17.詫びの印に
夢主名前設定
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「借せ、温くなっただろう」
冷水に付けてから固く絞った手拭いを渡し、斎藤は妻が頬を冷やす姿をひたすら眺めた。
大の男が本気を出せば小さな妻はすぐに壊れてしまう。
斎藤はいつもの落ち着いた表情ながら、どこか切なそうな目の色をしていた。
「一さん、そんなに気にしないでください。それにひとつ嬉しい事がありますよ」
「嬉しい事だと」
こんな状況でよくそんな言葉を口に出来る。
斎藤の眉間には小さな皺が出来ていた。
「はい、二夜の月に間に合いましたね。一さん」
「……あぁ、そうだな」
そうだ、忘れていたな。斎藤は目を伏せてククッと笑った。自分の妻はこんな時でもそんな楽しみを思い出せるのか。
小さく頭を振れば余計な心配事が消えていく。
「俺は東京を経つ時には間に合わないと踏んでいたもんだが。そうか、間に合ったんだな」
「はい。間に合いました……今年は一緒に眺められるんです。名月を二度も」
「フッ、参ったな」
「何がですか」
「いや、いい。それより寄こせ、また温くなっただろう」
斎藤は受け取った手拭いを絞り直し夢主に手渡すと、何かを思い付いてにじり寄った。
「手拭いを当てているのは疲れるだろう、横になれ」
「大丈夫ですよこれくらい」
「いいから、ずっとでは腕が疲れるぞ」
「大丈夫ですっ、もぉ」
いいからと聞かず無理矢理に横たわらせ休ませる斎藤に、夢主は声を出して笑った。
「笑えるなら大丈夫そうだな、笑うと傷に響くもんだ」
「ふふっ、だから大丈夫だって言ってるじゃありませんか」
「そうか」
頬に乗せた手拭いが落ちないよう横を向いた夢主に斎藤は優しく手を伸ばし、手袋を外した指先で垂れている妻の長い髪を整え始めた。
「もう一つ笑わせてやろうか」
「何ですか」
「さっき美味いと言っていた豆腐、良くは分からんが変装道具なんだろう。だったらそれは、作ったのは奴じゃないぞ」
「あっ……」
本当に美味しかった豆腐に感謝を伝えた。だが作ったのは自分ではない、だからあんな笑いを残して去ったのだ。
察しの悪い自分を恥じらい頬を染める夢主。笑ったのは斎藤だった。
「フッ、そんなに美味かったか。聞いておいてやる」
斎藤の優しい一言に小さく頷くと、今度は大きな手が髪を撫で始めた。
夢主の顔が恥じらいから微笑みに変わり、愛でられているうちに一段と柔らかいものになっていく。こんな時でもいつもと変わらぬ微笑みで見上げてくれる妻がなんと愛おしい事か。
「だが……本当にすまん、夢主。せめてもの詫びだ」
「ゎ……い、いいですよっ……」
「痛みが引くまでしてやる」
斎藤は夢主の頬にそっと手を添えて手拭いを固定した。
これなら構わんだろう?と首を傾げ、そのまま顔を近付けた。
大人しく見上げてくる瞳に近付いた斎藤はおもむろに唇をついばんだ。
「詫びって一さん、これじゃ……詫びどころじゃ……」
「いいだろう?暫く続けてやる。痛みを忘れるぞ」
「っ……もぅ」
騒動を想定し事前に人払いをした料亭で、斎藤は痛みが引くまでと言い訳をし、軽い口吸いを続けた。
「笑うな」
「ふふっ、すみません」
慰めているのか甘えているのか分からない夫の行動を、夢主は拒否せずにただクスクスと肩を揺らしながら受け入れた。
僅かな痛みが引くまでか、己の気が済むまでか。斎藤は幾度も唇を落とし続け、夢主はそんな夫を笑い続けた。
冷水に付けてから固く絞った手拭いを渡し、斎藤は妻が頬を冷やす姿をひたすら眺めた。
大の男が本気を出せば小さな妻はすぐに壊れてしまう。
斎藤はいつもの落ち着いた表情ながら、どこか切なそうな目の色をしていた。
「一さん、そんなに気にしないでください。それにひとつ嬉しい事がありますよ」
「嬉しい事だと」
こんな状況でよくそんな言葉を口に出来る。
斎藤の眉間には小さな皺が出来ていた。
「はい、二夜の月に間に合いましたね。一さん」
「……あぁ、そうだな」
そうだ、忘れていたな。斎藤は目を伏せてククッと笑った。自分の妻はこんな時でもそんな楽しみを思い出せるのか。
小さく頭を振れば余計な心配事が消えていく。
「俺は東京を経つ時には間に合わないと踏んでいたもんだが。そうか、間に合ったんだな」
「はい。間に合いました……今年は一緒に眺められるんです。名月を二度も」
「フッ、参ったな」
「何がですか」
「いや、いい。それより寄こせ、また温くなっただろう」
斎藤は受け取った手拭いを絞り直し夢主に手渡すと、何かを思い付いてにじり寄った。
「手拭いを当てているのは疲れるだろう、横になれ」
「大丈夫ですよこれくらい」
「いいから、ずっとでは腕が疲れるぞ」
「大丈夫ですっ、もぉ」
いいからと聞かず無理矢理に横たわらせ休ませる斎藤に、夢主は声を出して笑った。
「笑えるなら大丈夫そうだな、笑うと傷に響くもんだ」
「ふふっ、だから大丈夫だって言ってるじゃありませんか」
「そうか」
頬に乗せた手拭いが落ちないよう横を向いた夢主に斎藤は優しく手を伸ばし、手袋を外した指先で垂れている妻の長い髪を整え始めた。
「もう一つ笑わせてやろうか」
「何ですか」
「さっき美味いと言っていた豆腐、良くは分からんが変装道具なんだろう。だったらそれは、作ったのは奴じゃないぞ」
「あっ……」
本当に美味しかった豆腐に感謝を伝えた。だが作ったのは自分ではない、だからあんな笑いを残して去ったのだ。
察しの悪い自分を恥じらい頬を染める夢主。笑ったのは斎藤だった。
「フッ、そんなに美味かったか。聞いておいてやる」
斎藤の優しい一言に小さく頷くと、今度は大きな手が髪を撫で始めた。
夢主の顔が恥じらいから微笑みに変わり、愛でられているうちに一段と柔らかいものになっていく。こんな時でもいつもと変わらぬ微笑みで見上げてくれる妻がなんと愛おしい事か。
「だが……本当にすまん、夢主。せめてもの詫びだ」
「ゎ……い、いいですよっ……」
「痛みが引くまでしてやる」
斎藤は夢主の頬にそっと手を添えて手拭いを固定した。
これなら構わんだろう?と首を傾げ、そのまま顔を近付けた。
大人しく見上げてくる瞳に近付いた斎藤はおもむろに唇をついばんだ。
「詫びって一さん、これじゃ……詫びどころじゃ……」
「いいだろう?暫く続けてやる。痛みを忘れるぞ」
「っ……もぅ」
騒動を想定し事前に人払いをした料亭で、斎藤は痛みが引くまでと言い訳をし、軽い口吸いを続けた。
「笑うな」
「ふふっ、すみません」
慰めているのか甘えているのか分からない夫の行動を、夢主は拒否せずにただクスクスと肩を揺らしながら受け入れた。
僅かな痛みが引くまでか、己の気が済むまでか。斎藤は幾度も唇を落とし続け、夢主はそんな夫を笑い続けた。