19.その男、実業家
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「ははっ、斎藤さんにも見せられないな。これじゃ別人だ。まさに井上総司だな」
刀を差し終え、しかし奇妙だと自分の身なりを笑った。
こんな可笑しな格好も今日限りだと自分に言い聞かせ、沖田は地図を確認して屋敷を出た。
人で賑わう大通りを進み、いつしか人がまばらな町外れの道を歩いていた。
人が行きかう通りでは突き刺さる視線に、やり過ぎたかと己の変装を悔いたが、ひそひそ聞こえてきた声は京で受けた女達の囁きと同じものだった。
珍しい洋装佩刀男が、町行く女達には粋な伊達男と映ったようだ。
新しい物好きの新時代の若い娘達は煙たがるどころか、前髪を上げて良く見える愛らしい顔立ちと、誰が見ても分かる高価な洋服に惹きつけられた。
はにかんだ笑顔と目が合えば、女達は反射的に黄色い声を上げた。
人目のある通りから逃れた沖田は、ほぅっと一安心して後ろを振り返った。
「良かった、あんな反応があるなんて驚いたな。道はこのまま、真っ直ぐ……」
やがて西洋式の太く黒い鉄の柵が続く塀が見えてきた。
柵の中、巨大な敷地では見た事のない手法で造園や建築工事が進められている。
「何だろう、新しい官庁でも出来るのかな。こんな町外れに……町外れだから土地が余っているのか」
巨大な塀に沿って歩くうち、気付けば再び人けある道へ出ていた。幸い先程騒いだような若い娘達の姿はない。
「何だこの地図。斎藤さん間違えてるな」
記された目印を見ながら、書き込まれた矢印に沿って歩いてきたが、どうやら大きく迂回して町中に戻ったようだ。
とはいえ町屋や商店が続く道ではなく、裕福な者達が暮らす大きな邸宅が並んでいた。
日本家屋の特徴を留める屋敷もあれば、さっそく西洋建築で建てられた屋敷もある。
その邸宅の並びの中に、ようやく目的の地が見つかった。
洋式の門だが、立派な『武田』と漢字の表札が掲げられている。
門の中には、まるで門兵のように槍を手に持つ男が立っている。戸惑いながらも屋敷に近づき、声を掛けた。
「あの、火熨斗の件で約束があるのですが」
「お名前を」
「えぇと……福田と申します」
沖田は一瞬空を見上げるように目を逸らして指示されていた偽名を思い出した。
新選組に身を置いた武田観柳斎のまたの名が福田だ。万一繋がりがあれば反応するだろうと、斎藤から指示があったのだ。
代金は支払い済み、武田の顔を確認して品を受け取り、世間話に不審な点がないかを報告すれば良い。
潜入行動に慣れない沖田にも出来る仕事だ。
「こちらへどうぞ」
中へ招き入れられた沖田は、慣れない西洋屋敷に緊張を隠せないが、興味を持って辺りを見回した。
蔵の扉のような巨大な鍵が付いた玄関扉が開かれ、客間に通された。
室内に入っても靴は脱がず、床には艶やかな四角い石が敷き詰められている。高価な天然の石だと沖田は知らないが、見た事もない異様な空間に驚いた。
客間は思ったより常識の範囲内の作りであった。
天井の高さは沖田の屋敷とは比べ物にならないが、部屋の広さは大座敷より狭いくらいだ。
「お待たせ致しました、ご所望の品がこちらに」
「あぁ、有難うございます」
部屋の中央で大きな長椅子に座っていると、武田と思しき男が供を連れてやってきた。
従う男が机に箱を置き、部屋を立ち去った。正確には部屋の外を警備している。
「武田観柳と申します。今回はお取引でき大変嬉しく思っております」
「いえ、こちらこそ……あぁっ!凄い!これが火熨斗!!きっと喜ぶだろうなぁ」
「お間違いないようで結構ですな」
箱の中身に素直に驚く姿を武田は密かに鼻で笑った。
笑いながら、客の値踏みを始めた。
刀を差し終え、しかし奇妙だと自分の身なりを笑った。
こんな可笑しな格好も今日限りだと自分に言い聞かせ、沖田は地図を確認して屋敷を出た。
人で賑わう大通りを進み、いつしか人がまばらな町外れの道を歩いていた。
人が行きかう通りでは突き刺さる視線に、やり過ぎたかと己の変装を悔いたが、ひそひそ聞こえてきた声は京で受けた女達の囁きと同じものだった。
珍しい洋装佩刀男が、町行く女達には粋な伊達男と映ったようだ。
新しい物好きの新時代の若い娘達は煙たがるどころか、前髪を上げて良く見える愛らしい顔立ちと、誰が見ても分かる高価な洋服に惹きつけられた。
はにかんだ笑顔と目が合えば、女達は反射的に黄色い声を上げた。
人目のある通りから逃れた沖田は、ほぅっと一安心して後ろを振り返った。
「良かった、あんな反応があるなんて驚いたな。道はこのまま、真っ直ぐ……」
やがて西洋式の太く黒い鉄の柵が続く塀が見えてきた。
柵の中、巨大な敷地では見た事のない手法で造園や建築工事が進められている。
「何だろう、新しい官庁でも出来るのかな。こんな町外れに……町外れだから土地が余っているのか」
巨大な塀に沿って歩くうち、気付けば再び人けある道へ出ていた。幸い先程騒いだような若い娘達の姿はない。
「何だこの地図。斎藤さん間違えてるな」
記された目印を見ながら、書き込まれた矢印に沿って歩いてきたが、どうやら大きく迂回して町中に戻ったようだ。
とはいえ町屋や商店が続く道ではなく、裕福な者達が暮らす大きな邸宅が並んでいた。
日本家屋の特徴を留める屋敷もあれば、さっそく西洋建築で建てられた屋敷もある。
その邸宅の並びの中に、ようやく目的の地が見つかった。
洋式の門だが、立派な『武田』と漢字の表札が掲げられている。
門の中には、まるで門兵のように槍を手に持つ男が立っている。戸惑いながらも屋敷に近づき、声を掛けた。
「あの、火熨斗の件で約束があるのですが」
「お名前を」
「えぇと……福田と申します」
沖田は一瞬空を見上げるように目を逸らして指示されていた偽名を思い出した。
新選組に身を置いた武田観柳斎のまたの名が福田だ。万一繋がりがあれば反応するだろうと、斎藤から指示があったのだ。
代金は支払い済み、武田の顔を確認して品を受け取り、世間話に不審な点がないかを報告すれば良い。
潜入行動に慣れない沖田にも出来る仕事だ。
「こちらへどうぞ」
中へ招き入れられた沖田は、慣れない西洋屋敷に緊張を隠せないが、興味を持って辺りを見回した。
蔵の扉のような巨大な鍵が付いた玄関扉が開かれ、客間に通された。
室内に入っても靴は脱がず、床には艶やかな四角い石が敷き詰められている。高価な天然の石だと沖田は知らないが、見た事もない異様な空間に驚いた。
客間は思ったより常識の範囲内の作りであった。
天井の高さは沖田の屋敷とは比べ物にならないが、部屋の広さは大座敷より狭いくらいだ。
「お待たせ致しました、ご所望の品がこちらに」
「あぁ、有難うございます」
部屋の中央で大きな長椅子に座っていると、武田と思しき男が供を連れてやってきた。
従う男が机に箱を置き、部屋を立ち去った。正確には部屋の外を警備している。
「武田観柳と申します。今回はお取引でき大変嬉しく思っております」
「いえ、こちらこそ……あぁっ!凄い!これが火熨斗!!きっと喜ぶだろうなぁ」
「お間違いないようで結構ですな」
箱の中身に素直に驚く姿を武田は密かに鼻で笑った。
笑いながら、客の値踏みを始めた。