20.あの日の優しさ

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主人公の女の子

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「ふふっ、あれはちょっと恥ずかしかったです……でも、あの時一さんが掛けてくださった言葉、とっても嬉しかったですよ」

「言葉」

さて何を話したか、一語一句を思い出そうと記憶を辿る。
忘れられない壬生での夜。握り飯と茶が美味い、涼しい夜だった。夢主が沖田の病を気に掛け、泣きながら眠った夜だ。
その夜を迎えるまでに夢主が越えた三夜、様々な想いだっただろう。

「私がしてしまった事……初めて会うみんなに、軽率な事を言って警戒させちゃったの……怒ってくれたり、酷いことされて苦しんでた私を……慰めてくれたり……一さん、優しかったです」

斎藤は、んんっと喉を鳴らして、照れくさそうだ。酒で火照る夢主には負けるが、鋭い顔が微かに色付いた。

視線を戻すが口を開かない斎藤を、夢主は緩んだ目で真っ直ぐ見上げた。酔うと涙が浮かんでくるのか、すぐに瞳が揺れ始める。

「優しくて、この人がいてくれて良かったって……思えたんです」

淡く染まった顔で微笑む姿に、斎藤は今すぐ全て包み込んでしまいたい衝動が沸き起こった。
この衝動は今に始まったものではない。儚い笑顔を見るたびに感じてきた衝動だ。

「俺がもし、あの時……お前を抱いていたらどうなった」

「あの時……」

一夜ずつ、男達の部屋を回れと命ぜられたあの時、斎藤の部屋で初めての夜を迎えた日。
堪え切れずに己の欲に従ってしまっていたならば、二人の関係はどうなっていたのか。斎藤は答えを恐れながら静かに訊ねた。

「わかりません、それでも惹かれてしまったかも……しれません。やっぱり好きになったと思います。でも、そしたら私は幸せには……なれなかったかも……」

斎藤の表情がますます気まずそうに変わっていく。
もしあの夜、体を求められれば拒めなかっただろう。昔の自分の思いを確認した夢主は、小さく頷いた。

「ふふっ、一さん変な顔……。だって自分を襲った人を好きになってしまったら、きっと自分の事も一さんの事も許せなくて、苦しんだと思うんです。だからあの時、一さんが何もしないって言ってくれて心が軽くなって……心から嬉しかったから……」

夢主……」

気まずさを通り越した斎藤は、今の望みを素直に示そうと、そっと腰を落とした。

「……ありがとうございます」

「阿呆ぅ」

しっかりと抱きしめ、囁いた。今更そんな事を言うとは全く阿呆だ。
言わせた己も愚かしい。斎藤は力強く夢主を抱きしめた。ずっと抱きしめていたかった。

「俺が何度もお前に触れたいと望んだ事は知っていただろう」

小さく頷いて尚、夢主は幸せそうに笑った。

「それでも一さんは私の気持ちを大事にしてくれました……申し訳なくて、嬉しくて……その度にどんどん大好きになっちゃったんですよ、ふふっ」

「フンッ、手を出そうという男に惚れるとは全く警戒心がないな」

「でも出さなかったじゃありませんか、最後まで……約束を守ってくれましたから……」

「やれやれ、今夜はいつになく優しくしてやりたい気分だ」

「一さっ……」

「今更逃れられんぞ、と言いたいがな。酔ったお前を抱いた時、随分と苦しそうだったからな。今日は止めておくさ」

「一さん……大丈夫ですよ、酔いはもう……でも、だからって私からは……言えません……」

「ハハッ、そうだな。ならば様子を見ながら、いいのか」

今夜は優しく抱いてやる……耳元で囁くと、既に酔いが回る夢主はそれだけで過剰な反応を示した。
微かに頷いて応じるが、体中を震えが走り、足の指先まで小さく震えた。

「これでは嫌でも優しく扱わざるを得んな」

斎藤は笑いを潜めて夢主をゆっくり布団に横たわらせた。
本当に大丈夫か、見下ろすと夢主はそのまま眠ってしまいそうな微睡の中にいる。

「眠っても構わんのだぞ」

問われた夢主は横たわったまま小さく首を振って微笑んだ。

「阿呆が……どうなっても知らんぞ……」

指を絡めて手を握り、そっと唇を落とした。
夢主の蕩ける体をゆっくりと愛でる優しい夜は更けていった。
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