20.あの日の優しさ
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「お呼びでしょうか」
「この夫人を上野までお送りしろ」
「はっ」
「夫人・・・」
すぐに駆け寄り敬礼をする年若い巡査に、斎藤はいつもの冷静な口調で任務を告げた。生真面目そうな巡査は再び敬礼をして短い返事をする。
機敏な動きを見せる男とは対照的に、夢主は拍子抜けして呟いた。家内と言われる、そう期待したのだ。
妻を婦人扱いした斎藤は、次々に男に任務を課した。淡々としているが、それはとても私事めいた指示だ。
「いいか、詮索は無用だ。私語は慎め。必ず送り届けろ。深追いはするな、上野に着けばそこで夫人を開放し、お前はすぐに引き返せ」
「は・・・はっ!」
息つく間もなく与えられた指示に、若い警官は緊張した面持ちで敬礼した。
自分に託された婦人が間違いなく藤田の噂の妻だと分かるが、その質問は許されない。
迂闊に尋ねれば警官を首になるどころか、本当に首を撥ねられそうだと息を呑んだ。
「俺は先に行く」
声を掛けさせない雰囲気を発して、斎藤は扉を全開にして面会室から出て行った。
開いた扉の向こうでは、出勤してきた警官達が行き来する姿が見える。
「で、では参りましょう。お供致します」
「すみません、お世話になります」
それから男は斎藤の指示を守り、一言も発せず上野までの道を歩いた。
夢主の歩みに合わせ、ゆっくり歩いた小一時間。不測の事態が起きてはならないと、巡査が辺りを警戒して歩く姿は異様な空気を醸し出していた。
爽やかな朝に似合わぬ緊張した道行きだ。
「あの、この辺りで大丈夫です。もう近いですし、どうもありがとうございました。一さんが・・・あ、藤田さんがいつもお世話になっております」
「いえ・・・その、」
夢主は自分が可笑しな挨拶をしていると気付かず、丁寧に頭を下げた。
何と答えてよいやら分からぬ警官は、畏まって敬礼をした。
あの強面の藤田さんが可愛い奥さんに「一さん」と呼ばれているのか、詮索してはならないと自分を戒めても興味は尽きない。
「そっか、ご迷惑でしたね、こんな風にお話しては。貴方が怒られてしまいます・・・すみません。でも本当にお世話になりました」
「あっ・・・いや、参ったなぁ・・・」
敬礼を解いた男は頭の後ろに手を回し、帽子の下の首をぽりぽりと掻いて目を逸らした。
そして観念し、夢主に一礼してから改めて挨拶をした。
「こちらこそ藤田さんには本当にお世話になっておりますから。今後とも宜しくお願い致します。ぁあっ、伝えていただかなくて結構ですから!」
「ふふっ、わかりました。あの人こそあんな性格ですので、皆様にご迷惑をお掛けしていると思いますが・・・よろしくお願いします」
肩書だけで言えば斎藤はまだただの巡査。しかし実質密偵として動き、幾人かの部下を動かしている。
夫の下で働く人間は働きやすいのだろうか、それとも皮肉屋で何を考えているか分からない上司では難しいだろうか。それでも信頼は得ているらしい。
夢主は目の前の部下に頭を下げた。
顔を上げて微笑む藤田巡査の妻に照れながら、別れの敬礼をした若い巡査は踵を返し、急いで警視庁へ戻って行った。
任務遂行を藤田へ報告する際に決して顔を崩さぬよう、道中己に言い聞かせる帰路となった。
「この夫人を上野までお送りしろ」
「はっ」
「夫人・・・」
すぐに駆け寄り敬礼をする年若い巡査に、斎藤はいつもの冷静な口調で任務を告げた。生真面目そうな巡査は再び敬礼をして短い返事をする。
機敏な動きを見せる男とは対照的に、夢主は拍子抜けして呟いた。家内と言われる、そう期待したのだ。
妻を婦人扱いした斎藤は、次々に男に任務を課した。淡々としているが、それはとても私事めいた指示だ。
「いいか、詮索は無用だ。私語は慎め。必ず送り届けろ。深追いはするな、上野に着けばそこで夫人を開放し、お前はすぐに引き返せ」
「は・・・はっ!」
息つく間もなく与えられた指示に、若い警官は緊張した面持ちで敬礼した。
自分に託された婦人が間違いなく藤田の噂の妻だと分かるが、その質問は許されない。
迂闊に尋ねれば警官を首になるどころか、本当に首を撥ねられそうだと息を呑んだ。
「俺は先に行く」
声を掛けさせない雰囲気を発して、斎藤は扉を全開にして面会室から出て行った。
開いた扉の向こうでは、出勤してきた警官達が行き来する姿が見える。
「で、では参りましょう。お供致します」
「すみません、お世話になります」
それから男は斎藤の指示を守り、一言も発せず上野までの道を歩いた。
夢主の歩みに合わせ、ゆっくり歩いた小一時間。不測の事態が起きてはならないと、巡査が辺りを警戒して歩く姿は異様な空気を醸し出していた。
爽やかな朝に似合わぬ緊張した道行きだ。
「あの、この辺りで大丈夫です。もう近いですし、どうもありがとうございました。一さんが・・・あ、藤田さんがいつもお世話になっております」
「いえ・・・その、」
夢主は自分が可笑しな挨拶をしていると気付かず、丁寧に頭を下げた。
何と答えてよいやら分からぬ警官は、畏まって敬礼をした。
あの強面の藤田さんが可愛い奥さんに「一さん」と呼ばれているのか、詮索してはならないと自分を戒めても興味は尽きない。
「そっか、ご迷惑でしたね、こんな風にお話しては。貴方が怒られてしまいます・・・すみません。でも本当にお世話になりました」
「あっ・・・いや、参ったなぁ・・・」
敬礼を解いた男は頭の後ろに手を回し、帽子の下の首をぽりぽりと掻いて目を逸らした。
そして観念し、夢主に一礼してから改めて挨拶をした。
「こちらこそ藤田さんには本当にお世話になっておりますから。今後とも宜しくお願い致します。ぁあっ、伝えていただかなくて結構ですから!」
「ふふっ、わかりました。あの人こそあんな性格ですので、皆様にご迷惑をお掛けしていると思いますが・・・よろしくお願いします」
肩書だけで言えば斎藤はまだただの巡査。しかし実質密偵として動き、幾人かの部下を動かしている。
夫の下で働く人間は働きやすいのだろうか、それとも皮肉屋で何を考えているか分からない上司では難しいだろうか。それでも信頼は得ているらしい。
夢主は目の前の部下に頭を下げた。
顔を上げて微笑む藤田巡査の妻に照れながら、別れの敬礼をした若い巡査は踵を返し、急いで警視庁へ戻って行った。
任務遂行を藤田へ報告する際に決して顔を崩さぬよう、道中己に言い聞かせる帰路となった。