23.博覧会の誤解
夢主名前設定
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「一さん!」
「えっ、何?どうしたん?」
「あぁっ、何でもありませんよ!はじ……初めは何を見ましょうね!!」
急に叫んで驚かせた妙の気を逸らし、何とか誤魔化した。一瞬でも目に映ったのは斎藤に間違いない。
夢主は喜びを隠して妙と目を合わせた。
「そうねぇ、順番に行きましょうか。それにしても今、えらい背の高い人がいはったなぁ。後ろ姿にしても隣のお嬢さんと背が違い過ぎて。一緒に歩くの大変そうやねぇ」
「え……」
「今、夢主ちゃんが見てた先にいたやろう、背の高い人……顔が見えへんかったけど珍しくない、あんな背の高い人」
「っそうでしょうか……私は別に……思わないんですけど……」
戸惑う心を抑えながら、もう一度夫を捉えようと姿を探した。背の高い男、確かに斎藤は明治の世では珍しい高身長かもしれない。
飛び出た頭を探すと、目立つ警官達の集まりから少し離れた場所に立つ姿が見つかった。
さすがの斎藤、視線を感じたのか一瞬夢主と目を合わせた。だが、手を振りそうになる妻から無表情で顔を逸らした。
良く見れば、妙の言う通り斎藤の隣に女が一人立っている。顔を伏せて良く見えないが、何か囁いているのか斎藤が顔を寄せていた。
そのあまりに近い距離感に、夢主の顔が凍り付いた。
「大丈夫、仕事の上で……」
「夢主ちゃん?」
「いっ、いいえっ、早く行きましょう!」
「えぇ……そやねぇ」
妙に不思議な顔で見られたまま、夢主は作り笑いをした。強張った笑顔に妙は更に首を傾げた。
その場を離れても頭から離れない斎藤の姿。仕事の上で理由があってこんな人混みの中を、見知らぬ女と歩いているのだろう。誠実な夫だ。必ず理由が……。
気持ちを切り替え場を楽しもうと努めるが、妙の声も会場の雑踏も夢主の耳には入って来なかった。
時は遡り、博覧会が開催される以前。
政府は新しい時代にふさわしい催しを開こうと考えていた。
次々と布告される新しい規則や制度。変革が続く世の中を人々は必死に、それでも楽しく生きている。
国の威信が示せる催しで、尚且つ不満を抱えながらも前を向く市民の娯楽になる物が良いだろう。
国内情勢の不安からロンドン等で開かれた国際博覧会に出展できなかった日本。ならば自分達で自分達に向けた博覧会を開こうという結論に至った。
警官であり密偵である斎藤は、人が集まる会場を要人が視察する際の警備を任せられた。手始めに必要な人員を揃えるよう命ぜられている。
川路に呼び出され細かな指示を聞きながら、渡された密偵達の資料を捲っていた。
まだ書類に個人の顔写真などはなく、出身地とおおよその年齢、体格、剣術や武道の心得、流派等が書き込まれている。
潜入や個人的な繋がりを使った仕事に選抜する際、役立つ情報だ。
「これでようやくあの暗殺事件から離れられるわけだ」
散々手を煩わせた広沢暗殺事件の捜査は、木戸こと桂小五郎が直々に指揮を執り内密に継続されることになり、斎藤ら多くの密偵や警官の手が解放された。
要人警護に当たり適任者を選出する段階にいる斎藤、仕事ぶりを確かめたり、その人柄を見たりと面倒な状況は相変わらずだ。
「斎藤、お前の目で十人選抜しろ」
「十人か、多いな。会場の警備とは別の要人警護なら尚更、頭が切れて小回りの利く者がいいな」
こんな時に沖田総司がいれば最適なのだが……。斎藤は無意識に幕末からの同志の顔を思い浮かべた。面倒臭がって引き受けはしないだろうが。
川路は斎藤がしっかり書類に目を通している事を確認すると、不意に窓の外に目を移した。斎藤を直視せず話を進めたい気分なのか、出入りする警官達を眺めている。
「要人のそばに張り付いて動く者以外に少し離れて警備をする者……会場内に紛れて警備にあたる者をおく」
「ほう、用心深いな」
「男女二人組、それを用意しろ」
「女?女の密偵など聞いていないが」
「それらしい男に女物を着せて変装させればいい」
言い難い任務を命じた川路は流石に気まずく言葉が鈍い。
斎藤は顔をしかめて書類の束を再確認した。漏れなく幕末の頃から剣を振るっていた男達、書類に書かれた人相や体格からも、そんな任務に相応しい男などいない事が分かる。
例え体躯の小さな男を選んだとしても悲惨な結果が目に見えていた。
「アンタは女の格好をしてみたいと思うか、俺はご免だね」
痛いところを突かれた川路は、仕事ならば仕方なかろうと言い返すように睨みを利かせた。
厳つい男二人組が周囲に目を光らせていれば目立つだろう。素性を隠すには夫婦者を装うのが一番だ。
「えっ、何?どうしたん?」
「あぁっ、何でもありませんよ!はじ……初めは何を見ましょうね!!」
急に叫んで驚かせた妙の気を逸らし、何とか誤魔化した。一瞬でも目に映ったのは斎藤に間違いない。
夢主は喜びを隠して妙と目を合わせた。
「そうねぇ、順番に行きましょうか。それにしても今、えらい背の高い人がいはったなぁ。後ろ姿にしても隣のお嬢さんと背が違い過ぎて。一緒に歩くの大変そうやねぇ」
「え……」
「今、夢主ちゃんが見てた先にいたやろう、背の高い人……顔が見えへんかったけど珍しくない、あんな背の高い人」
「っそうでしょうか……私は別に……思わないんですけど……」
戸惑う心を抑えながら、もう一度夫を捉えようと姿を探した。背の高い男、確かに斎藤は明治の世では珍しい高身長かもしれない。
飛び出た頭を探すと、目立つ警官達の集まりから少し離れた場所に立つ姿が見つかった。
さすがの斎藤、視線を感じたのか一瞬夢主と目を合わせた。だが、手を振りそうになる妻から無表情で顔を逸らした。
良く見れば、妙の言う通り斎藤の隣に女が一人立っている。顔を伏せて良く見えないが、何か囁いているのか斎藤が顔を寄せていた。
そのあまりに近い距離感に、夢主の顔が凍り付いた。
「大丈夫、仕事の上で……」
「夢主ちゃん?」
「いっ、いいえっ、早く行きましょう!」
「えぇ……そやねぇ」
妙に不思議な顔で見られたまま、夢主は作り笑いをした。強張った笑顔に妙は更に首を傾げた。
その場を離れても頭から離れない斎藤の姿。仕事の上で理由があってこんな人混みの中を、見知らぬ女と歩いているのだろう。誠実な夫だ。必ず理由が……。
気持ちを切り替え場を楽しもうと努めるが、妙の声も会場の雑踏も夢主の耳には入って来なかった。
時は遡り、博覧会が開催される以前。
政府は新しい時代にふさわしい催しを開こうと考えていた。
次々と布告される新しい規則や制度。変革が続く世の中を人々は必死に、それでも楽しく生きている。
国の威信が示せる催しで、尚且つ不満を抱えながらも前を向く市民の娯楽になる物が良いだろう。
国内情勢の不安からロンドン等で開かれた国際博覧会に出展できなかった日本。ならば自分達で自分達に向けた博覧会を開こうという結論に至った。
警官であり密偵である斎藤は、人が集まる会場を要人が視察する際の警備を任せられた。手始めに必要な人員を揃えるよう命ぜられている。
川路に呼び出され細かな指示を聞きながら、渡された密偵達の資料を捲っていた。
まだ書類に個人の顔写真などはなく、出身地とおおよその年齢、体格、剣術や武道の心得、流派等が書き込まれている。
潜入や個人的な繋がりを使った仕事に選抜する際、役立つ情報だ。
「これでようやくあの暗殺事件から離れられるわけだ」
散々手を煩わせた広沢暗殺事件の捜査は、木戸こと桂小五郎が直々に指揮を執り内密に継続されることになり、斎藤ら多くの密偵や警官の手が解放された。
要人警護に当たり適任者を選出する段階にいる斎藤、仕事ぶりを確かめたり、その人柄を見たりと面倒な状況は相変わらずだ。
「斎藤、お前の目で十人選抜しろ」
「十人か、多いな。会場の警備とは別の要人警護なら尚更、頭が切れて小回りの利く者がいいな」
こんな時に沖田総司がいれば最適なのだが……。斎藤は無意識に幕末からの同志の顔を思い浮かべた。面倒臭がって引き受けはしないだろうが。
川路は斎藤がしっかり書類に目を通している事を確認すると、不意に窓の外に目を移した。斎藤を直視せず話を進めたい気分なのか、出入りする警官達を眺めている。
「要人のそばに張り付いて動く者以外に少し離れて警備をする者……会場内に紛れて警備にあたる者をおく」
「ほう、用心深いな」
「男女二人組、それを用意しろ」
「女?女の密偵など聞いていないが」
「それらしい男に女物を着せて変装させればいい」
言い難い任務を命じた川路は流石に気まずく言葉が鈍い。
斎藤は顔をしかめて書類の束を再確認した。漏れなく幕末の頃から剣を振るっていた男達、書類に書かれた人相や体格からも、そんな任務に相応しい男などいない事が分かる。
例え体躯の小さな男を選んだとしても悲惨な結果が目に見えていた。
「アンタは女の格好をしてみたいと思うか、俺はご免だね」
痛いところを突かれた川路は、仕事ならば仕方なかろうと言い返すように睨みを利かせた。
厳つい男二人組が周囲に目を光らせていれば目立つだろう。素性を隠すには夫婦者を装うのが一番だ。