23.博覧会の誤解
夢主名前設定
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辺りはすっかり暗くなり、昼ドンに驚いた日も終わろうとしていた。
夢主が寝入る前、仕事を終えた斎藤が戻ってきた。
昼間の砲音を何度も思い出してしまい寝付けなかった夢主は布団から飛び出す勢いで出迎え、何かあったのかと斎藤を驚かせた。
「どうした慌てて」
「お帰りなさい!慌ててませんよ、一さんのお顔が見れて嬉しいだけです。ただ今日は色々あって……お昼の大砲、凄かったですね」
「あぁ。でかい音だったな」
「一さん警視庁にいらしたのですか、吃驚しませんでした、私驚いて座り込んじゃいました」
「フッ、伝えておいただろう」
午砲が始まる事を綺麗さっぱり忘れて腰を抜かしてしまった自分を笑う夢主を、斎藤もやれやれと笑い返した。
座敷に移動して斎藤が着替える間にも夢主は話を続けた。一日の出来事を伝えたくて仕方がない、そんな顔で話を続ける。
「本当に忘れちゃってたんですよ、また黒船が来たとか戦争かなって、歴史が変わっちゃったのかと思ったんですから!一さんは平気なんですか、大きな音とか」
「今回は予め知っていたしな。確かに近くにいたが、そろそろ鳴る頃だと知っていればたいして驚きはない。寝ている最中に大砲を撃ち込まれるよりよっぽどましだ」
「そうですよね……戦の大砲とは違いますよね……」
自分には珍しい時を知らせる大砲の音も、斎藤にとっては忌まわしい過去からの轟音に聞こえるのか。
伏見、白河、そして闇の中の如来堂。思い起こされる記憶がどんなものか、考える程に気持ちが沈んでいく。
「おいおい、何を午砲ぐらいでそんな顔してる。俺は何も気にしちゃいないさ。買い出しに行ってくれたんだろう、助かるぞ」
「あっ、いえそんな、買い出しくらいは当然ですし……」
「暗い顔をしているな、顔を上げていろ。戦の記憶は俺にとっては悪い記憶ではない。様々な事を知れたからな」
「一さん……」
ニッと己の強さを誇るような斎藤の笑み。凛々しい顔を見つめていると心が緩む。
頼もしい人、心までも何て強い人なのだろう。夢主は柔らかく微笑んだ。
「そういえば総司さんも全然驚いていませんでしたよ!やっぱりお二人は私と違うんですね」
「当たり前だ」
少し得意気な顔で言い、寝巻に身を包んだ斎藤が夢主の隣に腰を落とした。
「これから毎日鳴るぞ、毎日腰を抜かすなよ。体がもたんだろう」
「さすがに大丈夫ですよ!毎日腰ぬかしたりしないですっ。もぉ、私がすぐ驚くからって言い過ぎです」
「しかし実際お前、良く腰を抜かすだろう」
「しませんっ」
「フッ、元気だな。試してみるか」
「えっ、違いますよ、そういうのじゃ!待ってください一さんっ、ダメダメっ!」
「ククッ、そこまで慌てる事はなかろう。面白い奴だ」
腰が抜ける程に戯れるか、ふざける斎藤を何とか押しとどめ、夢主は短い息を吐いた。
「もう、今夜は寝るんです……」
「分かったよ、半分寝てたんだろう。そんな顔だ」
「一さんだってお疲れでしょう、ずっと忙しいんですもん……」
「俺は疲れ知らずだと言っているだろう、だがまぁいい。ほら、布団に入れ。先に寝てろ」
「一さん寝ないんですか」
「すぐ寝るさ。少しやる事があるんでな」
「そうですか……じゃあお布団から見てますね、おやすみなさい」
「阿呆、目を閉じろ。とっとと寝ろよ」
ようやく布団に身を戻した夢主の額にそっと口をつけて、斎藤は一人文机に向かった。
広い背中を向けて何やら筆を取り出した夫を、夢主は薄っすら開いた瞼から見つめていた。
文机のそばに置かれた灯りが、ゆらゆらと斎藤の姿を照らしている。仕事に励む背中もまた凛々しいものだ。
江戸城の本丸跡で午砲が打たれるようになったこの年、郵便制度が整備され、新貨条例が制定、士族の髪型や服装が自由化された。
帯刀はまだ禁止されていないが、刀を差さずに歩くことが許されたのもこの明治四年の出来事。
年末には東京と長崎の間で電信が架設され、早飛脚や早馬に頼らずともすぐさま連絡を取ることが可能になった。
これは斎藤の仕事の上でも大変便利な変化だ。
同時に各地へ飛ばされる予兆でもあるのだが、初めから全国を駆け巡る密偵の仕事を理解する夢主は、毎日それを心に留めて過ごしていた。
夢主が寝入る前、仕事を終えた斎藤が戻ってきた。
昼間の砲音を何度も思い出してしまい寝付けなかった夢主は布団から飛び出す勢いで出迎え、何かあったのかと斎藤を驚かせた。
「どうした慌てて」
「お帰りなさい!慌ててませんよ、一さんのお顔が見れて嬉しいだけです。ただ今日は色々あって……お昼の大砲、凄かったですね」
「あぁ。でかい音だったな」
「一さん警視庁にいらしたのですか、吃驚しませんでした、私驚いて座り込んじゃいました」
「フッ、伝えておいただろう」
午砲が始まる事を綺麗さっぱり忘れて腰を抜かしてしまった自分を笑う夢主を、斎藤もやれやれと笑い返した。
座敷に移動して斎藤が着替える間にも夢主は話を続けた。一日の出来事を伝えたくて仕方がない、そんな顔で話を続ける。
「本当に忘れちゃってたんですよ、また黒船が来たとか戦争かなって、歴史が変わっちゃったのかと思ったんですから!一さんは平気なんですか、大きな音とか」
「今回は予め知っていたしな。確かに近くにいたが、そろそろ鳴る頃だと知っていればたいして驚きはない。寝ている最中に大砲を撃ち込まれるよりよっぽどましだ」
「そうですよね……戦の大砲とは違いますよね……」
自分には珍しい時を知らせる大砲の音も、斎藤にとっては忌まわしい過去からの轟音に聞こえるのか。
伏見、白河、そして闇の中の如来堂。思い起こされる記憶がどんなものか、考える程に気持ちが沈んでいく。
「おいおい、何を午砲ぐらいでそんな顔してる。俺は何も気にしちゃいないさ。買い出しに行ってくれたんだろう、助かるぞ」
「あっ、いえそんな、買い出しくらいは当然ですし……」
「暗い顔をしているな、顔を上げていろ。戦の記憶は俺にとっては悪い記憶ではない。様々な事を知れたからな」
「一さん……」
ニッと己の強さを誇るような斎藤の笑み。凛々しい顔を見つめていると心が緩む。
頼もしい人、心までも何て強い人なのだろう。夢主は柔らかく微笑んだ。
「そういえば総司さんも全然驚いていませんでしたよ!やっぱりお二人は私と違うんですね」
「当たり前だ」
少し得意気な顔で言い、寝巻に身を包んだ斎藤が夢主の隣に腰を落とした。
「これから毎日鳴るぞ、毎日腰を抜かすなよ。体がもたんだろう」
「さすがに大丈夫ですよ!毎日腰ぬかしたりしないですっ。もぉ、私がすぐ驚くからって言い過ぎです」
「しかし実際お前、良く腰を抜かすだろう」
「しませんっ」
「フッ、元気だな。試してみるか」
「えっ、違いますよ、そういうのじゃ!待ってください一さんっ、ダメダメっ!」
「ククッ、そこまで慌てる事はなかろう。面白い奴だ」
腰が抜ける程に戯れるか、ふざける斎藤を何とか押しとどめ、夢主は短い息を吐いた。
「もう、今夜は寝るんです……」
「分かったよ、半分寝てたんだろう。そんな顔だ」
「一さんだってお疲れでしょう、ずっと忙しいんですもん……」
「俺は疲れ知らずだと言っているだろう、だがまぁいい。ほら、布団に入れ。先に寝てろ」
「一さん寝ないんですか」
「すぐ寝るさ。少しやる事があるんでな」
「そうですか……じゃあお布団から見てますね、おやすみなさい」
「阿呆、目を閉じろ。とっとと寝ろよ」
ようやく布団に身を戻した夢主の額にそっと口をつけて、斎藤は一人文机に向かった。
広い背中を向けて何やら筆を取り出した夫を、夢主は薄っすら開いた瞼から見つめていた。
文机のそばに置かれた灯りが、ゆらゆらと斎藤の姿を照らしている。仕事に励む背中もまた凛々しいものだ。
江戸城の本丸跡で午砲が打たれるようになったこの年、郵便制度が整備され、新貨条例が制定、士族の髪型や服装が自由化された。
帯刀はまだ禁止されていないが、刀を差さずに歩くことが許されたのもこの明治四年の出来事。
年末には東京と長崎の間で電信が架設され、早飛脚や早馬に頼らずともすぐさま連絡を取ることが可能になった。
これは斎藤の仕事の上でも大変便利な変化だ。
同時に各地へ飛ばされる予兆でもあるのだが、初めから全国を駆け巡る密偵の仕事を理解する夢主は、毎日それを心に留めて過ごしていた。