馬鹿がどこにいる」
「そうですけど……ご自愛くださいよ」
「分かってるさ。じゃあ行ってくるぞ」
「あっ、待ってください!」
上着を羽織り帽子を被って家を出ようとする背中を、慌てて呼び止めた。
なんだと振り返った斎藤に突然しおらしく願い出たのは、覚え書きとは全く関係無いことだった。
「あの……春ですし、今度桜を見に行きませんか」
斎藤は桜はもう咲き終わる季節ではなかろうかと、返答に詰まった。
最後に桜を眺めたのはいつだったか。夢主と花見をしたのは壬生の頃が最後かもしれない。
この辺りで桜が残っていそうな場所は……答えを待つ妻に笑顔を与えようと考え、斎藤は頷いた。
「あぁ、いいだろう。桜か。上野の山にまだ咲いているかもしれん」
……上野の山に……そうだな……
斎藤は戊辰戦争で戦場になった上野の惨状を想像した。
……如来堂と似たようなものかもしれんな……
「夢主、すまんが酒も買ってきてくれ。重いだろうから今日こそは沖田君を連れて行けよ」
「はい、お願いしてみます。お気遣いありがとうございます」
追加の注文に頷き、嬉しそうに小さな紙を折り畳んだ。
斎藤は酒を頼んだ理由に気付かれないうちに家を出発した。
仕事で斎藤がいなくなり、片付けと掃除を終えた夢主は買い出しに出る支度に取り掛かった。
「風呂敷と、あっ……春だからこの小袖着てみようかな。買い物に行くだけだし汚れないよね……」
着替えに選んだのは古い道場から持ち帰った白い小袖。
しっかりした厚みがあるがしなやかな生地だ。初めて袖を通す着物に心も華やぐ。
「それにしても一さんって本当に心配性……」
夢主の手には新しく渡された鍵が二つ増え、全部で四つの鍵を持ち歩く事になった。
「結構邪魔なんだけど……大きいのが門と家の鍵、小さいのが玄関脇の扉と勝手口。中からは閂、出る時は外から鍵……確かに用心深くていいのかもしれないけど」
小さくとも鉄の鍵を四つも持ち歩くのは不便だ。
夢主は鍵束を持ち上げてぼやいていた。
「門の鍵があるなら家の鍵と脇戸の鍵要らないんじゃ……」
じゃらじゃらと鳴る鍵の束を懐にしまい、勝手口を出てすぐの沖田の道場の裏口を目指した。
正面の門まで回るのは億劫で、裏口から大声で叫ぶのは気が引ける。夢主はそっと裏戸に手を置いた。
「開いてるかな……」
きぃ……と小さな音を立てて扉は開いた。
「無用心っ、総司さんてば……一さんの用心深さと足して割ったらいいのに……」
「斎藤さんがどうかしましたかっ」
「わぁっ!総司さん!」
「ははっ、物音がしたもので」
敷地に入るなり目の前に現れた影に驚き尻餅をつきそうになったが、一見細腕に見える沖田のがっしりとした腕に支えられた。
「そ、そうでしたね……無用心も何も総司さん自身が防犯装置を持ってるようなものでしたね……」
「防犯?装置?」
「いえ、なんでもありません」
何事も無かったかのように体を元に戻してくれた沖田の顔を間近で見た夢主は、ふとした違和感を覚えた。