17.詫びの印に
夢主名前設定
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斎藤が京都へ経ってからも毎日やってくる夜、夢主に不安が無いかと言えば嘘になる。
すっかり寝入ってから夫が帰宅する夜は多いが、夫が遥か遠くにいると知る一人夜はどこか心細いものだ。
夢主は枕の下に小さな呼び子を入れていた。
出発前に斎藤が置いていった物で、不測の事態が生じた際に吹けば沖田が飛んで来る。
「なんなら向こうに泊っても構わんぞ、俺が来るまでそうしていたんだろう」
斎藤が夫らしからぬ提案をしたが、流石にそれは申し訳ないと夢主は自宅でひとりの夜を過ごしていた。
一人の夜は普段気にならない音が耳に届く。
カチコチと鳴る西洋時計の音や、吹き抜ける風でがたつく雨戸や木戸の音、何かがどこかを転がっていく音など、一つ一つの音が夢主の平常心を揺さぶった。
「今までもあった事だもの、大丈夫、大丈夫……」
いつ戻るか知れない人を待つ夜、だが戊辰戦争の時のように何年後か分からぬ相手を待つのではない。
「おやすみなさい、一さん」
夢主はそっと枕の下に手を滑らせ、呼び子の存在を確認して目を閉じた。
それから、二日、三日と平和な日が過ぎていった。
沖田の屋敷を手伝う時、どこかで仕事に励む斎藤の姿を思い描いて気もそぞろになり、箒を動かす手が度々止まってしまう。
午前の稽古を終えた沖田がそんな夢主を目撃し、くすくすと笑いながら傍にやって来た。
「夢主ちゃん、良かったら今夜は晩ご飯食べていきませんか」
「えっ?」
「ははっ、晩ご飯ですよ、ひとりの夜は寂しくありませんか。帰る時は送ってあげますよ」
「ありがとうございます、送ってもらう程の距離じゃありませんけど」
「あははっ、ちゃんと頭が働いているみたいですね、すみません、夢主ちゃんが余りにぼぉっとしているものだから」
「そんなにボーっとしていましたか」
「えぇ、斎藤さん何してるかなぁって顔に文字が書いてあるようでしたよ」
「そんな事ありませんっ」
揶揄われた途端に赤くなる夢主を沖田は我慢もせず「あはは」と笑った。
「もぉっ……でも、じゃあお言葉に甘えて。掃除が終わったらお豆腐でも買ってきますね」
「お願いします」
沖田は夢主の掃除と買出しが終わるまで、再び道場で過ごそうと立ち去った。
夢だった自分の道場で気兼ねなく汗を流し、大切な人が今も変わらず目の前で笑ってくれる。たまに一緒にご飯まで食べられるとは、僕もなかなか幸せではないか。
沖田はふとそんな思いを抱き、にこにこと稽古を再開した。
「お豆腐屋さん、お豆腐屋さん……沖田さんのお家から行くより裏道通ったほうが早いんだよね」
通い慣れた豆腐屋を目指そうと、小さな桶を手に自宅前を通り過ぎた時、物売りの声が聞こえてきた。
魚や野菜、普段から物売りは通りを行くが、今度の物売りは初めて見る人物だ。
「お豆腐の販売……」
買いに行こうとした矢先、豆腐の方からやって来てくれるとは。
夢主は喜んで声を掛けた。
「豆腐を二丁頂けますか」
「へぃ、只今」
にこにこと目の細い豆腐屋は夢主の手渡した桶に豆腐を二丁、水と共に入れた。
良く慣れた手付きで豆腐の角を崩さず手早く済ませる男に感心して夢主が覗き込んでいると、商人らしい爽やかな笑顔で桶を返された。
「旦那さんとご夕食ですか、いいですねぇ」
「いえ、主人は所用で……でも今夜は家族と一緒に頂くんです。とっても美味しそうですね」
「家族ですか」
沖田を思い浮かべ家族と答えたが不自然だったろうか。
子供と、母と、兄と食べると答える場面だったかと気付き、夢主は苦笑いでその場をあとにした。
「友人と、って言えばよかったのかな」
周りからしてみればどうでもいい反省をぶつぶつと口にしていた。
何はともあれ便利な豆腐の物売りが明日も来てくれるよう願い、夢主は屋敷に戻っていった。
すっかり寝入ってから夫が帰宅する夜は多いが、夫が遥か遠くにいると知る一人夜はどこか心細いものだ。
夢主は枕の下に小さな呼び子を入れていた。
出発前に斎藤が置いていった物で、不測の事態が生じた際に吹けば沖田が飛んで来る。
「なんなら向こうに泊っても構わんぞ、俺が来るまでそうしていたんだろう」
斎藤が夫らしからぬ提案をしたが、流石にそれは申し訳ないと夢主は自宅でひとりの夜を過ごしていた。
一人の夜は普段気にならない音が耳に届く。
カチコチと鳴る西洋時計の音や、吹き抜ける風でがたつく雨戸や木戸の音、何かがどこかを転がっていく音など、一つ一つの音が夢主の平常心を揺さぶった。
「今までもあった事だもの、大丈夫、大丈夫……」
いつ戻るか知れない人を待つ夜、だが戊辰戦争の時のように何年後か分からぬ相手を待つのではない。
「おやすみなさい、一さん」
夢主はそっと枕の下に手を滑らせ、呼び子の存在を確認して目を閉じた。
それから、二日、三日と平和な日が過ぎていった。
沖田の屋敷を手伝う時、どこかで仕事に励む斎藤の姿を思い描いて気もそぞろになり、箒を動かす手が度々止まってしまう。
午前の稽古を終えた沖田がそんな夢主を目撃し、くすくすと笑いながら傍にやって来た。
「夢主ちゃん、良かったら今夜は晩ご飯食べていきませんか」
「えっ?」
「ははっ、晩ご飯ですよ、ひとりの夜は寂しくありませんか。帰る時は送ってあげますよ」
「ありがとうございます、送ってもらう程の距離じゃありませんけど」
「あははっ、ちゃんと頭が働いているみたいですね、すみません、夢主ちゃんが余りにぼぉっとしているものだから」
「そんなにボーっとしていましたか」
「えぇ、斎藤さん何してるかなぁって顔に文字が書いてあるようでしたよ」
「そんな事ありませんっ」
揶揄われた途端に赤くなる夢主を沖田は我慢もせず「あはは」と笑った。
「もぉっ……でも、じゃあお言葉に甘えて。掃除が終わったらお豆腐でも買ってきますね」
「お願いします」
沖田は夢主の掃除と買出しが終わるまで、再び道場で過ごそうと立ち去った。
夢だった自分の道場で気兼ねなく汗を流し、大切な人が今も変わらず目の前で笑ってくれる。たまに一緒にご飯まで食べられるとは、僕もなかなか幸せではないか。
沖田はふとそんな思いを抱き、にこにこと稽古を再開した。
「お豆腐屋さん、お豆腐屋さん……沖田さんのお家から行くより裏道通ったほうが早いんだよね」
通い慣れた豆腐屋を目指そうと、小さな桶を手に自宅前を通り過ぎた時、物売りの声が聞こえてきた。
魚や野菜、普段から物売りは通りを行くが、今度の物売りは初めて見る人物だ。
「お豆腐の販売……」
買いに行こうとした矢先、豆腐の方からやって来てくれるとは。
夢主は喜んで声を掛けた。
「豆腐を二丁頂けますか」
「へぃ、只今」
にこにこと目の細い豆腐屋は夢主の手渡した桶に豆腐を二丁、水と共に入れた。
良く慣れた手付きで豆腐の角を崩さず手早く済ませる男に感心して夢主が覗き込んでいると、商人らしい爽やかな笑顔で桶を返された。
「旦那さんとご夕食ですか、いいですねぇ」
「いえ、主人は所用で……でも今夜は家族と一緒に頂くんです。とっても美味しそうですね」
「家族ですか」
沖田を思い浮かべ家族と答えたが不自然だったろうか。
子供と、母と、兄と食べると答える場面だったかと気付き、夢主は苦笑いでその場をあとにした。
「友人と、って言えばよかったのかな」
周りからしてみればどうでもいい反省をぶつぶつと口にしていた。
何はともあれ便利な豆腐の物売りが明日も来てくれるよう願い、夢主は屋敷に戻っていった。