19.その男、実業家
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「一さんも何か思い出すことがあるんですか」
ん?と箸を止めるが、何を考えるでもなく斎藤は「無いな」と答えた。
「そうですか……先ほど総司さんに少しお話を聞いたんですよ、試衛館でのお食事はとっても賑やかだったんですね」
「あれは騒々しいだな、煩いか。京の屯所では隊士達の目がある分、幾らかはマシだっただろう」
「そうですね……楽しい時間でしたけど、そこまで羽目を外す事は確かにありませんでしたね」
思い出される笑顔の面々に胸の奥が詰まる。ひんと氷で冷やされたような、おかしな感覚だ。熱いのか冷たいのか分からない、不思議な熱を感じる。
箸を持ってふと顔を伏せた夢主を、斎藤は軽く覗いた。
「ほら、あまり古い話をするもんじゃないだろう。夢主、折角の飯が冷めるぞ」
「はっ、はいっ」
「元気を出せ。いい話があるぞ」
小さく口を動かしながら夢主が顔を上げると、元気付けようとする斎藤がどこか得意げに見える。
「お前が話していた火熨斗が手に入りそうだ」
「ひのし……?」
首を傾げてゆっくり繰り返すと、斎藤は「あぁ」と頷いた。
「言っていただろう、炭を入れて服の皺を伸ばす道具だ」
「あっ、アイロンですね!凄い、嬉しいです!これで一さんの制服が綺麗に出来ます」
「お前はさすがに洋装の類の扱いが上手いからな、アイロンとやらもすぐに使いこなすだろ」
「そうでしょうか……」
「あぁ、扱いを良く知っているんだろう。おかげで俺の制服はいつも整っているし、崩れも無い」
「それは……嬉しいです。お役に立てて」
褒められた夢主は照れ臭そうに微笑んだ。
斎藤は洗い物屋に出さずとも汚れを落とし形を綺麗に整えて吊るす夢主の慣れた技に感心していた。
初めて上着を手渡した時からの驚きだ。戸惑わず衣紋掛けに掛ける手つきに驚いた。
「すまんが新しい茶を淹れてくれるか」
「はいっ!待っていてください」
褒められた余韻が残る夢主は嬉しそうに席を立った。
二人のやりとりを眺めていた沖田は、話の途中で夢主を立たせた斎藤をちらりと見た。
「そこで君にひとつ仕事だ」
「何かあると思いました、嫌だなぁ」
顔を歪めるが、沖田は差し出された紙切れを一枚受け取った。両手から少しはみ出す紙には墨で地図が描かれている。
大まかな地図だが曲がり角に目印が書かれ、道順を矢印で目的地まで導いていた。
「……なんですかこれは」
「見れば分かるだろう、地図だ」
「先程の火熨斗ですか。なら夢主ちゃんと一緒に行けばいいんですね。さっき渡せば良かったのに」
「それがそうもいかんのだ」
意味有り気に話を引き延ばす斎藤に、沖田は更に顔を歪めた。
眉間にはくっきりと深い皺が出来ている。
「様々な商売に手を出しているそうだ。舶来品も扱っている。実業家、武田観柳」
「武田……まさかっ」
「まさかとは思うがな、念の為だ。あいつを行かせる訳にはいかんだろう。頼まれてくれるか」
武田観柳斎、新選組で幹部を務めた男。
様々な憶測を呼んだ男だが、最後には倒幕活動に加担していたと判断され殺された。
「うぅん……斎藤さんは行けないのですか」
「今朝も言っただろう、俺は忙しいんだよ」
沖田は改めて地図に目を落とした。印が付けられた町外れの地点。
うら寂れた場所を通り抜け、女一人で行くには危険な地。
しかも共に行くのも駄目だと斎藤は言う。万が一もの危険を避ける為だった。
「武田さんは死んだはずでは」
「あぁ、確かに粛清された。同姓同名の別人だろう。実業家とは怪しい肩書だ。色々と手を出しているらしいな」
「こんな事があるんですね、同姓同名……怪しいなぁ」
「そう思うだろう、だから君に頼むんだよ」
「もしかして、例の仕事ってやつですか」
「さぁな」
フッと笑って斎藤が続けようとした所へ、夢主が三人分の茶を乗せた盆を持って戻ってきた。
沖田は咄嗟に地図を懐へ入れた。
ん?と箸を止めるが、何を考えるでもなく斎藤は「無いな」と答えた。
「そうですか……先ほど総司さんに少しお話を聞いたんですよ、試衛館でのお食事はとっても賑やかだったんですね」
「あれは騒々しいだな、煩いか。京の屯所では隊士達の目がある分、幾らかはマシだっただろう」
「そうですね……楽しい時間でしたけど、そこまで羽目を外す事は確かにありませんでしたね」
思い出される笑顔の面々に胸の奥が詰まる。ひんと氷で冷やされたような、おかしな感覚だ。熱いのか冷たいのか分からない、不思議な熱を感じる。
箸を持ってふと顔を伏せた夢主を、斎藤は軽く覗いた。
「ほら、あまり古い話をするもんじゃないだろう。夢主、折角の飯が冷めるぞ」
「はっ、はいっ」
「元気を出せ。いい話があるぞ」
小さく口を動かしながら夢主が顔を上げると、元気付けようとする斎藤がどこか得意げに見える。
「お前が話していた火熨斗が手に入りそうだ」
「ひのし……?」
首を傾げてゆっくり繰り返すと、斎藤は「あぁ」と頷いた。
「言っていただろう、炭を入れて服の皺を伸ばす道具だ」
「あっ、アイロンですね!凄い、嬉しいです!これで一さんの制服が綺麗に出来ます」
「お前はさすがに洋装の類の扱いが上手いからな、アイロンとやらもすぐに使いこなすだろ」
「そうでしょうか……」
「あぁ、扱いを良く知っているんだろう。おかげで俺の制服はいつも整っているし、崩れも無い」
「それは……嬉しいです。お役に立てて」
褒められた夢主は照れ臭そうに微笑んだ。
斎藤は洗い物屋に出さずとも汚れを落とし形を綺麗に整えて吊るす夢主の慣れた技に感心していた。
初めて上着を手渡した時からの驚きだ。戸惑わず衣紋掛けに掛ける手つきに驚いた。
「すまんが新しい茶を淹れてくれるか」
「はいっ!待っていてください」
褒められた余韻が残る夢主は嬉しそうに席を立った。
二人のやりとりを眺めていた沖田は、話の途中で夢主を立たせた斎藤をちらりと見た。
「そこで君にひとつ仕事だ」
「何かあると思いました、嫌だなぁ」
顔を歪めるが、沖田は差し出された紙切れを一枚受け取った。両手から少しはみ出す紙には墨で地図が描かれている。
大まかな地図だが曲がり角に目印が書かれ、道順を矢印で目的地まで導いていた。
「……なんですかこれは」
「見れば分かるだろう、地図だ」
「先程の火熨斗ですか。なら夢主ちゃんと一緒に行けばいいんですね。さっき渡せば良かったのに」
「それがそうもいかんのだ」
意味有り気に話を引き延ばす斎藤に、沖田は更に顔を歪めた。
眉間にはくっきりと深い皺が出来ている。
「様々な商売に手を出しているそうだ。舶来品も扱っている。実業家、武田観柳」
「武田……まさかっ」
「まさかとは思うがな、念の為だ。あいつを行かせる訳にはいかんだろう。頼まれてくれるか」
武田観柳斎、新選組で幹部を務めた男。
様々な憶測を呼んだ男だが、最後には倒幕活動に加担していたと判断され殺された。
「うぅん……斎藤さんは行けないのですか」
「今朝も言っただろう、俺は忙しいんだよ」
沖田は改めて地図に目を落とした。印が付けられた町外れの地点。
うら寂れた場所を通り抜け、女一人で行くには危険な地。
しかも共に行くのも駄目だと斎藤は言う。万が一もの危険を避ける為だった。
「武田さんは死んだはずでは」
「あぁ、確かに粛清された。同姓同名の別人だろう。実業家とは怪しい肩書だ。色々と手を出しているらしいな」
「こんな事があるんですね、同姓同名……怪しいなぁ」
「そう思うだろう、だから君に頼むんだよ」
「もしかして、例の仕事ってやつですか」
「さぁな」
フッと笑って斎藤が続けようとした所へ、夢主が三人分の茶を乗せた盆を持って戻ってきた。
沖田は咄嗟に地図を懐へ入れた。