12.秘め事

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主人公の女の子

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主人公の女の子

夢主と斎藤が家に戻り、暫くの時が流れた。
だんだん空が暗くなり、斎藤は部屋の行灯に火を入れた。
日中の暑さが残っているので、部屋の障子も雨戸も開いたままだ。
斎藤は吉原に寄る為に借りていた変装用のシャツと袴は外し、楽な着流し姿でくつろいでいる。

「来ませんね、総司さん……」

夕餉の仕度を済ませた夢主が膳を二つ運んできた。沖田の分も一緒に拵えたのだが、出番は無いのだろうか。
小さな溜め息を吐く夢主に斎藤は気にするなと、顔を歪めて笑った。

「しこたま女を抱いているんだろう」

「そっ、そんな言い方しないでくださいよ」

「そうですよ、いくらなんでもあんまりです」

「総司さん!」

「幾ら呼んでも来ないので入ってきちゃいました」

縁側の向こう、暗くなった庭に沖田が現れた。
玄関まで回ったが呼びかけても反応が無く、押したら開いた玄関脇の木戸から入ってきたのだ。
台所で食事の支度に励んでいた夢主は、自分が出す物音しか耳に届いていなかった。

「一さん、気付いていたんですか」

「まぁな。俺も彼の敷地に勝手に入ってるんだ、沖田君も勝手に入ってくればいい。俺がいると分かっているんだからな。出迎えるなど面倒だ」

なんて人……
夢主がぽかんと呆れる間に、斎藤は顎を振って「入って来い」と合図し、沖田を招き入れていた。

「だが良かったな、もう少し遅かったら入りたくても入れないところだったぞ」

ニヤリと色を含んだ視線が流れてきて、夢主は視線の意図を理解し「もぅ!」と怒った。
一気に紅潮した顔はまさに真っ赤な顔だ。

「厭らしいです、一さんっ!」

「あははははっ、斎藤さんらしいですね。お言葉に甘えてお夕飯を一緒にと思ったんですけど、やっぱり止めておこうかな」

「ぁあっ、帰っちゃ駄目です!ほら、一さんも引きとめてくださいよ、一さんのせいなんですから!」

「フン、まぁ食って行けばいいんじゃあ、ないのか」

「冷たいお誘いだなぁ、ははっ、でも嬉しいです。遠慮無しに上がらせていただきますよ」

どうぞどうぞと笑顔で座る場所を整える夢主を、斎藤も笑って見守っている。

「やれやれ、夢主がお節介だったとはな」

「お節介?」

「あぁ。放っておけばいいものを」

「いいじゃありませんか。総司さん、ご迷惑ですか……」

「いいえっ、僕はとぉおっても嬉しいですよ!」

「ふふっ、良かった。あの、一さんはお酒飲まないんですけど……」

「うーん、では僕も止めておきましょうかね。味気ないですけど、斎藤さん本当に呑まないんですか」

「あぁ、いいんだよ。当分はいい」

「そうですか……せっかく新津さんに頂いたお猪口も出番無しですね」

今や座敷の飾り棚に置かれている二人の猪口。
すっかり部屋を彩るだけの置物になっている。

「まぁだが夢主もすっきりしただろう、吉原通いを許してやるのか」

「えっ……」

……もしかして……最初から……

斎藤と沖田は通じていたのでは、そんな考えが頭をよぎった。
赤べこに行く夢主を沖田がつけ、出てきた夢主が浅草に向かうのを見守り、程よい辺りで視界に入り込む。
最初から斎藤と沖田は話を合わせていた。でなければ夢主の通行札など用意されていない。
いや、予め斎藤が用意しておき、それを知らされて沖田が使ったのだろう。

……なぁんだ……

からくりが分かった途端、肩の荷が下りるように力が抜けていった。
今までの自分の拘りは何だったのか、一人空回りしていた気分だ。

人様の事情に口を出す権利は確かに無い。たまに思い出に浸るのも悪くないだろう。
遊女の身の上は確かに同情してしまう。だがそれも沖田のせいではなく、それを責めるのはお門違い。

……いい気はしない、でも……

許してやるのか、斎藤の問いに夢主は首を傾げた。

「ふふっ、何の事だかわかりません。今日は珍しい場所に案内してくださってありがとうございます、総司さん」

とぼけて笑いだす夢主に驚き、二人は顔を見合わせた。
とりあえず気は確かなだな、確かめるように二人揃ってゆっくりと頷いた。
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