17.詫びの印に
夢主名前設定
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部屋の長椅子に横たわれば、初めて訪れた日にふざけて押し倒してきた斎藤が思い出された。
斎藤の態度はどこまでが本気か分からず、いつも驚いてしまう。あの時は鍵が掛からない部屋だからと途中で止めてくれたのだ。
……もし鍵があったら……どうなっちゃったんだろう……
「ふふっ……おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
「あっ」
一人おかしな想像は止めて眠ろうと心の中の斎藤に声を掛けた夢主。扉越しに小さな声で応答があり、慌てて毛布を被って赤い顔を隠した。
外では見張りをしている男がくすくすと笑っている。沖田は男の態度に苛立っていた。
「あの挨拶はっ」
「分かっておりますよ、藤田さんに向けたものなのでしょう」
ここにはいない夫に向けた挨拶だとは分かっているが、余りに愛らしい挨拶につい応じてしまった。
掴み所が無いこの男も、今は心から笑っているようだ。なかなかおさまらない笑いの所為で、男の肩が小さく震え続けた。
翌日、出された食事を済ませていざ出発となった時、男は当然のように沖田の同行を拒絶した。
「何故です!!」
「貴方は部外者ですから。連れて行く訳には参りません」
怒る沖田に対し、男は冷静に穏やかな声で諭している。覚悟を決めた夢主だが、高まる場の緊張に戸惑っていた。
密偵の男はこれ以上時間を割く訳にはいかないと、沖田にも決断を迫る。
「それとも、加わりますか、私と同じ立場に」
「何ですって」
「同じ立場、藤田さんや私と同じ仕事に就く気があるのでしたら同行を許可します」
……オキタソウジ……
不意に耳元で囁かれた実の名に沖田は固まってしまった。
沖田に近付き姿勢を正した男が誘いの言葉を述べ、直後、沖田の耳元に顔を寄せたのだ。
急に動かなくなった沖田に、夢主は不安を覚える。
「先にお帰りください。もう充分でしょう、貴方は夢主さんの夜を見守った。日が昇った今、不要な役回りです」
そう言い残すと、男は流れるような手付きで夢主を馬車に導き、この場から連れ出そうとしている。
されるがままの夢主、今し方の男の囁きは届いていなかった。
だが強張る沖田に安心してもらおうと、走り出した馬車から顔を出して叫んだ。
「大丈夫ですから、総司さん!朝のお稽古に行ってください!」
夢主の言葉に我を取り戻した沖田は、顔を上げて遠ざかる夢主の姿を確認した。
まだ身を乗り出して叫んでいる。
「お勤めを、果たしてください!」
「そうか、僕にもやるべき事はあるんだ……ありがとう、夢主ちゃん」
今日もやって来る若い門弟達。
沖田は馬車が消えるのを見届けてから、しっかりとした足取りで歩き出した。
夢主と密偵の赤篠は目当ての料亭付近で馬車を降り、歩いて現場を目指す。
辿り着いた料亭は静まり返っていた。息を潜めて話しているのだろう。目標の二人は既に二階で会食中だ。
夢主がする事はただ一つ、追加の酒を持った女中の振りをして部屋に入る。
そして顔を上げて相手の反応を待つ。それだけだ
二階まで赤篠も共に上がり、部屋の中で動きがあれば突入する。万一に備え店の前にも幾人か密偵の警官が市民に扮装し待機していた。
「大丈夫です。背中を押す合図で部屋の中にお入りください」
落ち着きのある笑顔で夢主に安心を与えようと赤篠はゆっくり語りかけた。
「部屋に入るだけでいいんですよね」
「えぇ、貴女の顔を見れば必ず行動に出るでしょう。すぐに突入いたします」
夢主も二人の顔は知っている。新選組の屯所で幾度か顔を合わせていた。特に篠原は間近で何度もすれ違っている。
伊東に協力を求められ断ってしまった自分。話もろくに聞かず、夢主は思い込みで拒んでしまった事を後悔していた。
……それでも、伊東さんは新選組を潰そうとして、篠原さん達は近藤さんを撃った……伊東さんの事で私も恨まれているはず……
「……信じて、いいんですよね……」
「幕末の恨みを断つ為に、出来ますね」
「はい。断つ為に……一さんの為にも私の為にも」
深呼吸を繰り返して震えてしまいそうな体を落ち着かせ、微笑む男に向かって大きく頷き、大丈夫だと無言で合図を送った。
部屋の前まで進み、用意された酒を手に恐る恐る部屋の中に声を掛けた。
斎藤の態度はどこまでが本気か分からず、いつも驚いてしまう。あの時は鍵が掛からない部屋だからと途中で止めてくれたのだ。
……もし鍵があったら……どうなっちゃったんだろう……
「ふふっ……おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
「あっ」
一人おかしな想像は止めて眠ろうと心の中の斎藤に声を掛けた夢主。扉越しに小さな声で応答があり、慌てて毛布を被って赤い顔を隠した。
外では見張りをしている男がくすくすと笑っている。沖田は男の態度に苛立っていた。
「あの挨拶はっ」
「分かっておりますよ、藤田さんに向けたものなのでしょう」
ここにはいない夫に向けた挨拶だとは分かっているが、余りに愛らしい挨拶につい応じてしまった。
掴み所が無いこの男も、今は心から笑っているようだ。なかなかおさまらない笑いの所為で、男の肩が小さく震え続けた。
翌日、出された食事を済ませていざ出発となった時、男は当然のように沖田の同行を拒絶した。
「何故です!!」
「貴方は部外者ですから。連れて行く訳には参りません」
怒る沖田に対し、男は冷静に穏やかな声で諭している。覚悟を決めた夢主だが、高まる場の緊張に戸惑っていた。
密偵の男はこれ以上時間を割く訳にはいかないと、沖田にも決断を迫る。
「それとも、加わりますか、私と同じ立場に」
「何ですって」
「同じ立場、藤田さんや私と同じ仕事に就く気があるのでしたら同行を許可します」
……オキタソウジ……
不意に耳元で囁かれた実の名に沖田は固まってしまった。
沖田に近付き姿勢を正した男が誘いの言葉を述べ、直後、沖田の耳元に顔を寄せたのだ。
急に動かなくなった沖田に、夢主は不安を覚える。
「先にお帰りください。もう充分でしょう、貴方は夢主さんの夜を見守った。日が昇った今、不要な役回りです」
そう言い残すと、男は流れるような手付きで夢主を馬車に導き、この場から連れ出そうとしている。
されるがままの夢主、今し方の男の囁きは届いていなかった。
だが強張る沖田に安心してもらおうと、走り出した馬車から顔を出して叫んだ。
「大丈夫ですから、総司さん!朝のお稽古に行ってください!」
夢主の言葉に我を取り戻した沖田は、顔を上げて遠ざかる夢主の姿を確認した。
まだ身を乗り出して叫んでいる。
「お勤めを、果たしてください!」
「そうか、僕にもやるべき事はあるんだ……ありがとう、夢主ちゃん」
今日もやって来る若い門弟達。
沖田は馬車が消えるのを見届けてから、しっかりとした足取りで歩き出した。
夢主と密偵の赤篠は目当ての料亭付近で馬車を降り、歩いて現場を目指す。
辿り着いた料亭は静まり返っていた。息を潜めて話しているのだろう。目標の二人は既に二階で会食中だ。
夢主がする事はただ一つ、追加の酒を持った女中の振りをして部屋に入る。
そして顔を上げて相手の反応を待つ。それだけだ
二階まで赤篠も共に上がり、部屋の中で動きがあれば突入する。万一に備え店の前にも幾人か密偵の警官が市民に扮装し待機していた。
「大丈夫です。背中を押す合図で部屋の中にお入りください」
落ち着きのある笑顔で夢主に安心を与えようと赤篠はゆっくり語りかけた。
「部屋に入るだけでいいんですよね」
「えぇ、貴女の顔を見れば必ず行動に出るでしょう。すぐに突入いたします」
夢主も二人の顔は知っている。新選組の屯所で幾度か顔を合わせていた。特に篠原は間近で何度もすれ違っている。
伊東に協力を求められ断ってしまった自分。話もろくに聞かず、夢主は思い込みで拒んでしまった事を後悔していた。
……それでも、伊東さんは新選組を潰そうとして、篠原さん達は近藤さんを撃った……伊東さんの事で私も恨まれているはず……
「……信じて、いいんですよね……」
「幕末の恨みを断つ為に、出来ますね」
「はい。断つ為に……一さんの為にも私の為にも」
深呼吸を繰り返して震えてしまいそうな体を落ち着かせ、微笑む男に向かって大きく頷き、大丈夫だと無言で合図を送った。
部屋の前まで進み、用意された酒を手に恐る恐る部屋の中に声を掛けた。